中間決算
夜更けの執務室。
机に置かれた分厚い羊皮紙の束には、そっけない題名が記されていた。
《国家価値評価モデル(試案)》
「わ、わたしにこんな高度な会計処理できませんって言ったんですけどぉ……。うぅ、転送網の評価だけは……が、がんばりました……」
ミロが魔導端末を抱きしめたまま、おどおどと報告する。
その隣で、ヴァルドが恭しく頭を下げた。
「加賀谷様のご指示通り、国家を“株式会社”に見立てて六つの観点で整理いたしました」
加賀谷は書類をぱらりとめくり、満足げに頷く。
「ありがとな。――でも今日は、数字そのものより“空気”で語ろう」
椅子に深くもたれ、天井を見上げたまま言葉を続ける。
「国家を株式会社とするなら、いまのミティア公国は“上場予備軍”じゃない。もう市場で測られ始めている」
リィナが眉を上げる。
「たった三年で、そこまで?」
「ああ。もちろんドルとは単純比較できないが、国際的な資産評価と収益予測をベースにした推定値として――」
加賀谷は羊皮紙を指先で弾き、読み上げた。
──────────【推定国家バリュエーション】──────────
◆ 国家評価総額(現在):約八五〇〇億ドル相当
◆ 改革前(3年前):約五〇億ドル
→ 価値上昇は一七〇倍超
◇ 主な構成要素
・国有資産(魔鉱山/転送炉/港湾/研究棟など)……約五三〇〇億ドル
・年間キャッシュフロー(税収/転送網/港湾利益等)……約八〇億ドル
・成長プレミアム(人口流入/知財/教育投資)……約二〇〇〇億ドル
──────────────────────────────────
「……これが事実なら、“かつて買い叩かれた国”は、いまや投資される側ってことだ」
窓外へ目を向けながら、加賀谷は続ける。
「三年前、俺はこの国を帝国に売ろうとした。たった五十億ドルでな」
リィナが小さく笑う。
「それが今では八千億。誰にも買えないけれど、誰もが関わりたがる」
「そう。もう“商品”じゃない――市場そのものだ」
ヴァルドが深く頭を垂れる。
「加賀谷様のご采配の賜物でございます。“値札”を付けられていた国が、ついに“価格を決める側”へ……」
ミロは端末を抱きしめたまま、目を丸くした。
「八、八千億……ゼロが多すぎて、頭がクラクラしますぅ……」
加賀谷は笑い、椅子を押し戻す。
「信じられなくてもいい。動かし続ければ、信じざるを得なくなる」
羊皮紙の次ページには、こう記されていた。
《次章:帝国向け視察団受け入れ準備》
「──第三章はここまでだ」
窓を開けると、夜風が書類をそっとめくった。
自由都市の灯はまだ眠らない。
夜もまた、この国の成長時間だった。
◆あとがき◆
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