信用経済の胎動
貴族会議が驚くほど静かに終わった。
大抵は誰かが難癖をつけて長引くのに、今回は拍子抜けするほどまとまった。
「――あの男のおかげか」
加賀谷は席を立ちながら、数日前の光景を思い返す。
廊下の中央、赤い外套を翻した長身の男が一礼した。
ヴァルド・レヴァンティス。かつて帝国外交を取り仕切り、今はミティア随一の大貴族。
「お噂はかねがね。遅ればせながら、レヴァンティス家一同、閣下の改革に与する所存です」
抑えた声に潜む熱。
差し出された手を、加賀谷はゆっくり握り返した。
信用できる。ただし、信頼はまだ先――それが今の判断だ。
会議が散会し、誰もいなくなった会議室。
扉が閉まったのを見届けてから、ヴァルド・レヴァンティスはそっと片膝をついた。
絨毯の深みに声が吸い込まれていく。
「閣下ほどの方が、この国に現れるとは……。
──“数字で人を救う”と掲げ、それを現実に移せる方など、二百年の歴史を遡ってもいなかった」
囁くような言葉は、誰にも聞こえない。だが本心だけがにじみ出る。
「私利私欲ではなく、理と利を両立させる御方……。
その御力のもとで働けるなら、これ以上の誉れはございません」
ヴァルドは静かに立ち上がり、表情を平静に戻して去っていった。
――加賀谷はこの独白を知らない。
*
夜明け前の執務室。
書類を片付けながら、加賀谷がぽつりと漏らした。
「帝国を経済で叩く――その前に、三つ壁がある」
リィナが顔を上げる。
「三つ、ですか」
「まず通貨がバラバラ。銀貨、銅貨、帝国金貨、そして魔鉱貨。価値の“ものさし”が揃わないと、商人は計算できない」
「たしかに、市場でも毎回換算していて面倒ですわ」
「二つ目。払える保証がない。現金が足りない町では “来月払う”と口約束で終わる。信用がないから物も動かない」
「信用を形にする仕組みが必要、と」
「最後は金を借りる場所がない。商売を広げたくても、誰も貸してくれない。 ――流れが止まるわけだ」
リィナは腕を組み、机上の硬貨を見比べた。
「解決策は?」
「こうする。
①魔鉱石を裏付けに、新しい共通通貨を発行する。
②魔導で偽造できない“封印手形”を作り、後払いでも取引できるようにする。
③商人ギルドと手を組み、利息つきで金を貸す“銀行”を置く。」
リィナの瞳がわずかに輝く。
「通貨・信用・融資……三つ揃えば、血液みたいにお金が回るのですね」
「ああ。まずは心臓を作る。動き出したら、帝国の方からレートを気にして寄って来るさ」
加賀谷は魔鉱貨を軽く弾き、静かな音を聞いた。
通貨と約束――その二つを動かす歯車を、これから作る。
◆あとがき◆
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