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明暗は分かれた

 煙幕の中、視界はほとんどきかない。だが槍は、確実に黒狼隊の戦列を抉っていく。


 「隊列を整えろ! 前へ! ……前に出ろ、斬り裂いて突破しろッ!」


 ハーシェルが怒鳴る。彼の指揮の下、古兵たちは鍛え抜かれた動きで即応しようとしたが、それを許さぬ“仕掛け”がそこかしこに潜んでいた。


 魔導傀儡──


 草陰に忍ばせてあったそれが、瞬間的に展開し、細工粉を撒き散らす。金属を鈍らせる微粒子は、黒狼隊の鎧の継ぎ目をわずかに軋ませ、刃の斬れ味を落とす。


 「くそ……斬れが甘い、武器がっ……!」


 黒狼隊の兵たちが動揺し、陣形が乱れる。


 その隙を、槍を携えた突撃隊が的確に突いた。狭い街道での迎撃戦は、数よりも隊列と連携がものをいう。指揮をとるガロウは、片腕を吊ったままでも動きに淀みがない。


 「押し切れ! 前列、踏み込め! 弓兵、第二波、構え!」


 同時刻。


 森林の影に潜んでいた義勇弓兵隊が、一斉に矢を放った。煙と霧に揺れる戦場の空に、無数の矢が浮かび上がるように走る。


 矢の雨が降る。

 黒狼隊の中央列が悲鳴と共に崩れた。


 「――っ! 背後に、廻ってる!? どうして……!」


 後方からは、近衛第二分隊が回り込み、退路を塞ぎにかかっていた。すでに全体は袋の鼠状態だった。


 そのとき、ザルダ蛮族の騎射隊が駆けつけようとするが、林間の“細工粉”にまみれた馬たちが制御不能に陥り、あちこちで蹄が狂った。


 「馬が……駄目だ、これ以上近づけない!」


 ザルダの副長が怒声を上げるも、もうどうにもならない。


 ――包囲、完成。


 


 王城地下では、ミロの端末が戦況を映し出していた。


 「敵主力、戦列崩壊! 包囲完了です!」


 ミロの声に、加賀谷は腕を組んだまま、静かに頷く。


 「……いい。殲滅は不要だ、投降を受け入れろ」


 「えっ?」


 ミロが目を瞬かせるが、加賀谷は端末の画面を見ながら即答する。


 「反乱は“金”で動いている。人材を潰すより、情報源として使った方が効率がいい」


 その時、通信符が青く瞬いた。


 「加賀谷殿。こちらガロウ。敵隊、降伏の意あり。指示を乞う」


 加賀谷は頷き、即座に返す。


 「包囲を維持しつつ受諾。貴族家の名を洗い出せ。書状、兵装、備蓄品、すべて記録して証拠を押さえろ」


 その返答に、魔導符が再び明滅した。


 反乱軍の“中核”が、崩れた――。



* * *



 朝靄が差し込むころ、戦場に沈黙が戻っていた。


 黒狼隊の兵たちは武器を捨て、膝をついていた。近衛と義勇兵によって縄をかけられ、負傷者は衛生班に引き渡される。血にまみれた戦場にしては、異様なほど静かな光景だった。


 「……手間をかけてすまんが、ひとり残らず確認してくれ。名と出身地、装備の出所、それから誰の命で動いたかを」


 ガロウが部下に指示を飛ばす。


 その声の後ろで、加賀谷がひとつ、大きく息を吐いた。


 「この反乱、“事前の火種”を潰しておけば、次はない。証拠さえ押さえれば、法のもとで粛清できる」


 彼の手元には、捕虜たちの供述が記された記録符と、ミロが管理していた裏取引の一覧、そして戦場で押収された補給物資の印付き木箱があった。


 「資金の出所、武器の流通ルート、指揮命令系統。……全部揃ってる」


 加賀谷はそれらを見つめ、ゆっくりと頷いた。


 「ミロ、該当する貴族家にマークをつけておいてくれ。“実行犯”はこの中にいる」


 「か、かしこまりましたっ……!」


 ミロは端末を操作しながらも、その声にわずかな怒気を帯びていた。彼女にとっても、この反乱は見過ごせるものではなかったのだ。


 


 一方、捕虜となった傭兵団〈黒狼隊〉の指揮官・ハーシェルは、両手を縛られたまま、無言で空を見上げていた。


 「……なるほどな。あんたら、こっちが想像してたよりずっと“整ってやがる”じゃねえか」


 嗄れた声で、誰にともなく言う。


 「ガロウ、ってのが動けるうちは警戒すべきだと……くそ、ほんとにその通りだったか」


 


 彼の隣には、憔悴しきった男がひとり。


 バルト・グレノア伯。


 古びた紋章入りのマントは泥にまみれ、威厳の欠片も残っていない。


 「……なぜ、うまくいかぬ……。あれほどの備えをしたのに、なぜ……っ」


 震える声は、もはや貴族のそれではなかった。


 「この国は、貴族のものだった……かつては、我らが治めていた……っ」


 歯噛みするバルトに、ハーシェルは一度だけ視線を向けた。


 「……あんたは“変わる国”をなめてたんだ。昔のまんまだと思ってた。それが命取りだ」

 

 捕虜たちを乗せた輸送車が、王都の方向へと動き出す。


 新たな秩序が、ゆっくりと姿を見せ始めていた。

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