実りの兆し
それから二度、春が来て──
「ほら、また芽が出てる。去年より早いんじゃないか?」
畑の隅で、ガロウが手を腰に当てて笑った。軍服のまま鍬を持つ姿はやや異様だったが、当の本人はごく自然に馴染んでいる。
「……将軍が畑に立つ国なんて、聞いたことないんですけど」
ミロが日除けの帽子を押さえながらぼやく。
「いいんだよ。兵も訓練ばかりじゃ気が滅入る。こういう“地に足のついた”仕事が、案外士気を上げるもんだ」
「そうですかね……」
ガロウは満足げにうなずいた。
この開墾地一帯は、元は森だった場所だ。魔法で伐採され、地ならしされ、水脈を引き、いまでは畑として再生されている。人手だけでは到底間に合わなかったこの作業を、支えているのがミロの設計した“魔導ゴーレム”だった。
「でも、本当にやれるとは思わなかった。あの人、“自分たちで作らなくていい”って言った直後に、思いっきり自分たちで耕しはじめるんだもん……」
ミロの視線の先には、小高い丘の上に立つ政庁舎。その最上階の執務室には、きっと今も加賀谷がいるのだろう。
「カガヤ様の言ってた“時間を買う”って、こういうことだったのかもしれませんね」
レオンによる中継貿易で得た外貨。それを一部回して、農地を整備し、水路を敷き、道具を供給し、農家に報酬保証を設けた。
その投資は、たった一年で結果を見せはじめている。
ガロウが麦の芽を見つめながら、ぽつりと呟いた。
「戦がすべてを解決すると思っていた。だが、あの男は──一度も剣を振るわずに、国を動かしている」
「それが、“戦わずして勝つ”ってことなんでしょうね」
ミロも小さく笑った。
公国の畑には、若者たちの姿が増えていた。かつては飢えで流出していた労働力が、いまは“富の種”を撒く者となっている。
誰かが言った。
「耕せば、報われる」──と。
そう思わせる国に、このミティアは、変わりはじめていた。




