プロローグ:左遷先は、異世界
東京・大手町。
「お引き取りを。ここはもう、あなたの会社ではありません」
無機質な声とともに、零は警備員に腕をつかまれた。
その手を払いのける気力もなかった。
敵対的買収──TOB。
一ヶ月前、上場企業である彼の会社は、外資と結託した旧経営陣に株を過半数握られ、乗っ取られた。
守ってきたものは、あまりにも脆く崩れた。
資本は力だ。
ルールを知っている者が、ルールの中で一番強い。
「皮肉だな。俺が一番それをわかってたはずなのに」
夜の風が吹き抜ける。
35階建ての屋上、無人の空に、零は立ち尽くしていた。
失ったのは会社だけじゃない。
育ててきた人間も、パートナーも、株主も──
“信頼”さえも、数字の一行で消えていった。
目を閉じる。
耳鳴りがやけに遠くなった。
──その瞬間、空気が“ねじれた”。
光が逆流し、風景が崩れる。
コンクリートが消え、重力が裏返り、音がしなくなる。
「は……?」
気づけば、そこは石造りの広間だった。
そして、金の髪をした少女が、神妙な顔で彼を見つめていた。
「異界より来たりし御方よ。我が国を、お救いください」
加賀谷零、二十八歳。
天才と呼ばれ、すべてを失い、そして今──異世界に立っていた。