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憧れ

 森を抜けた三人は、平原でポツンと生えた木の下で焚火を囲っていた。同族が化け物と化したショックが抜け落ちないジジ。ミチルはジジの悲しみを消せずとも、せめて寂しさを埋めようと膝枕をして頭を撫でる。


 ノボルはというと、木に寄りかかりながら眠っていた。その両手は、花と化した獣人達を葬った返り血で赤黒くなっていた。そんなノボルをジジは同族の仇として恨むのと同時に、命の恩人として感謝していた。


「……オレ、ラフィンの本を読んでニンゲンになりたいと思ってた。実際、ノボルは凄く強かった。たった一人で、みんな殺してしまった……怖かった……」


「少し変に聞こえるかもしれないけど、ノボルはとっても優しい子なの。口で話すよりも手が出るタイプで、人付き合いを嫌ってる。でもね、それには訳があるの。私達にはワタルっていう同い年の小さい男の子がいるのだけど、そのワタルがある日、ボロボロになって帰ってきたの。訳を聞いたら、探検に出掛けた先で複数人の男女に暴行を受けたって。私はワタルを抱きしめてあげたわ。でも、ノボルは違ったの。ノボルはワタルの頬を強く叩くと、外に出ていってしまったの」


「なんで引っ叩いたの?」


「多分「心配させんじゃねぇ!」って言いたかったんだと思う。それでね、次の日の朝の事よ。ノボルはワタルを痛めつけた男女を連れて帰ってきたの。綺麗な顔のノボルとは正反対に、連れて来られた男女はボロボロで、酷い状態だったわ。そしたらノボルがね、ワタルに言ったの。なんて言ったと思う?」


「仇をとってきたぞ?」


「そうだったら真っ当なヒーローだけど。ノボルがワタルに言ったのは」


『証明しろ。お前が弱者ではなく、強者だと』


「信じられる? もう既に瀕死の状態の彼ら彼女らに対し、まだ制裁を加えるつもりだったのよ? しかもワタルにさせようとしてね」


 その話を聞き、ジジはノボルに覚えていた同族の仇としての恨みを忘れる事にした。その代わりに、ある種の魅了に掛かった。ノボルの乱暴で不器用な優しさに魅入られたのだ。


「それで、そのワタルっていう人は殴ったの?」


「いいえ。あの子は特に暴行を受けた事を気にしていなかったし、むしろ痛みを知れた事を嬉々として聞かされたわ」


「なんか、変わってるね……」


「フフ、確かに! ノボルはすぐに手が出る乱暴な子。でもそこにはちゃんと意味があって、そこには言葉で表す以上の優しさがあるの。私達を必死になって逃がしたのだって、一人で戦ったのだって、力がある責任感から」


「……なんか、かっけぇ人だな」


「まぁ、一人で背負いこもうとするのは困りものだけどね。でも、かっこいい子よ」


 二人の視線が、ノボルに集中する。その視線に当てられてか、ノボルは目を覚ました。ノボルは二人と目が合うと、視線を焚火の方へ落とした。


 ジジはミチルの膝から離れ、ノボルの隣に移動した。相変わらず目を合わせようとしないノボルに構う事無く、ジジはノボルに申し込んだ。


「ノボル! オレの兄貴にあってくれよ!」


「あらあら。お兄ちゃんになってだって」


「断る」


「そう言わずにさ! オレ、アンタに憧れちまったよ!」


「俺はお前の同族を皆殺しにした」


「そりゃ、そうだけどさ。でも皆おかしくなってただろ? 殺されちまっても仕方な―――」


 ジジが言い終わる前に、ノボルはジジの頬を鷲掴みにした。ジジの瞳を覗き込むノボルの瞳は怒りに満ちており、今にも殺しかかろうとする殺気を帯びていた。


 そのノボルの怒りにジジの心臓が急速に冷め、手足は震えていた。


「殺しを仕方ないで済ますな。それに慣れてしまえば、殺しても何の感情も覚えなくなっちまう。そうなったら、身も心も化け物になるぞ」


 ノボルはジジを突き飛ばすと、ミチルを睨み、木の裏に隠れた。ほんの少し前まで騒がしかったジジは無口になり、今は焚火の音がよく響く。


 ミチルがジジを慰めようと腰を上げた矢先、ジジは木の裏に隠れたノボルに頭を下げた。


「ごめんなさい! オレ、ただアンタを凄いと思っただけなんだ! 正直言って、オレの同族を殺したアンタを恨んでた! でも同じくらい、いやそれ以上に、アンタの力に憧れたんだ! スゲェカッコイイと思ったんだ! だからアンタの背中を見させてくれ! アンタみたいに……兄貴みたいになりたいと思わせてください!!!」


 ジジは今まで生きてきた中で一番の大声で宣言をした後、地面を叩き割る勢いで頭を下げた。徐々にハッキリとしてくるオデコの痛みに歯を噛み締めて我慢していると、ノボルが木の裏から出て来た。


 ジジが頭を上げた瞬間、視界に流れたのは、一瞬のノボルの足と、夜空の星々。まるでオデコの痛みが夜空に浮かぶ星の一つになったかのように、ノボルに蹴られた痛みはジジに衝撃を与えた。


「簡単に頭を下げるな」


 そのノボルの声に意識を取り戻したジジは、重い体を起こした。ジジの目の前に立つノボルは背を向けていた。


「どんな状況でも、どんな目に遭っても、前を向け。自分が正しいと堂々としろ。自分なら出来ると立ち向かえ。例え敵わずとも、今は弱いお前でも、足掻く事は出来る」


 背を向けるノボルの表情はジジには見えない。見えずとも、その後ろ姿からノボルの不器用で言葉以上の優しさを感じられた。


「デカくなれ。俺みたいになりたいんだろ?」 


 ノボルは一瞬だけジジに笑みを見せると、すぐに木の裏に隠れていった。


 一瞬だけ見せたノボルの笑み。その表情が、ジジの脳を焼き焦がした。

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