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神秘

 ノボルは意気揚々と飛び上がって、空中に浮かぶマンドラの胴体を殴った。マンドラの皮膚は硬く、更に中身がパンパンに詰まっているのか、殴った側のノボルが弾き飛ばされてしまう。 


 ノボルはすぐに体勢を整え、今度は羽に狙いをつけた。空から落とす事が出来れば、どれだけ硬くとも、それを打ち破る自信があったからだ。


 しかし、マンドラの羽から散布される金色の粒子が頬を掠めた瞬間、ノボルはすぐに後方へ下がった。掠めた頬を確かめると、僅かに削れていた。


「あの金色の粉。厄介だな」


 そう呟いた矢先、マンドラはクルリと一回転し、金色の粒子を自身の周囲に展開した。これで安易に攻め込む事が困難になってしまった。


 ノボルはミチルに魔法を撃つように目配せするが、まだ上手く力を扱えないミチルには時間が必要だった。


「いいさ。正面から無理なら、回り道をするまで!」


 ノボルは木を駆け上り、飛んだ。拓けた地故に、中央に位置するマンドラまでの距離まで飛んで行くのは不可能。


 だが、それは常人の場合。宝石を取り込んだノボルならば、マンドラの真上まで飛んで行く事は容易い。空を覆う木の枝にぶつからないように跳ぶ力を調整し、駆け上った高さを維持してマンドラの真上から急襲した。


 マンドラの背に飛び乗ったノボルは間髪入れずに打撃を叩き込む。マンドラがノボルを振り落とそうと身を震わせた場合、背に乗ったノボルは羽から散布される金色の粒子をマトモに喰らう事になる。まずはマンドラを地上に落とす。それがノボルの狙いであった。


 硬い皮膚に何度も打撃を叩き込み、渾身の力を込めた拳を打ち込むと、遂にマンドラは地上へと落下した。落下の際に金色の粒子が散らばる事を危惧していたノボルはマンドラの背から離れ、ミチルの隣に戻った。


「いつまでワンマンプレーをさせる気だ! お前も少しは手伝え!」


「そうさせてもらう」


 ミチルは漂う空気の流れを両手で操り、想像した炎を空気の流れに乗せ、火球を練り上げた。狙いを定めてマンドラに火球を投げ飛ばすと、マンドラの体は瞬く間に炎に包まれ、炎の中で熱さに悶えるマンドラの姿が垣間見えた。顔の花びらと羽は焼き溶け、柱頭にある無数の瞳が悲鳴を上げている。


「この火力なら……いや、ここで火はマズい!」


 マンドラという化け物と対峙し、どう倒すかだけに集中していた為、ミチルは本来の目的を忘れていた。今二人がいる場所には薬となる沢山の薬草や花が存在し、その内の一つを採取する事を頼まれていた。このままでは、マンドラから燃え広がり、やがて一帯が火の海と化すだろう。それは集落で待つアレザの頼みを不意にし、ワタルの手掛かりを失う事になる。


 ミチルはすぐさま水を想像し、火球を練り上げた時同様に水球を練り上げ、燃えるマンドラにぶつけた。おかげで被害は最小限に済んだ。

 

 しかし、それはマンドラにとっても同じ。羽を失いこそしたが、未だマンドラは生きていた。


「厄介な羽をどうにかしたんだ。十分な働きだ」


 ノボルはミチルを下がらせると、再びマンドラに襲い掛かった。かなりのダメージを負ったにも関わらず、皮膚の硬さは健在で、ノボルが繰り出す打撃が効いている素振りが無い。それでもノボルは打ち続けた。


「クソが! いい加減に―――」


 マンドラのあまりの硬さに苛立ったノボルは、ヤケクソ気味にマンドラを蹴り上げた。


 すると、マンドラの体が反転し、腹部に大きな亀裂が走った。その様子を見たミチルは安堵のため息を吐くと、懸命に叩き続けたノボルを労わろうと近付く。 


「かなり苦戦してたみたいだけど、アナタからしてみれば、挑み甲斐があったんじゃないかしら?」


「……違う」


「何が?」


「俺がやったんじゃない……!」


 ミチルがノボルの言葉の意味を理解するまで、少しだけ掛かった。その意味とは、過ぎ去った緊張感の再来。


 マンドラの腹部の亀裂が広がっていくと、薄い膜を突き破って、中で成長していたモノが姿を現す。人型であるものの、背丈は三メートルを超え、頭部は蕾であった。マンドラは既に使い物にならない羽を自らの手で毟ると、それを剣に見立てた。


 長い手足と同等の長い剣。羽を失って空に飛べぬものの、人型になった事で機動性は以前より増している。そう判断したノボルは、マンドラが自分かミチルのどちらかに狙いを定める前に、自分から向かっていった。


 想定通り、マンドラの身動きは素早く、そしてしなやかだった。ノボルの攻撃をヒラリと躱すと、すれ違いざまにノボルの背を斬りつけた。幸い傷は浅かったが、問題は痛みであった。まるで蛆虫が肉を食い散らかすような蝕む痛み。それは毒であり、呪いであった。


 背中で蠢く痛みに苦しみたかったノボルであったが、それは隙を見せる事を意味する。


「ガアァァァ!!!」


 痛みを忘れる程に声を張り上げながら、ノボルは背後に立つマンドラに裏拳を放った。マンドラは上体を逸らして裏拳を避ける。そしてノボルの胸に剣を突く。


 しかし、それが実現する事はない。何故なら、ノボルがそれよりも速い動きで打撃を重ねたからだ。徐々に速さと鋭さが増していくノボルの攻撃。それは追い込まれた状況にのみ発揮されるノボルの特性。


 ノボルの攻撃はマンドラに掠り、当たり、やがて破壊した。武器を、足を、腕を、頭部を、胴体を。固体が液体と化すまで、ノボルの攻撃が止まる事はなかった。   


 ノボルの体力の限界に達すると、かつてマンドラだった液体が地面に散らばっていた。ノボルは荒れた息を整え、一度は立ち上がってみたものの、すぐに力が抜けて膝をついた。


「……流石に……くたばった、だろ」


「お疲れ様、ノボル。よく頑張ったわね」


「労わる暇があるなら目当ての物を探せ。さっさと帰って一休みするぞ」


「強がっちゃって」


「強がってねぇ、余裕だ」


「私が狙われないように危険を承知で向かったよね。その優しさは嬉しいけど、あんまり無理し―――」


「余裕だって言ってんだろ!!!」 


 目当ての青い花を採取した二人は、その場を後にした。


 木々の隙間から漏れる黄金の光。それは地面に散らばったマンドラの亡骸に寄り添い、温もりを分け与える。


 神秘を顕現する為に。

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