02-20
「いつの間に仕込んだんだよ、格付けなんて」
斬りつけられた右手に包帯を巻き付けながらユウカは言った。
「さてね」
どこからか取り出した飴玉を舐めながら、セリナは答えた。
星空を眺め、生返事する様に、真面目に答える気などないと悟る。
ユウカにもそれはわかったようで、腑に落ちない顔をしながら、煙草に火をつけた。
「しかしコウタも……いや、無事で良かったんだが……まさに不死で……その」
ユウカにしては歯切れが悪い。
僕の身体に起きた事象に対して、かなり気を遣ってくれているのだろう。
けれど、それは無用だ。
覚悟を決めた上での選択だ。
「化け物じみてきましたよね」
「いや、そういうつもりは……やはりノロイ、なのか?」
珍しく慌てた様子で頭を振るユウカの言葉に対し、セリナが割って入る。
「不死というノロイを逆手に取った祈祷師の秘儀とでも言おうかね」
得意気にセリナは話す。
その横顔は、なぜだか寂しげだった。
「……なあ、セリナ。もしかして、僕の不死について何か知っているのか」
僕の問いに対し、セリナは夜空を見つめたまま押し黙った。
俯きがちの顔は髪に隠れて伺い知れない。
――話したくないのなら、話さなくてもいい。
あのビルを飛び降りたときから、僕はこの命に対して腹を決めているのだ。
言ってしまえば、惰性なのだ。ボーナスステージのようなものだ。本来はないはずのものがどうなってしまおうと、誰がどうしてくれようとどうだって良い。それを詰めても仕方がない。
むしろ――。
セリナの手を取る。冷たい。
はっとこちらを見るセリナに、デコピンする。
セリナは目をパチクリさせたあと、じわりと微笑んだ。
「……くくく、惚れ直したよ」
あれほど望んだ、平穏な死は到底訪れそうもない。
けれど、いまこの瞬間。心は晴れやかだ。
僕は、僕自身の覚悟で僕自身を、ただ死んでいないだけの生から解放することができたのだ。
陰鬱な靄は消え去ったのだ。僕の望みごと霧散したのだ。
これを得てなおなにかを望むなんて、とんでもない。
「……ユウカさん、この身体だったら、仕事、ちゃんと手伝えますかね?」
あえて明るい声音で、おどけてみせる。
呼応するように、ユウカの顔が微笑む。
「ああ、百人力だ。だがまずは、この仕事をクローズしちまおう」
「伸びてる女将が目を覚ましたら、尋問だ。……忙しくなるぞ。裏にはきっと、深い影がある」
ユウカはふっと煙を吐いた。
夜空に溶ける紫煙。
甘く苦い香りが夜風に混じり、溶けていった。
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あとがきです。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
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この物語には続きがありますが、キリが良いのでここで一旦区切りとします。
続きは大まかなプロットは完了、ディティールを調整中です。筆が走り次第、「イノリγ」でお会いしましょう。




