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イノリβ  作者: 山橋 雪
27/27

02-20


「いつの間に仕込んだんだよ、格付けなんて」


 斬りつけられた右手に包帯を巻き付けながらユウカは言った。


「さてね」


 どこからか取り出した飴玉を舐めながら、セリナは答えた。

 星空を眺め、生返事する様に、真面目に答える気などないと悟る。


 ユウカにもそれはわかったようで、腑に落ちない顔をしながら、煙草に火をつけた。


「しかしコウタも……いや、無事で良かったんだが……まさに不死で……その」


 ユウカにしては歯切れが悪い。

 僕の身体に起きた事象に対して、かなり気を遣ってくれているのだろう。


 けれど、それは無用だ。

 覚悟を決めた上での選択だ。


「化け物じみてきましたよね」


「いや、そういうつもりは……やはりノロイ、なのか?」


 珍しく慌てた様子で頭を振るユウカの言葉に対し、セリナが割って入る。


「不死というノロイを逆手に取った祈祷師の秘儀とでも言おうかね」


 得意気にセリナは話す。

 その横顔は、なぜだか寂しげだった。


「……なあ、セリナ。もしかして、僕の不死について何か知っているのか」


 僕の問いに対し、セリナは夜空を見つめたまま押し黙った。

 俯きがちの顔は髪に隠れて伺い知れない。



 ――話したくないのなら、話さなくてもいい。

 あのビルを飛び降りたときから、僕はこの命に対して腹を決めているのだ。

 言ってしまえば、惰性なのだ。ボーナスステージのようなものだ。本来はないはずのものがどうなってしまおうと、誰がどうしてくれようとどうだって良い。それを詰めても仕方がない。

 むしろ――。


 セリナの手を取る。冷たい。

 はっとこちらを見るセリナに、デコピンする。

 セリナは目をパチクリさせたあと、じわりと微笑んだ。


「……くくく、惚れ直したよ」

 

 あれほど望んだ、平穏な死は到底訪れそうもない。

 けれど、いまこの瞬間。心は晴れやかだ。

 僕は、僕自身の覚悟で僕自身を、ただ死んでいないだけの生から解放することができたのだ。

 陰鬱な靄は消え去ったのだ。僕の望みごと霧散したのだ。

 これを得てなおなにかを望むなんて、とんでもない。


「……ユウカさん、この身体だったら、仕事、ちゃんと手伝えますかね?」


 あえて明るい声音で、おどけてみせる。

 呼応するように、ユウカの顔が微笑む。


「ああ、百人力だ。だがまずは、この仕事をクローズしちまおう」


「伸びてる女将が目を覚ましたら、尋問だ。……忙しくなるぞ。裏にはきっと、深い影がある」


 ユウカはふっと煙を吐いた。

 夜空に溶ける紫煙。

 甘く苦い香りが夜風に混じり、溶けていった。





 ******

 あとがきです。

 ここまで読んでくださりありがとうございました。

 もしお楽しみいただけたのなら嬉しい限りです。

 よろしければコメントや評価などくださると、励みになります。


 この物語には続きがありますが、キリが良いのでここで一旦区切りとします。

 続きは大まかなプロットは完了、ディティールを調整中です。筆が走り次第、「イノリγ」でお会いしましょう。 

 

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