02-15
がたがたと震えだしそうな身体をなんとか抑え、固く目を瞑ると、いつの間にかその気配はなくなっていた。
夢だったのではないかと思うほど……いや、思いたかった。
だが直後、ユウカに起こされ、アレが夢でなかったと思い知った。
「クモツと言っていたな。ありゃ、どういう意味だ」
「文字通りじゃないのかな。ボク達は供物なんだよ」
「なんの? お前らが見たノロイのロジックからすれば、この部屋はノロイの発露させる場所だ。ノロイの供物となるのは他の部屋に泊まる人間になるはずだ」
「――ノリトをあげなきゃと言っていたね。それの対象を見ればわかるのではないかな」
「……もったいぶって。けど見るのが早いな。よし、後をつけよう。おい、コウタ」
ユウカはボストンバッグを漁りながら、僕に声をかけた。
あのような奇行をとる人間の後をつけるなんて……。
閉口しかけたが、これも仕事だ。
腹を決めるしかない。
「くくく。キミのそういうところ、本当に愛おしいよ」
セリナが歯の浮くような台詞を言うが、いつもの言葉遊びだ。
顔が熱くなる感覚を無視して、ユウカの近くに寄り、何か持つものは無いかと問う。
「これ、持っとけ。護身用だ」
ユウカは掌に収まる位の金属光沢のある棒を僕に手渡した。ローレットの堀が肌に食い込む。
「伸縮式の警棒だ。素人のお前でも棒くらいは使えるだろう」
……使う機会がないことを祈ろう。
*
そっと引き戸を開け、廊下を覗き込むと、まだ女将が廊下にいた。遠くの方をゆっくりとした独特の歩調で歩いている。
「廊下から追うのは無理だな。振り返られたら隠れられない。窓の外は?」
「草がたくさん生えているけれど、問題ないよ。庭には出られる」
「よし、なら窓からだ」
ユウカはそう言って、またボストンバッグを漁り出した。
ひっくり返すように中身を改め、靴を二足取り出した。
「安全靴だ。履いとけ」
安全靴まで……。
どおりで重いわけだ。
「本当にマジナイ道具なんか入っているんですか。護身用の装備がほとんどでは」
「……まあ、そうとも言うな」
ぶっきらぼうに端的に返事をすると、ユウカは窓の外に降りた。
確かめるように足元をがさがさと踏み鳴らすと、こちらに目配せをする。
早く来い、ということのようだ。
嫌に高鳴る心臓の音を無視して、窓の外に出る。
一瞬の浮遊感の後、足の裏にやわらかい感触。ふわりと草の香りが舞う。
「よし、行くぞ。なるべく姿勢を低くしてついてこい」
ユウカに言われるがまま、中腰でその後をついていく。
全ての客室の脇を通り過ぎ、生垣をはさんで入り口の真横まで来たが、女将の姿は見えなかった。
「……ブツは外じゃないのか?」
「――外だよ。あの建物は全てがノロイだ。そんなケガレの中に、ノリトをあげるような対象を入れるわけが……いや、今回のケースはそうしようとしている節もあるか……」
うっすらと口元をひずませながら、セリナは呟く。
それを聞いて、ユウカははっとしたような顔をした。
「……そうかよ。そういうことかよ。まったく不憫でならねぇな、あの地蔵さんもよ。どんなノリトだか知らねぇがわけのわからねぇこと聞かされてよ」
地蔵。そんなものあったか……?
全くついていけない会話の中で、唯一わかる単語が耳に入ったが、そんなものが近場にあった記憶がない。
「……キミがかわいそうだと感じた石のことだよ」
あの石が……地蔵?
「正確には道祖伸、というべきかな。塞の神とも言うね。集落に悪霊や疫病が侵入することを阻止してくれる神様さ。……くくく、よほどぞんざいな扱いを受けているのだね。あんなに薄汚れるなんて」
口調こそ穏やかだが、静かな怒気が感じられた。
ユウカが、あきれたような冷たい口調で続ける。
「信仰はそうたやすく貶められない。間違いなく日常的にやっている。今日も間違いなくそこに来る。――行くぞ。近くで隠れて言質をとる」




