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イノリβ  作者: 山橋 雪
22/27

02-15


 がたがたと震えだしそうな身体をなんとか抑え、固く目を瞑ると、いつの間にかその気配はなくなっていた。

 夢だったのではないかと思うほど……いや、思いたかった。


 だが直後、ユウカに起こされ、アレが夢でなかったと思い知った。


「クモツと言っていたな。ありゃ、どういう意味だ」


「文字通りじゃないのかな。ボク達は供物なんだよ」


「なんの? お前らが見たノロイのロジックからすれば、この部屋はノロイの発露させる場所だ。ノロイの供物となるのは他の部屋に泊まる人間になるはずだ」


「――ノリトをあげなきゃと言っていたね。それの対象を見ればわかるのではないかな」


「……もったいぶって。けど見るのが早いな。よし、後をつけよう。おい、コウタ」


 ユウカはボストンバッグを漁りながら、僕に声をかけた。

 あのような奇行をとる人間の後をつけるなんて……。

 閉口しかけたが、これも仕事だ。

 腹を決めるしかない。


「くくく。キミのそういうところ、本当に愛おしいよ」


 セリナが歯の浮くような台詞を言うが、いつもの言葉遊びだ。

 顔が熱くなる感覚を無視して、ユウカの近くに寄り、何か持つものは無いかと問う。


「これ、持っとけ。護身用だ」


 ユウカは掌に収まる位の金属光沢のある棒を僕に手渡した。ローレットの堀が肌に食い込む。


「伸縮式の警棒だ。素人のお前でも棒くらいは使えるだろう」


 ……使う機会がないことを祈ろう。


 *


 そっと引き戸を開け、廊下を覗き込むと、まだ女将が廊下にいた。遠くの方をゆっくりとした独特の歩調で歩いている。


「廊下から追うのは無理だな。振り返られたら隠れられない。窓の外は?」


「草がたくさん生えているけれど、問題ないよ。庭には出られる」


「よし、なら窓からだ」


 ユウカはそう言って、またボストンバッグを漁り出した。

 ひっくり返すように中身を改め、靴を二足取り出した。


「安全靴だ。履いとけ」


 安全靴まで……。

 どおりで重いわけだ。


「本当にマジナイ道具なんか入っているんですか。護身用の装備がほとんどでは」


「……まあ、そうとも言うな」


 ぶっきらぼうに端的に返事をすると、ユウカは窓の外に降りた。

 確かめるように足元をがさがさと踏み鳴らすと、こちらに目配せをする。

 早く来い、ということのようだ。


 嫌に高鳴る心臓の音を無視して、窓の外に出る。

 一瞬の浮遊感の後、足の裏にやわらかい感触。ふわりと草の香りが舞う。


「よし、行くぞ。なるべく姿勢を低くしてついてこい」


 ユウカに言われるがまま、中腰でその後をついていく。

 全ての客室の脇を通り過ぎ、生垣をはさんで入り口の真横まで来たが、女将の姿は見えなかった。


「……ブツは外じゃないのか?」


「――外だよ。あの建物は全てがノロイだ。そんなケガレの中に、ノリトをあげるような対象を入れるわけが……いや、今回のケースはそうしようとしている節もあるか……」


 うっすらと口元をひずませながら、セリナは呟く。

 それを聞いて、ユウカははっとしたような顔をした。


「……そうかよ。そういうことかよ。まったく不憫でならねぇな、あの地蔵さんもよ。どんなノリトだか知らねぇがわけのわからねぇこと聞かされてよ」


 地蔵。そんなものあったか……?

 全くついていけない会話の中で、唯一わかる単語が耳に入ったが、そんなものが近場にあった記憶がない。

 

「……キミがかわいそうだと感じた石のことだよ」


 あの石が……地蔵?


「正確には道祖伸、というべきかな。塞の神とも言うね。集落に悪霊や疫病が侵入することを阻止してくれる神様さ。……くくく、よほどぞんざいな扱いを受けているのだね。あんなに薄汚れるなんて」


 口調こそ穏やかだが、静かな怒気が感じられた。

 ユウカが、あきれたような冷たい口調で続ける。


「信仰はそうたやすく貶められない。間違いなく日常的にやっている。今日も間違いなくそこに来る。――行くぞ。近くで隠れて言質をとる」


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