02-14
「だから女将を探る必要があるんですね」
ユウカに問う。
苦虫を噛み潰したような顔でユウカは答えた。
「そうだ。これほどまでに大規模なものは珍しいが……よくあるんだよ。そもそもクライアントが仕組んでいることが。大体が偶然そうなってしまったケースだが、今回のように意図的にやったと思わしきケースも少なくない」
「後者に対して、貴方がやったものだと問い詰めたところでしらばっくれられたら終わりだ。契約を解除されて追い出されるのがオチだ。金すらもらえずにな」
「だから……探るんだよ。クライアント自身がノロイに意図的に関与している証拠を」
なるほど。
色々と世知辛い思いをしてきたのだろう。きっとその経験の中で得た処世術というやつかもしれない。
しかし……証拠がわかってそれをクライアント――女将に突きつけたところで何か状況は変わるんだろうか。逆ギレでもされたら結局追い出される未来しか見えないが……。
「そこがこの仕事のミソでね。……返せるんだよ、ノロイは」
「ノロイをかけたものがわかれば、ノロイをかけた者に返るように書き換えられるんだ。所謂、呪詛返しだね」
「それで脅すのさ。金を渡すか、呪詛返しを受けるか、どちらが良いかとね。くくく、ウチも人のことを言えた義理ではないが、なかなかアコギな商売だよね」
くつくつと、堪えるような嗤い声が響く。
友人の目が妖しく光っている。
ぐにゃりと歪む口角が目に浮かぶ。
「……そろそろ来るぞ。おい、布団に入れ」
ユウカが会話に割って入った。
声は潜ませながらも、急かすような強めの語気だった。
何が来るのかわからないが、言うとおり布団に潜り、寝ているふりをした。
とたんに静まる部屋。
暗闇の中で聴覚が鋭敏になる感覚を覚える。
ギイ…………ギイ……。
廊下から音がした。
昼間であれば聞き漏らしてしまいそうなほど小さな音だ。
だが、わかった。これは人の歩く音だ。
ギイ……ギイ……。
徐々に音が大きくなってきた。
こちらに向かってきている。
ギイ……ギイ。
ついぞこの部屋のすぐそばで、音は止んだ。
そして――。
ズズ……ズ……。
入口の引き戸が開く。
脳内で警報がけたたましく鳴っている。寝たふりをといてはならない。
廊下の光が差し込み、顔を照らしているのを感じる。同時にそこに人がいる気配も覚える。
じっと、入口で立っているようだ。
すぐどこかに行くだろうと高をくくっていたが、その予想は外れた。
実際のところはほんの一、二分とかそこらのはずだったのだろうが、とても長く感じるような時間、その気配は入口にあった。
やめておけば良いものを……耐えきれず、薄目で見てしまった。
女将だった。
首を真横に傾け、少しばかり空いた引き戸の隙間からにやにやと、こちらをうかがっていた。
ケケ……ケケケ…………。
……クモツ……上質な……。
ノリ……あげなきゃ。
喜びを押し殺すかのような、小さな声だった。




