02-13
暗い部屋の中、布団の中でじっと天井を見つめる。
山間部に近いためか、夏場にしては比較的涼しく、わりと厚めの布団であるのに、暑苦しさは覚えない。
あのあと、部屋に女将が来た。
なんてことはない。夕食に呼びに来たのだ。
僕は昨夜からあまり食欲が湧いていない。
ユウカとセリナだけでも、と声をかけたがユウカもパスした。
セリナにいたってはいつの間にか知らないが部屋から姿を消していた。自由気ままが彼女の性だが、一言くらいあっても良いだろうに。
女将は僕たちの返事に少しばかり寂しそうな顔を覗かせたが、すぐ持ち直して、食堂に食事をとっておく旨を伝えて、いそいそと布団を敷いてくれた。
その間ユウカは――その口ぶりからわかっていたが――天井裏で見つけたものを女将に報告することはしなかった。事象の根本原因を探るのに際し、クライアントに余計な情報を与えて、普段と異なる挙動をされたら困るからだろう。
それほど広くもない部屋なので、二組の布団を敷いたところで部屋いっぱいとなった。
……ここに三人で寝るのか?
と暗に不満を伝えたが、ユウカは取り持ってもくれなかった。他の部屋を借りると金がかさむからであろう。
故にいま、精一杯の気を遣って身体を縮こませ、布団の中でじっとしているわけだ。
さて、もう少し女将を探るとユウカは言っていたが、いったい何をどう探るのか。すでに日付は変わっている。
今夜も動くとユウカは言っていたが、動くとはなんだ。そもそも女将が霊障に困って相談してきたのではなかったのか。
頭の奥底に鎮座する恐怖心を抑えるために、精一杯の理屈こねくり回していたときそれは聞こえた。
――おい。
びくりとした。
が、一呼吸して気持ちを落ち着かせる。声をよく聞けばわかる。ユウカの声だ。
しんと重い空気の中で、かすれた声は不思議と響いた。
声を潜ませて応える。
「起きてますよ」
左を見れば、ユウカが横たわっていた。
「ほう、関心関心。そろそろ来るからな。パニックでも起こされたら適わないから、忠告しておこうと思ってな」
「……それが解せないんですけれど。そもそも、あの女将があの幽霊の件を相談してきたんでしょう? その女将が動くってどういうことなんですか?」
純粋な問いに対する回答は予期せぬ方向――足元、つまり広縁から聞こえた。
「ふむ。もっともな問いだね」
セリナの声だ。
身体を起こして視線を広縁に向ける。手前の障子が開くとともに、シルエットが浮かび上がった。
いつの間に帰ってきたんだ。というかどこに行っていたんだ。
「コウタ君は新人なんだから、キミが指導するべきではないかね」
「仕事は盗むもんだ」
ユウカがぶっきらぼうに返す。
……なかなか硬派なスタイルだな。悪いとも思わないが。
「昭和だなぁ。……では親友のよしみでボクが」
「キミはあの天井裏の様を見たね? ――アレを実行できたのは一体、どんな人間だと思う?」
天井裏一面に貼り付けられた形代を思い出す。
あれを貼り付けるとしたら途方もない作業となるだろう。とてもひとりでこっそりとできるようなものではないだろう。
だとしたら……そうか、そうなるのか。
「――少なくとも、この民宿の人間と知り合い」
「そのとおり。とても秘密裏にできる作業量ではない。大人数で実行したと考えるのが妥当だ。その場合、民宿に許可を得ずに、見ず知らずの人間が大勢侵入できるとは到底思えない」
「ではそれらが誰かは一旦置いておいて、次の質問。それをしたのはいつかな?」
大勢で作業したのならば、それができるタイミングは限られる。
ここは民宿だ。お客さんが寝泊まりする商業施設だ。
お客さんが寝泊まりしている最中に、大勢の人間がずかずかと天井裏に入っていけるわけがない。幽霊云々の前にそれだけで悪評が立つ。
だとすれば、その作業がなされたのは、お客さんが寝泊まりをしていない時。
ではそれは具体的にいつか。
これを考えるときにもう一つ、ある情報を複合して考えると、おのずと答えは見えてくる。
――あの点検口が形代で封をされていたという点だ。
天井裏に侵入したとき、全ての点検口に封がされていた。僕とセリナが開けたところを覗いて、いずれにも破かれた形跡はなかった。
ということはつまり、天井裏に形代を貼り付けた人間の出口は点検口ではなかったということだ。
ではどこから出たのか。あの天井裏に、ほかの出口はなかった。
今は。
けれど、時期が異なればその限りではない。
「――この建物を建てるとき。あの形代は天井裏に貼り付けられた。貼り付けた後で、屋根を取り付け隠された」
くつくつと嗤う声。
しんと重い空気の中で不思議とよく響く。
「つまりこの民宿は、ノロイのために建てられたんだ」




