02-09
ユウカは言っていた。
セリナの家系こそが代々続く祈祷師一家の宗家だと。
ならば――僕に伝えていなかっただけで――セリナもそのような類の力を持っていて不思議はないのだ。
セリナは一瞬寂しげな眼差しで視線をそらしたかと思うと、再びにやりと口元を歪めてくつくつと笑いだした。
「ユウカに聞いたんだね。――そうとも。どうだい? それを聞いたキミは、そこを開ける度胸があるかい」
試すような口ぶりだ。
全く畏れがないと言えば嘘になるが、同じ年の、それも異性の友人にそう言われてはなかなか素直になりにくい。
ふんす、と鼻をわざとらしく鳴らし、セリナの右手から懐中電灯を奪った。
臍のあたりの高さの中段に登り、中腰の体勢で点検口を見据える。
なんの変哲もない点検口。とてもその奥に特別な何かがあるとは思えない。
「……君なら開けられると思っていたよ」
セリナは満足そうにこちらを見て笑っている。
「いや、いまから開けるんですが」
ちょっとした揚げ足取りをしつつ、左手で点検口を押し上げ――ようとしたが、びくともしない。建付けでも悪いのだろうか。想定よりもずっと大きな力を込めても、右手まで動員して身体全体で押しても、点検口は動く気配もない。点検口に見えて、実は天井に描いたただの四角い落書きだった、と言われても頷いてしまいそうな程だ。
「……なるほど」
予想外の嬉々とした声に思わず振り向けば、満足そうににんまりと破顔するセリナがいた。
意味がわからない。
開けられなかった――字面だけ見れば期待に添えなかったはずなのにどうして――?
混乱する僕のことなどお構い無しに、この狭い押入れの中にいそいそと入ってくるセリナ。
左手を見つめたあと、何かひとこと呟いたかと思えばおもむろに点検口に添えて、押した。
がたんという音と同時にべりと、何か剥がれる音。
ほこり臭い生温い空気が上から落ちてくる。
「……どこにそんな怪力が」
あれほど強く押してもびくともしなかったのにいとも簡単に空いた。
喪服と見紛う漆黒のセーラー服、その袖口から伸びる純白の細腕に、それほどの膂力が備わっているとは到底思えない。
「まぁ、コツというか――」
押し上げた点検口の蓋を、セリナは横にずらす。冗談めかした口調で言いかけた言葉は途中で止まった。まっすぐと、点検口のヘリに視線が向けられている。
――紙だ。
少し黄みがかった、白い紙。
点検口を開ける過程で破けてしまったのか、縁のほうが毛羽立っている。
「入ってみよう」
「あっ、おい」
セリナはこちらに一瞥もくれないまま、さっさと点検口の中に入ってしまった。
懐中電灯も持っていかれてしまったので、すっかり日の暮れた押入れは真っ暗だ。
何も見えない狭い空間に留まっても仕方がない。
街灯に吸い寄せられる虫のように、明かりの漏れる点検口に入ることにした。
一辺が五〇センチメートル強程度の開口部をよじ登ると、ムッとするかび臭さが出迎えてくれた。
セリナは、僕の正面で、僕を待ち構えるように立っていた。
にんまりとした顔で、僕の後ろ――たった今通ってきた点検口の開口部をその手に持つ懐中電灯で照らしている。
「見てご覧」
指示のとおりに後ろに振り返る。
先ほど見たものと思しき紙の切れ端があった。
押し入れからはよく見えなかったが、豚の蹄のように、先の割れた形状をしている。その先割れの反対側が毛羽立っていて、ここが押し入れにいた時に見えた部分なのだろう。
「不思議な形だ」
「くくく、これをもとに戻すと不思議な形じゃなくなるよ」
セリナは開口部の横に避けておいた点検口の蓋を元の位置に戻した。
するとどうだろう。先ほどは豚の蹄に見えていたあの先割れが別の形になった。
人形だ。
点検口の蓋の方に、人型の上半身部分が貼り付いていた。つまり、僕が見た豚の蹄は、人形の下半身だったのだ。




