わがままな君と私と
ほぅ、と息を吐き出した。白い吐息が、空気に溶けていく。肌を突き刺すように冷たい風が頬を撫でて、走り抜けていく。
「う〜っ、寒い」
もっさりと巻いたマフラーに顔を埋めた女子高生一一奏 は、苛立ち気に風が吹いてきた方向を睨みつけた。どうにもならないのは分かっているけれど思わず、といったふうに。
「まだかなぁ……」
あまりの寒さに待ち人が早く来ないかと、少しそわそわしてしまう。……すると。
「おーはよっ」
「うひゃっ!??」
__気配はなかった。
わざわざ気配を消して、後ろから奏の肩を突然叩かれた。犯人が誰なのかなんて分かりきってはいるけれど、驚きのあまり肩を弾ませてから振り返る。
「もう、梨衣ってば。 びっくりさせないでよ」
梨衣と呼ばれたその少女は、けたけたと愉快そうに笑って奏の背中をぽんぽんと叩いた。
「相変わらずカナはほんと、 着込むねぇ」
「そっちこそ、薄着すぎるんじゃない?」
マフラーに手袋。それからコートと、 もこもこスタイルの 奏に比べて、梨衣はブラウスにパーカーを引っ掛けただけ、しかもミニスカと来た。 寒くないの?と奏が尋ねると、 梨衣は別に平然と答える。
「……あ、でもやっぱ寒いかなぁ。 あっためてよ」
言うや否や、、突然梨衣に抱きしめられた。
奏はコートを着ているから、温もりはあまり感じないが梨衣はどうなんだろう。
お互いの吐息が感じられる距離に、本当に暖まるのかなんて疑問に思う。
「またそういうことする......。あったかい?」
「うーん、ちょっとだけ」
田舎の小さな駅だ、 ホームには2人きり。
奏は梨衣のされるがままとなっている。
「そういえば、」
不意に思い出して、 奏は梨衣の腕を抜ける。
ちょっとだけ頬を染めて、嬉しそうに。
梨衣は少しだけ手を手持ち無沙汰に振ってから、 何? と聞く姿勢に入った。
「私さ、」
その時、丁度電車が止まった。
扉が開く、 プシューという音で奏の声がかき消される。
「ごめん聞こえなかった。 なんて?」
とっさに聞き返す。
「だーかーら、私、 実はね。 ○○先輩と付き合う ことになったんだ」
え、声を漏らして梨衣が固まった。
奏はそんな梨衣の様子には気づかないで、 照れたようにはにかんだ。
そしてその表情のまま奏は、電車行っちゃうよ?と梨衣の手を引く。
そこで、ようやっと、梨衣の様子がおかしい事に気付く。
「どうしたの、 梨衣。……あーもしかして、 梨衣も○○先輩好きだったり?」
「違う」
間髪入れずに、否定。戸惑いを隠しきれない奏が、また尋ねる。
「じゃあなに。なんかあるんでしょ?」
梨衣は何も答えない。電車に乗ろうともしない。
奏は、はぁ、と息を大きく吐き出す。
「とりあえず、電車行っちゃうのはまずいでしょ。乗ろ?」
やはり、梨衣は動かない。てこでも動きそうにない梨衣を見て、 奏は手を引くのをやめた。 我儘なこの親友との付き合いももう10年。ここで無理やり電車に乗せようとしたところで頑として乗らないのは目に見えていた。
次の電車には、絶対乗るからね、と念押しするかのような奏の言葉には答えず、梨衣はこちらに上目遣いの目線だけをよこす。
「彼氏できたんだ」
小さく、掠れた声で、梨衣が言った。
「そんなショックだった?」
大丈夫、 彼氏出来ても梨衣とも遊び行くから。
奏は笑ってそう言った。
案外、やきもち妬くんだなぁとどこか微笑ましく思う。梨衣ってたまに可愛いんだよね、そういうところ。
ふてくされたような顔を隠そうともしない親友をちらりと見やる。
「……やだよ」
梨衣は一言、そう零す。
そして、奏の、唇にふと何が触れた。それが何か理解しないうちに、梨衣の顔がすうっと離れていく。
いま、なにが。
奏は呆然と立ちつくす。
ぺろりと自分の唇を舌で梨衣が甜めた。ちらりと覗いた舌が艶めしかった。
「好きだよ」
梨衣が言った。語尾は消えそうなほどに震えていた。彼女が浮かべた笑みはいつになく弱々しくて、今にも泣きそうだった。
唇を食まれた。それに気づいた時には、告白をされていた。ついさっきまでただの仲良しな親友だったはずなのに。いつも余裕げな表情を浮かべる親友は、今まで見た事のないような表情をしていた。
「ごめっ……………」
「言わないで。 わかってる」
ぽろぽろと涙を零す奏に、 梨衣は手を伸ばしかけて、ためらって、それを下ろした。
「ごめんね。カナにこんなこと、言うつもりじゃなかったのに」
そっと心の内を告げるようにぽつり、と。痛いほど静かな空間がそこにはあった。
その時、そんな静けさを打ちけすように風が吹き付けた。寒さによるとがった痛みを伴うそれは、まるで少女達の想いをそのまま代弁しているかのようだった。
「彼氏なんてやだ。 私の方がカナのこと、ずっと見てた。ずっと好きだったのに。………ぁ、ごめん。 困らせた……」
「…………… 困ってないよ。」
迷いながら、 奏も言葉を紡いだ。
咄嗟に擦ってしまった目も、寒さのせいで鼻も赤い。格好はつかないけれど、それでも。
梨衣には傷ついてほしくない。
「困ってない。でもね、私は、 梨衣のことは好き だけど、 友達としてなの。だめ?」
梨衣は黙ったまま。奏も口をつぐんて、お互いが、何も言わない。何も言わないのではなく、何も、言えない。
それでも絶えず吐き出される白い息が、二つ、混ざって消えていった。
『電車が止まります、ご注意ください……』
ホームに再び、電車がやって来た。
「ごめん、今日は私、 帰るね」
我に返った梨衣がそう言って踵を返す。
その瞬間、 奏は梨衣の手を掴んだ。そのまま勢いよく、電車に飛び込む。 梨衣もその勢いに乗せられて電車に引き込まれた。
扉が閉まった。
「勝手に帰らないでよ。 次の電車には乗せるって言ったじゃない」
「だって......」
梨衣の唇に人差し指を当てる。 それから奏は、困ったような顔をしてから笑ってみせた。
「彼女にはなれないけど。でも、ここで帰られたら私たち、もう戻れない気がしてさ」
これは、紛れもなく本心だ。
梨衣にきちんと届くように、彼女の腕をつかんで、真正面で向き合い、言葉を零していく。
「ねぇ……梨衣。私、親友でいたいよ」
梨衣のことを我儘な親友なんて言っていたけれ ど、私の方がもっと我儘なのだ。付き合ったりなんては考えられないけれど、親友のままがいい、なんて。 でもそれを許してくれるから、私たちは10年も親友でいるんでしょ?
ながい時間が流れた。それは体感だけで実際は数秒にも満たなかったのかもしれない。
「……………わかった」
ぎこちなく、 梨衣は奏の手を取った。それから、好きだよ、と耳元で囁いた。
奏は真っ赤になって梨衣を睨めつける。
「私とカナ、親友。でも私、諦めないから」
にへ、と笑った梨衣の笑顔はまだまだ泣きそうだった。でも、だからこそ、奏も笑顔をつくった。
私たちは我儘だ。でも、私たちは親友だ。やりたいことをお互いやっていけばいい。それを許しあえるの が私たち、奏と梨衣なのだから。
2人は哀しそうに、けれども幸せそうに笑っていた。
はじめまして❕oshaです。
私の作品を読んでくださり、ありがとうございます。
初めての投稿、メチャメチャ緊張しましたが同時に、すごくワクワクしました。楽しかったです。
拙い部分もたくさんあると思いますが、これからもっともっと面白い作品を皆様にお届け出来たらと思っています。良かったらお気に入りの登録、お願いします❕
これからもどうぞ、よろしくお願いします‼️