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マリオネット

作者: さくらみち

 寝巻きのまま、マンションの屋上で柵の外に立っていた僕は、足を一歩ずつ踏み出す。淵にたどり着いた時点で、いつも先に進めない。下を見るとキラキラ街灯の光が輝いている。が、突然ぐにゃりと回りだす。捻りをあげ、影のようなモヤモヤした何かが僕に向かってくる。逃げようと一歩足を後ろに動かすが、一瞬でそれは僕の体を貫いていった。

 

 ピピピピピピピピ

 

 気づいたら、僕はベッドの上で携帯のアラームを消していた。と、同時に僕は目を疑った。


 天井に黒い何かがいたのだ。それはシミではなく、確かに黒く渦巻いて、そして中央部分には不気味に笑ったような顔をしているようにもみえる。どこかで見たような顔にもみえるがわからない。そして僕の右手と左手、頭に黒い渦のようなものでそいつから巻きつけられている。なんなんだ。あまりのことに声を上げられない。いや、声がなぜか出ない。右腕が上がる。僕の意思じゃない。


 そのまま手が勝手に制服に着替えさせて、歩き出した。部屋のドアを開けて、リビングへと。母親が驚いて僕をみる。


「今日は学校へ行く気になったの?」

 僕の顔はにこやかに動いていく。口が勝手に動く。

「うん。今日から不登校はやめようと思うんだ」

 いやだ。行きたくない。だけど体が勝手に動く。まるでマリオネットのように。

 

 *

 

 窓のカーテンがふわりと舞う。日差しが教室を照らし、僕はたった一人携帯を弄る。あぁ、恥ずかしい。死にたい。周りの笑い声が全部僕を笑っているように聞こえる。声をかけてくれる人はいた。だけど、僕は人と話すのが苦手で次第に離れていって、一人になってしまった。段々と、学校へ行く回数が減って、僕は不登校になった。はずだったのに。


「おはよう」


 僕は微笑んで過去に声をかけてくれたクラスメイトに声をかける。クラスメイトは驚いた顔をしているが、笑顔に変わって

「おはよう!久しぶりじゃん」

 僕の背を叩いてくれた。雰囲気変わったねなど明るく返してくれる。それに対して僕は何か口を動かして明るく返事をしている。まるで別人だ。なんでこんな不登校な僕を受け入れてくれてるのか。表面にある笑顔の顔とは裏腹に僕は気味が悪くて、嫌な気分になってきた。無理やり机に座らせられる。カバンに突っ伏したいのに、そうはさせてくれず、僕は口に笑みを浮かべている。


「全員が久々に揃った日だな。よろしくな柏木」


 先生が教卓の前で穏やかに僕に向かって言い、授業を始める。やめてくれ。目立たせるのはやめてくれ。視線が感じられて、この場からどうにかして逃げ出したくて、僕はなんとか目を上に動かした。黒いモヤモヤは笑っているようにみえる。意志があるなら、なぜこうするのか言ってほしい。


 コツっと肩になにかがぶつかる。後ろを振りかえると、数人がくすくす笑っている。体が飛んできた紙が広げられ、読むとお前なんできたんだよと書いてある。ほらやっぱりあの笑顔は裏があった。みんな僕を嘲笑ってたんだ。


 昔からそうだった。僕は人と上手くいかない。お前アスペ?? そう言われて何度笑われたことか。僕は人の正解を探して、上手く言葉が出てこなくていつもどもる。なぁ、お前生きてて楽しい? こうも言われた。そして毎回体育は毎回ぼっち。声かけても、あいつ、つまらねぇんだよなぁ。文化祭も体育祭も、全部全部学校なんていいことなんてひとつもない。全部全部一人でいた方がマシだ。僕は目を瞑った。正確には瞑ることができない。勝手に体が動くから。だけど、僕はそこから逃げ出したいと強く願った。


 すると体はそこにあるけれど、僕はそこから飛び出した。目の前に操られた体がそこにあった。僕は自分の手を見る。手を動かせる。ただ自分の体には触れられない。霊体のように出てきた僕の姿は周りに感知されていないようだ。


 操られた僕の体は、楽しそうに人と話している。でも不思議とこの感覚は初めてじゃない。なんでだろう。この感覚はなんだったろう。でもそんなことはもうどうでもいい。僕の体は完全にその黒いものに乗っ取られ、本体の僕は幽霊のようにただただそれを見続けていた。

 

 *

 

 最近学校はどう?


「順調だよ」


 笑顔の僕に笑顔の母を僕が隣で見る。笑顔の僕の方には体は黒いモヤモヤが操っている。もう何日か経つ。僕はずっとそいつの行動を見続けているが、そいつは僕にとって理想的な行動をしていた。紙を投げて嘲笑ってきたやつにも気にせず、明るく他の話してきた人と話したり、家では家事手伝い、僕が引きこもってできてこなかったことを卒なくこなしていった。母はシングルマザーだ。僕が小さい頃に離婚して女手一つで育ててくれている。思い返せば、苦労させてばかりだったなぁ。小さい頃から人付き合いが苦手な僕は、母を心配させてばかりいた。今の操られてる僕といる方が幸せなのかな。そんなことを思うようになってきた。


 操られた僕が外へ出ていく。僕はもう追いかけず、引きこもることにした。僕のこの体は霊体のようなのに、物に触れられ、触ることができる。自分の部屋に戻って、僕はベッドの上に飛び込んだ。引きこもり生活をまた始めようとした。だけど、


「僕はいらないんじゃない?」


 僕は、マンションの屋上へ向かうことにした。

 ザーッと風が吹く。柵の外で僕は風に靡かれて、下をみる。まだ明るい。人通りもある。


 少しずつ少しずつ、下を見ながら踏み出していく。自然と涙が出てきていた。なんでこうだったんだろう。なんでなんで、僕は動けなかったんだろう。そう思いながら僕は飛び降りた。

 

 窓のカーテンがふわりと舞う。日差しが教室を照らし、僕は机に一人携帯を弄る。そして僕はずっと想像していた。後ろにもう一人の僕を置くように、どんな人物になりたいかずっと考えていた。思ったんだ。もし自分の体が勝手に動いて、勝手にできたとしたら、自分は明るくなりたいって。でもそんな勇気はなかった。ただただ想像した。なりたい自分を。


 飛び降りてる最中、思い出していた。自分がずっと想像していたことを。なりたかった自分を。引きこもって忘れていた自分を。あの影はもしかして僕が作ってきた幻想が動いていたのだろうか。そんなことを思いながら、そのまま僕は頭から落ちた衝撃で意識を失った。

 

 *

 

「柏木!」


 椅子に座りながら穏やかに男子学生声をかけてくる。あぁ確かこの人は僕に声をよくかけてきた人だ。ここは僕のクラスだ。


「急に固まってどうしたんだよ」


 周囲を見渡すと、もう黒い影はない。操られていない。口がどもりそうになる。


「なぁどうした」

「なんでもないよ」


 自然と笑いながら言葉が出た。普通に話せる。


「俺さずっと話したかったんだよ」

「え……」

「なぁ、ずっと携帯でゲームやってただろ。何やってたんだ?」

 僕は、黒い影がやっていたことをなぞるように、口を笑顔に、話しだす。あぁ、やろうと思えばできるんだ。なりたいと思えばなれるんだ。なぞればできる。出てきそうになる涙を堪えた。自分がただ諦めていただけなんだ。


「このゲーム空飛べるんだ。主人公なんでもできるな。ゲームみたいになりてえ」


 僕は笑いながら、相槌を打った。


 

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