001 義賊
とある大国のとある場所
人々が寝静まるそんな真夜中のこと
一人の男が大きな屋敷から出てきた
長い髪を後ろで縛り
中肉中背、細身だが無駄な肉は無く、その体は筋肉で引き締まっている
「ま、こんな所か」
男の肩には大きな袋が掲げられており、ジャラジャラと金属音を鳴らしている
袋の中には大量の貴金属が押し込められていた
それはたった今、男が屋敷から拝借してきたばかりの物だ
男が屋敷の玄関から堂々と帰ろうとしたその時
屋敷の周囲が一斉に明るくなり、よく通る女性の声が辺りに響いた
「そこまでよ!観念しなさいゴエモン!」
屋敷の周囲を灯りを手にした大勢の人間が取り囲む
その中心にはまだ若い、幼いと言ってもいいほどの少女が立っていた
「何処にも逃げ場はないわよ!今日こそお縄についてもらうわ!」
「こんな夜中までご苦労なこった」
「誰のせいよ!?誰の!!」
「別に頼んでないぞ?」
「そういう問題じゃないでしょ!」
ゴエモンと呼ばれた男は、周囲を完全に包囲されたというのにも関わらず焦ることもなく
飄々とした様子で少女と会話をする
「さぁ・・・いくらあんたでもこの人数からは逃げられないでしょ?」
「こいつ等皆が“三本腕”ならそうかもしれないけどな」
「ぐっ・・・」
ゴエモンが口にした『三本腕』というものは
この世界で数万人に一人が持つといわれる異能の力
普通人間にはあるはずのない三本目の腕
それは神が与えた特別な力か
それとも悪魔が与えた仮初の力か
三本目の腕を持つ者はそれぞれ違った異能の力を有している
ゴエモンも三本目の腕を持つ者で
その力は・・・
「やってみなければ分からないでしょ!?総員、ゴエモンを確保しなさい!」
「「「おおおおお!!!」」」
ゴエモンを取り囲む者は指揮を執る少女以外が全て屈強な男達
そんな男達が百に近い数揃っていて
一斉にゴエモンを捕らえようと襲い掛かる
眼前に迫る軍勢から逃げようともせずその場に立ち尽くすゴエモン
あっという間にゴエモンは取り囲まれ
虫の死骸に群がる蟻のように軍勢はゴエモンへと覆いかぶさった
「こ、これだけの数からは流石に逃げられないわよね?」
その様子を固唾を飲んで見守る少女
次の瞬間
「「「うわあああ!!!」」」
ゴエモンに覆いかぶさっていた男達が一斉に飛び散った
「んなあっ!?」
「この程度の数じゃ俺を捕まえることなんてできないぜ?」
「嘘でしょ・・・」
もみくちゃにされたことで衣服や髪が乱れてはいるが
傷一つなく涼しい顔をしている
だが先ほどと明らかに違う点が一つ
ゴエモンの背中から一本の半透明な太い腕が生えているというところ
「俺を取り押さえたければ象を10匹は用意しておけよ」
「んなのできるわけないでしょ!」
ゴエモンの持つ三本目の腕の能力
『剛力』
その力は人間が何十人束になったところで力負けすることは無く
軽く腕を振るうだけで男達を払いのけることができる程だった
「こんな雑魚がいくら束になったって俺を捕まえる事はできねえよ」
「だったら・・・雑魚じゃなければいいってことよね?」
「・・・・そうだな。こいつ等を何百人相手にするより、嬢ちゃん一人の方が厄介だ」
「“嬢ちゃん”って言わないで!」
激昂する少女は言葉と同時に
ゴエモンと同じように背中から腕を伸ばした
少女もまた三本腕の一人
異能の力を持つ者だ
「おっと」
ゴエモンを少女の第三の腕が襲う
だが少女はその場を動いていない
少女の第三の腕は、力は無いがかなりの距離まで腕を伸ばすことができる異能だった
「遅い遅い」
「待ちなさい!」
ようやくその場から逃げるゴエモン
そしてそれを懸命に腕を伸ばしながら追いかける少女
「あ!さっきので袋に穴が開いちまったじゃないか!?」
「知るか!」
ゴエモンの持つ袋には先ほどもみくちゃにされたときの衝撃で小さな穴が開いていた
そこからぽろぽろと宝石が零れ落ちている
「あ~・・もったいねえ」
「余裕ぶっていられるのも今のうちよ!」
少女の第三の腕は自在に動き
ゴエモンを的確に追い詰めていた
(誘導されてる?)
そう考えるゴエモン
確かに少女の動きは何処か不自然で
何処かへ導こうとしているようだった
(ここはあえて乗ってやるか)
少女の動きに合わせるように逃げるゴエモン
建物の屋根を軽々と飛び移り
灯りも無い真夜中に二つの影が目まぐるしく移動する
二つの影が通り過ぎた後には、穴の開いた袋から零れ落ちた宝石が降り注ぎ黄金の雨が降った
「おっと・・・」
「はあはあ・・・かかったわね、もう逃げ場は無いわよ!」
行きついた先はかなり高い建物の屋根
いくら軽々と屋根の上を飛び回るゴエモンでも落ちたらひとたまりもないだろう
「ふ~ん・・・」
「な、なによ?」
「これが作戦?」
「そ、そうよ!悪い!?逃げ場は無いわよ!」
「ふむ・・・宝石も全部落としちまったし、もう帰るか」
「この状況で帰れると思ってるの?」
確かに少女の言う通りゴエモンの背後には足場は無く
落ちればひとたまりもない高さ
そして正面には異能の力を持つ少女
普通なら逃げ場は無い状況だった
「俺もなめられたもんだ・・・」
ふらっと後ずさりすると
ゴエモンは建物から飛び降りた
「ちょ、ちょっと!?」
「じゃあな」
「な~んて、そう来ると思ったわ!」
「お?」
飛び降りたゴエモンへと第三の腕を伸ばす少女
その腕はロープのように伸び、ゴエモンを見事捕縛した
ゴエモンは宙ぶらりんになっている
「そう来ると思ったのよ!いくらすばしっこいあんたでも空中では方向転換できないでしょ!」
「おお」
ゴエモンを捕縛したことで少女は興奮している
「や、やったわ!本当に捕まえちゃった!ど、どうしよう?」
「いやぁ、少しだけ見直したよ。しつこいだけはあるは」
「“しつこい”って言うな!私が負けず嫌いなのはあの“三日間”で知ってるでしょ?」
「そうだったな・・・」
「どうしましょ?本当にゴエモンを捕まえちゃった!?」
「おい、嬢ちゃん」
「だから『嬢ちゃん』って呼ばないで!いい加減『ゼニア』って名前で呼びなさいよ!」
「あの三日間の最後の日、俺は言ったよな?」
「な、何をよ?」
「第三の腕は両の手と同じ“自分の手”だって」
「だからそれがなんだって言うのよ!?」
「自分が“掴んでいる物”くらいわかるようになっとけ」
「へ?」
言葉を言い終えると同時にゴエモンはゼニアの異能の手からするりと抜け出し下へと落ちて行った
「は、はあぁっ!!??」
「じゃあな」
「な、なんで!?」
ゴエモンはゼニアの第三の腕に掴まれる瞬間、自分の第三の腕を発現し
自分をくるむように腕を回していた
三本腕と呼ばれる人間はいつも第三の腕を出している訳ではない、自由に出したり消したりすることができる
ゴエモンは自分の第三の腕の上からゼニアの腕に掴まれていたので
ゴエモンが自分の第三の腕を消すとその間に隙間が生まれる
なので初めからゴエモンは、自分の第三の腕を消すだけでするりと抜け出すことができる状況だった
「よっと」
そしてゴエモンの第三の腕の能力は『剛力』
多少の高さから落ちたところで、第三の腕で着地すればなんてことはない
「宝石は全部なくなっちまったけど、まぁいいか」
穴の開いた空っぽの袋をその辺に投げ捨て
ゴエモンは闇夜に消えて行く
「く、くやじぃ~~~~~!!!!」
そしてゼニアの悲痛な雄叫びが静かな夜に虚しく木霊した