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No,3

3話目になります。今回も拙い文章ですが、最後までお付き合いよろしくお願いします。

 7日は盗品で生にしがみついている僕にとっては早いもので、正直あっという間に過ぎ去った。当日になるとご丁寧に犯行に使う刃渡り20cmほどのナイフと、拘束用のスタンガンが置いてあった。動きを止めてから確実に殺せ、というだろう。なにせ、殺人は初めての経験であるし、殺しきれなかった場合被害が出るのは国なのだからそこは手厚い。行動を開始するにはまだ早すぎる時間なので、もうひと眠りして高鳴る心臓を落ち着かせた。スラムから、ネルスに向かうのは指令によると送迎用の車が出るという。この男を消すために国はとことん金をだすようだ。車の中には着方も分からない綺麗なタキシードが入っていた。サイズも完璧でこんなに綺麗な恰好をしたことなんてなかったから少し嬉しさを覚えた。髪型も整えると、外面だけではどこかの富豪の息子のようにも見える。猫背なところだけ気を付ければよさそうだ。いい親に生まれたならば、こうなれたのかもしれないという絶対に叶わない純粋な気持ちに蓋をして反射する窓から視線を外した。ネルスが近づくと、この綺麗すぎる格好が当たり前として溶け込んだ。住民すべてがいいところ育ちの金持ちだと、すぐに分かる。僕は見たことのない景色だらけで、ここに来た目的を忘れそうになりながら好奇心から目を光らせていた。どれほど前世で得を積めば、こんな生活ができるのだろうか。そんなことを考えていると目的地に着いたようだった。「目的を忘れるな。」無言を貫いていた運転手の男により吐き捨てられたその言葉で、若干浮いていた気持ちが地面に叩きつけられた気がした。あとは指令通りに屋敷へ続く地下道を抜けて仕事をしている男をスタンガンで動きを止め、刺すだけだ。男を守るはずのボディーガードは国によって静かに退席するようになっているから、何も怖がるものはない。何度も頭の中で男を殺した。あと1回同じことを現実でやればいいだけだ。それで手に余るほどの金が手に入る。口角が自然と上がってしまいそうだった。


 スキップのように軽やかな足取りで堂々と歩く。周りにいる人は誰もこの男がこれから人間を殺すなんて思ってもないだろう。セキュルティーががばがばになった男の屋敷に問題なく入ると、それはそれは豪華な庭園が広がっていた。真っ白なバラや、ピンクのダリアといった淡い色合いの花々が綺麗に育てられており如何にも、金持ちであると嫌でも分からせてくる景色と匂いに気分が悪くなった。美しい花に囲まれると尚更自分が汚らわしく思えてきて、何の罪のないバラの茎を1本だけへし折ってやった。気分はそれでも晴れず、少しだけ重い足取りになりながら男の仕事部屋へ向かおうと思った。が、淡い色合いで統一された庭園には少し違和感になる《赤》が視界に入った。

「なんであそこだけ。」

 率直に疑問に感じ、少しくらい寄り道してもやることをやれば許されると思い、視界にとらえた赤に向かって歩き出した。ずばりそれは咲き乱れた彼岸花であった。言葉の綾ではない“乱れた”彼岸花はその一角だけに咲いていた。庭師の怠惰だとしても許されないような違和感の中に、今度は黄色の布が見えた。僕は完全に油断していた。だって、ボディーガードは全て撤退しており犯行の妨げになるものは、本人の抵抗くらいだと思っていたからだ。そこにある黄色の布がふわっと動き出し、僕に向かって青色の瞳からの視線がまっすぐ伸びてきた。


「お兄さん、誰?」


 僕はしくじったと思った。全身の血液が引いていくのを感じて、右手は腰にあるナイフの柄を強く握りしめた。見られた、殺さなきゃ。失敗する?そしたら、自分が消される。でも、相手は子供だ。子供を殺す?何のために?いろいろな思考がよぎって、判断が遅れた。口を開いたのは青い瞳の少女だった。

「大丈夫ですか?」

 その言葉は、僕に対する純粋無垢な優しさだった。その優しさに触れてしまった僕は右手の力が抜けてしまった。この少女の顔は指令書に丁寧に書いてあった家族欄に見覚えがあったのだ。この子の父親が今から殺す男だ。まだ、何をしに来たかばれてはいないからこの子を外に逃がしても問題ないだろう。せめて子供だけでもと、そう自己解決した僕は、慌てて取り繕った笑顔でできるだけ優しく嘘を吐いた。

「僕はお仕事で来ているんだ。君のお父さんと大事な話をするから、君は街へ遊びに行くといいよ。」

 でも、少女は彼岸花に囲まれたまま動かなかった。

「遊びに行きたいけど、私だけじゃ行けないの。ここでお花と会話することしかやることがないのよ。」

 そう悲しそうに微笑みながら教えてくれた。彼女の足は確かに存在しているが、この年齢の少女にしては細く、彼岸花の奥には車椅子が一つ置いてあった。この乱雑な花の正体は、この少女が自分で動けないながらに植えて育てた大事なものだった。庭園の違和感の答えがわかったところで、僕の方の問題は何一つ解決せず、厄介な方に傾いてしまった。この少女は動けない、でも僕はおそらくこの子の親を殺さなくてはいけない。思い出したくない記憶が蘇ってきた。目の前で殴り殺された老夫婦だ。今から僕はその時二人を殺した命売りと同じことをする。この子から親を奪い、それを見せつけてしまうかもしれない。老夫婦が殺されてから、僕は命売りに老夫婦のためになった。そして、こんな自分を気にかけてくれたこの少女に同じ道を歩ませるかもしれない。そんなことしてもいいのか。金に目がくらみ切って、私利私欲のため生きてきた自分が急に恥ずかしく、惨めになった。僕はこんな道しか残してくれなかった誰かを恨んで、誰を恨めばいいのか考えて生きてきた。でも、出会えた僕を唯一愛してくれた二人を忘れてはいけない、そのために生きてきたはずなのに。1年間命売りとして生きた自分はそれを無碍にしてしまった。僕の頬に似合わない涙が流れ落ちてきた。少女は泣いている僕に気が付いたのか、少し慌てながらぽっけに入っていた綺麗なハンカチを差し出してくれた。久しぶりに感じた人の暖かさ、優しさは、荒み切っていた僕にとっては大きすぎるものだった。

「ありがとう。」

 取り繕わない自然な笑みで少女のハンカチを受け取った。完全に諭されて毒の抜けてしまった僕は、しばらく少女との会話を楽しんだ。いろいろな花があること。いつもどうすごしているのか。何が好きなのか。どこにでもある、ありきたりな会話だが全て新鮮に感じた。彼女は花が大好きで、毎日外に行けない代わりに一角だけ自由に使うことを許されたここに自分の好きな花を植えて会話しているそうだ。彼岸花の花言葉は「悲しい思い出」であり、亡くなった母親へ向けた花らしい。母親を亡くし、父親は仕事ばかりで寂しい思いをしていることも知った。彼女は僕とは違えど、孤独なのだと思った。それでも国によって消されることが確定した彼女の父親は僕が見逃したところで、別の命売りによって殺されるのが落ちだろう。そう分かっていたけど、この少女は僕が見逃せば救える可能性がある。僕は確実に消されるだろうが、その前に僕が忘れたくない老夫婦の記憶をこの子に託そうと考えた。この子には関係のない僕の背負った重りだが、幼いながらにこの優しさをもつのだから、きっと受け入れて生きてくれる。そう直感で感じたのだ。

「僕には大事な両親がいるんだ。その二人は本当の親ではないけど、こんな僕を初めて愛してくれた大事な人達なんだ。それでね、、、」

 少女は僕の話をずっと真剣に聞いてくれた。そして、静かに涙を流してくれた。

「どうして、あなたはこれを私に話してくれたの?」

 僕にはもうこの人たちのことを思う時間がないと伝えると、至極真っ当な質問が返ってきた。

「僕はもう少しで君のお母さんのところに行かないといけないんだ。だから、この二人がちゃんと生きていたことを残したくても、僕にはもうできないんだ。」

 とても残酷で苦しい内容のことを話してしまったが、彼女は言葉一つ一つを大事に受け入れようとしてくれているようだった。

「お兄さんはどこか悪いの?どうして、もう生きられないの?」

「僕は体は元気だけど、今まで悪いことをたくさんしてしまったから罰を受けなきゃいけないんだ。でも、最後に踏みとどまらせてくれたのは君のおかげなんだよ。本当にありがとう。」

 頭に多くのハテナを浮かべる少女に対して続けざまにこういった。

「そして、助けられなくてごめん。どんなに苦しくても、優しい君なら絶対に大丈夫。」

 何の確証もないありきたりで、押し付けのような慰めの言葉しか出なかった。彼女は間違いなく孤独になる。もしかしたら、彼女自身の命も失ってしまうかもしれない。それの方が幸せなのかもしれない。でも、彼女には死んでほしくない。ただただ、僕の最期の最悪な偽善である。

「だいぶ話しちゃったね。少し外にお散歩に行かない?そうだ、海を見に行こう。すごく綺麗だよ。」

 急なお誘いに困惑していた少女だったが、海の言葉を聞いて目をわかりやすく輝かせた。

「私、ずっと海を見てみたかったの!たっくさんのお水があるって絵本で見たのよ!」

「そうだよ、海にはいっぱい水があってお日様が光ってきらきらしているんだ。僕が車椅子を押すから、見に行こうか。」

「少しだけだものね、お父様にも内緒よ!」

お父さんを意味する言葉にチクリと胸の奥が痛むが、表情は変えずに器用に車椅子に乗る少女を眺めた。


読んでいただいてありがとうございます。次回は翌日17時に投稿予定です。

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