第4話「幼馴染は、罰ゲームを行使する」
──そういえば、と僕は先程のやり取りが解決していないのを思い出した。
流れを断ち切った張本人かもしれないが、同時に事情を知るべき張本人でもある。
それは、文芸部にやって来た直後──普段でもわかりやすい態度の一之瀬が、今回に限ってはもっとわかりやすいぐらいに『不機嫌』だったことだ。何かあったんだろうか。
……とりあえず話を聞いてみようと、僕は一之瀬に声をかける。
「……なぁ、訊いてもいいか?」
「ひゃ、ひゃい──っ!?」
ひゃい……??
「……お前さ。ここ入ってきたとき、かなり不機嫌そうだっただろ。だから、何かあったのかなと思って。教室で嫌な目にでもあったとか……」
「……気になるの?」
「まぁ、何となく。普通気にならないか? 幼馴染のことなんだし」
「そっか……。そっかー……」
「な、何だよ……」
「ねぇ。そんなに気になるなら、教えてあげようか?」
その譲歩には助かった。
正直、曖昧な回答を繰り返されてもこいつの全てを理解出来るわけじゃないし。
「是非ともご教授願えるか?」
「いいけど……まさか、タダで教えて貰えると思ってないよね?」
「……やっぱ切り上げていいか?」
「自ら乗りかかった船なんだから、ちゃーんと付き合ってもらうからね!」
「……嫌な予感」
「有無は言わせないよ。──じゃあ、何でか当ててみてご覧?」
パチン、とウィンクをする一之瀬。
そして出たよ。当てなきゃいけない女子からの『逆に何でだと思う?』という質問。正答率が非常に悪いこの質問だが、当然“根暗ぼっち”である僕に当てられるはずもない。
リア充や陽キャなど、陽の下で堂々と歩ける人間でさえ困難かもしれない質問だというのに……これの解答権を握っているのは、出した張本人──つまり今回で云えば、一之瀬だ。
ただでさえ謎の行動が多い一之瀬のこの質問……普段から仲良くしている陽キャ組にも解けるのか、まさしく難題だ。難易度はSクラス以上だぞ。絶対出来ないやつ……!
「……ちなみにだが、その質問の解答に僕が関わっている可能性は?」
「あるわね」
マジですか……。そうなると、自分の記憶を遡るしか手段無いんですが?
だが、思い当たる節はどこにもない。
僕が一体あの面倒くさい幼馴染に何をした? ……解く以前に、益々疑問が募っていくばかりだ。
すると、そんな思考を遮る形でパンパン、と手を叩く音が響く。
「──はい、タイムアーップ!」
「タイムアップって……いつから計ってたんだよ」
「最初からに決まってるじゃない。制限時間以内に解くのは、クイズ方式としては当然のことでしょう?」
一応、貴女の中では“あった”ルールらしいですけど。
そんなルール、僕の中では“無かった”ルールのはずなんですけどね。
意義を申し立てようとするところへ、一之瀬は「さて」と付け加え、身体ごと椅子を僕の方へと向ける。
今――僕と一之瀬は、お互いに向き合っている状態である。
……えぇっと。これは一体、どういう状況?
「問題に正解出来なかったハル君に、私から1つ要求したいことがあります!」
「それも聞いてません」
「はい、言ってません!」
「開き直るな! 勝負するんだったら、そういうのは事前に言ってくれよ」
「嫌よ。言ったら面白みが無くなるじゃない!」
僕としては言ってくれた方が助かるんだけど。そんなバライティー番組みたいなオチはいらない。
そして今度は、一之瀬が自分のお弁当を「はい!」と言って、僕へ差し出した。
えっ……? これをどうしろと?
僕の疑問を無視するように、彼女が次に差し出してきたのは箸だった。
それも、一之瀬が普段から使用しているやつだ。今日はまだ手つかずなためにまだ未使用ではあるようだが。……更に謎が増えた。
「では、そのお弁当を私に食べさせてください!」
「……幼稚園児か、お前は」
「もっと違う反応してよ! ほら、自分で食べろとか。それぐらい自分でやれー、……とかさ?」
なるほど。つまり君は僕に罵られたいわけね。ならお望み通りに罵ってやろうか?
「違うわよ! ……ねぇ、いいでしょ?」
先程までの専制君主並みな横暴さは消え失せ、全く違うオーラを身に纏うクラスカースト上位者──一之瀬渚。
どれだけこんなとこに真剣になっているのか……僕からしてみれば、幼稚園児以下の言動に見えてしまう。……のだが、
……何故だろうか。妙に逆らいにくい。
この上目遣いがいけないのか? それとも、これが幼馴染の力なのだろうか?
──どちらにせよ、これがトップカーストの力なのだと、少しだけ恨めしく思った。
「……わかったよ。どれから食べたいんだ?」
「ほ、本当……? 本当にいいの!?」
「自分から言っておいて止めるのか。それならそれで僕は読書に戻るだけだが──」
「も、戻っちゃダメ!! ……た、食べさせて、ください」
最早どちらが勝者なのか。立場が逆転してしまっているこの状況に僕は肩を竦めた。
潤んだ瞳が「お願いします……」と、訴えてきているかのように見える。
うん。普通の男子だったらこれでイチコロに出来るだろうな。間違いない、こいつは僕が思っている以上に恐ろしい存在だ。
ただし──僕だけは違う。
彼女をそういった目で見たことはないし、寧ろこれからも変わらないだろう。
どれだけ男子達がコロッと態度を変えようとも、僕はきっと、これからも変わらないから彼女も僕に気を許すのだろう。……他人を信用していないからこそ。
今の一之瀬を見ていると本気でそう思った。
……ったく、本当に面倒くさい幼馴染を持ったものだ。