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隣のキミと過ごす、本当の恋人までの一年間。  作者: 四乃森ゆいな
第一章(前期)
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第32話「僕は、幼馴染に寂しさを覚える」

「ま、オレから忠告出来るのは1つ。あんま教室内でイチャつかない方がいいぞ。じゃなきゃ、一瞬で餌食だろうしな」


「んなことしてねぇって……」


「今はそうでも、近いうちにそうなるかもしんねぇだろ? 念のためだ、念のため」


「……そういうことなら」


 聞き入れていいのか些か疑問ではあるが、確かに『未来』の話なんて誰も知らない。


 たった1秒先でも、未来は未来。


 過去に起こったこととは逆に、事前に対処すれば反映されるのが未来――なら、今の透の言っていたこともいい薬になったかもしれない。……訪れるかは別として。


「特に一之瀬! お前はすーぐ顔に出んだから細心(さいしん)の注意を払え!」


「な、何で私だけなのよ!」


「お前だけってわけじゃないだろ。現にさっきも晴に忠告したし。それにだ。お前の場合、表情を見たら『嘘』か『事実』かの判別がしやすい。そんなんじゃ、晴が何もしなくてもバレるぞ?」


「し……しないわよっ!!」


 渚は制服の裾をぎゅっと掴みながら必死に反撃する。

 しかしそんなのは所詮空元気――今も透に少し忠告されただけで耳朶が真っ赤に腫れ上がっている。あそこまでの過剰反応はさすがに想定外だ。


 本人は上手く隠すつもりらしい。

 けれどあれは、頭も隠していなければ尻も隠していない。電柱の影に隠れた犬よりも頭が悪い。


「うーーん。これは、特訓が必要かねぇ」


「特訓?」


「そ。一之瀬の感情が、簡単に表に出ないための特訓。ま、そのためには、一之瀬の唯一の対象である晴が必要不可欠なわけだが――」


「僕を巻き込むな」


 第一、その特訓とやらで一之瀬のこの過剰反応を抑えられる気がしない。

 人からおちょくられた行為であったとしても、相手がどんなにイケメンで、スタイルが良かったとしても、僕以外では何の変化も起こらない。


 まぁ言わば、それが透の言う“一之瀬の過剰反応”というやつなのだろう。


 きっとそうした反応が起こるのは、僕が一之瀬の『好きな人』だから。でも、そんな過剰反応になるほどのことを僕はした覚えがない。

 ……本当、この幼馴染は謎だらけだ。


「えぇ~? 晴、お前はバレてもいいってのか?」


「んなわけないだろ。でも――今は何もしなくていい。何か起こってから、考えればいいって思うし」


「……晴斗」


「はぁ……。ってか、その前にまず昼飯食べたら? モタモタしてると、また前みたいに時間ギリギリになるぞ」


「えっ……あっ!」


 1つのことにしか神経集中出来ないのかこいつは。

 今の反応を見るに、完全に忘れてたな。

 ……過剰反応と聞いて少しだけ優越感を感じたけど、悔しいから黙っておこう。


 昔、それもまだ小さかった頃――僕も一時期だけ、()()()()()()()()()()。……なんて。あの事件を境に捨てた感情が、ちょっとだけ甦ったことなんて。


「ごちそうさまでした!」


 物思いに耽っていると、いつの間にか渚がお弁当を食べ終えていた。

 時刻は1時と15分ほど。前ほど時間は食わなかったらしく、僕が注意してからそこまで時間は経っていなかった。


「何か早く終わっちゃった」


「やっぱ1人で食べた方が効率いいって。前より全然早いし」


「そういうことじゃないの! 時間がかかるかからないじゃなくて、どんな形で味わうかっていうのが一番の決めどこなの! わかる?」


「…………理解不能」


 機械読みで返答する僕。もうね、こいつの思考回路に頭が追いつかないのだ。


「本っ当、恋愛の『れ』の字も知らないんだから」


「悪かったな」


 浮かれている渚には、昔と変わらず手が付けれられない……。少しは大人になってくれ。

 そんな僕達のやり取りを見守っていた透は、くすっと吹いた。


「な、何だよ……」


「いやぁ~。あんだけ忠告したのに惚気るとはさすがだなぁ~と思って!」


「………………」


 前言撤回――渚だけじゃなく、ふざけるこいつも手に負えない。


 そう感じた僕は早速行動に移す。

 僕は透に鋭い眼光で睨みつける攻撃をすると、部室の鍵を片手に持ち、鞄を肩に下げてその場をわざと音を立てて立ち上がった。


「帰る」


 たった一言。

 2文字で片づく言葉だが、透にはその言葉の真意が『怒り』だと捉えられたらしく、


「ちょ、どこ行く気!? はっ……!! まさか、閉じ込める気か!?」


「そうして欲しいのが望みならそうしてやるぞ」


「撤回の言葉も無しですか!!」


「……ま、そんなことしても無駄だけどな。だって、内側から鍵開けられるし」


「あっ……――」


 バカだろ、こいつ。

 扉が外側からしか開かないとか、どんな学園ミステリーアニメだよ……。


 僕は急いで片づける2人を後目に先に部室を退出し、2人が部室から出たタイミングで鍵を閉める。


「じゃあ、鍵返してくるから」


「オッケー。そんじゃ、先に戻ってるな」


「私も先に行ってるね」


 いつもなら「着いて行く」と駄々をこねるはずの渚が、今回は大人しく引き下がった。


 僕達は昼休み、同じ部屋で、一緒にご飯は食べるけど……教室には、一緒に戻れない。

 それが当然で……いつものことなのに。


 ……何か、こうして背中を見ていると、妙に寂しく感じてしまった。


「……渚」


「え、なに?」


 ……あっ、しまった。つい心の中の声が漏れてしまった……。


 僕は慌てて口許を抑え「……何でもない」と返し、職員室の方へと歩を進めた。その間、後ろで渚が疑問符を浮かべていたことは想像に容易かった。


 ……バカなのは、僕の方だ。

 つい、じゃない。あれは、()()()()()


 隣にいるのが当然で……それを埋める時間が欲しかっただけなんだ。要するに僕は……鍵を返しに行くだけの時間でも、たった数分だけでも、隣にいてほしかっただけ。寂しかっただけなんだ。


 素直じゃないのは……僕の方だ。

 何が昔は好きだっただ。……今もの間違いじゃないか。


 とっくに認めているはずだった。渚が泊りに来た日に……あいつに対しての『好き』はたとえ幼馴染のものだとしても、特別なことに変わりはないのだと。


 ……けどこれは、本当にそれだけか?

 この虚無感は――この距離感は何だ?


「……好きな人と歩くのは楽しい、か」


 ふと、今朝の渚の台詞を思い出した。


 あいつが僕との時間を大事にしてくれているように……僕もあいつと過ごせる時間は、誰よりも貴重なのだ。面倒だけど、時々しつこいけど――それでも、関係を辞めないのは……そういうことじゃないのか。


 今のこの距離感は、とてももどかしい。

 だったら――幼馴染として関われた時間を、もっと増やすべきだ。お互いのためにも、我慢しない程度の距離感が、僕達には必要だ。


 あのときのことを、繰り返さないためにも――。

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