第2話「幼馴染は、ぼっちの僕が好きらしい」
「──私、ハル君のことが好きなの!」
高校に入学する前の春休み──突如『用事があるから』と家に上がり込んできた一之瀬が残した告白。その告白は何を隠そう、根暗ぼっちなこの僕のこと、凪宮晴斗に向けられたものだった。
……突然のことで頭が回らない。
一体どういうことだ? と、何度も頭の中を駆け巡る。
そんないきなりの告白に、僕は動揺を身ぶりから消すことが出来ずに、読んでいたラノベを栞を挟むことなく落としてしまった。
それほどまでに驚きの出来事だったのだ。
長年こいつと幼馴染という関係を続けてきた僕ですら予想していなかった出来事だぞ。誰がこんな結果を予想出来るというのだろうか?
告白されれば誰でも驚く。
自分はそういう目で見られていたのだと……相手の気持ちに自分の心情を上乗せしてしまう。
もちろん、僕もそうだ。断固否定出来ない、この動揺こそがそれを示す確かな証明だ。
そんな“学園一の美少女”から告げられた一世一代の大イベントを僕は……、
「お断りします……」
拒否した。以上だ。
いや……確かに嬉しいとか、もしかしたらとか、そんなことを考える不埒者もいるのだろうが、僕はそんな目をこいつに向けることは出来ないと判断した。
今まで一之瀬のことを特別意識したこともなかったし、ただの幼馴染だと思っていたから今更すぎるのだ。
告白をされ、それを受け入れたとしよう。──それがもたらす結果は『これからはずっと一緒にいるね!』的な意味だろう。だがそんなのは無意味だ。そんなの先程も言った通り、今更すぎるから。
……そんなの過去15年間、向けられ続けた言葉だから揺るぎもしない。
だから今は、僕に少しだけ……。
「……そっか。いきなり言われても、そりゃあ困っちゃうよね」
「まぁ、驚きはしたよ。……全然わかんなかったし」
「そりゃそうだよ。わからないようにしてきたんだもん。尾行してくる連中とか、見張ってる目があったから尚更ね」
驚きの発言がここにも現れた。
あの連中の動向を知っていたからこそ、中学校を卒業したこの時期に告白してきた……ということだったようだ。
「……本当にごめん。でも……だから、今回のことは──」
「無しにはしないよ!」
「……えっ?」
「当たり前じゃん! せっかく私の気持ち伝えたのに無かったことにーなんて、今更出来るとでも思ってるの?」
「そ、それは……」
恋というのをしたことが無いから、確信づいたことは言えない。
だが、向け続けたことから逸らすというのは、生半可な覚悟で出来るものではない。
元々興味が無かったのなら別だが……きっと一之瀬はそうじゃない。
だから、僕は肯定も否定も出来ない。
「なら! 私の気持ちはもうハル君には伝わったわけだし、これからは積極的にアピールさせてもらうからそのつもりでね!」
「……転校したい」
問答無用。有無を言わさずに結論を出すのはいつものこと。
それ故、僕に拒否権などは存在していなかった。
それから、この宣言通りに『日常生活』においての一之瀬の行動に変化が起きた。
休み時間ともなると、友達や他クラスの人達と話をしながらも僕にメッセージを送るという器用さを存分に発揮するようになった。ってか、下見ないでどうやって文字打ってんの?
僕が寝ようとすれば……『寝ないの!』的な威圧メッセージが。
僕が1人でどこかへ行こうとすれば……『どこに行くの?』的な脅迫じみたメッセージが。
みんなの信じる“学園一の美少女”の欠片もないような人物へと変貌するようになったのだ。
とはいえ、僕には彼女以外に話しかけられる人物はほぼいない。
根暗ぼっちという二つ名は伊達ではないのだ。
まぁ……ほぼ、というだけで、いることにはいる。だが、少々厄介な人物なためそいつのことは後々紹介することにしよう。
──さて、ここまであの女との関係・出来事etc.を語っていたわけだが、ここまで言って一つ疑問に思うことはないだろうか?
些細なことかもしれないが、僕にとっては気になることの1つ。
……別に、僕が1人でいることに対してのこととかではない。断じて!! ──関係ない。
『幼馴染』
この言葉を聞いて、どう思うだろうか?
幼い頃から一緒にいる仲良しこよしさんだとか。
互いを理解し合えることが出来る一心同体にさえなりそうだとか。
そんな非科学的なことではない。
思春期を迎える子どもにとっての、ありきたりな関係崩壊というやつだ。僕達にはそれがない。
たった1つのウマが合わないというだけで別れる形だけの恋人だったり。言葉だけの浅い友情関係であったり。
そんな崩壊を迎える絶対的条件の理が、僕達にないのだ。
高校生になっても幼馴染が幼馴染でいられる確率なんて、ほとんどゼロに近いパーセンテージだと僕は思うのに──なのに、僕達は今も幼馴染を続けている。
一切の崩壊もなく、喧嘩することもなく。
その理由は、既に察している人もいることだろう。
お互い、幼馴染でいることに嫌気が指さなかったわけじゃない。正式に言えば──嫌気が指したことがあるのは、僕だけだった。
そう……あの女は全くその気配がないのだ。今も昔も、一切変わることなく。
僕に向けてくる『恋愛感情』とやらが、それを指し示す何よりの証拠。
しかし──僕はそれを断った。
少なからず彼女は僕が断ったとき、明らかに動揺していた。
あの後も上手く笑っているように見えたけれど、実際内心はそうでもなかったはずだ。
相当堪えたはずなんだ。……だというのに、何故未だに現状は変わっていないのか。寧ろ断るよりも状況が進んでいるのはどうしてか。
おそらく、彼女なりに僕のことを口説こうとしているのだろう。
一度決めたら中々引かないのが一之瀬の良いところでもあり、悪いところでもある。
あの告白以来、僕に対する一之瀬の姿勢は明らかに変化した。
束縛には浅く、移入に近いもの──僕が一之瀬のことを『好き』になるように、以前より僕に甘くなりすぎているのだ。
大好き。
たった一言。それだけの言葉が、今の僕には突き刺さるほど向けられている。
元々幼馴染であったためか、僕への独占欲が強い一之瀬は、僕に他の女子が近づかないようにありとあらゆる手段を用いて自分の元へ引き寄せようとしている。
元よりそんなことしなくても、僕は1人でいる方が好きな人間だ。
その方が読書も睡眠も捗るし、僕には関係のないことなのだが、一之瀬はそれでも油断大敵といった形で僕を束縛し続けている。
けどきっと、僕は今も一之瀬に抱く感情は1つ──幼馴染としての好きだけ。
あいつの中にある僕への独占欲──それはきっと、僕が笑うところ、優しくするところ、その全てを自分だけに向けさせたいという気持ちからきているのだろう。
幼馴染。……変な関係性があるものだと思う。
互いが小さな、そして大きな独占欲を抱いてしまう歪な関係。
先程も言ったように形だけの関係なら、こんなにも長くは続いていない。きっと疎遠になっていた。
けれどそうならないのは……昼休みや放課後に、僕が入部している文芸部へと足を運んでは宿題をしたり読書をしたり、要求があったときには少しばかり聞いてやったりなど。いろんなことをしているからだ。もちろん、R指定以外で。
だがこれだけは言おう。
僕は彼女が好きというわけではない。敢えて言うなら、僕が思っているのはあくまでも人間として……幼馴染として、一之瀬が好きだということ。
僕と一之瀬の日常は、いつも吊り橋の上を渡っているようなもの。
否、石の上を歩くようなものだ。
そのため僕は日々、一之瀬渚の独占欲によって縛られている。一線を越えるか、超えないかの瀬戸際で――。