紅いからといって速いわけではない
「見えましたな」
ランデルの言葉に前を向いたまま頷く。
遮るものがない平原の先に、紅い鎧の騎馬を先頭とした集団が見えた。
ユールディンの奴らに『紅の騎士姫』とあだ名されたその鎧姿は遠目でも一目でわかるほど派手だ。
「総員、俺が指示するまで待機」
「了解しました。総員待機!」
早くボコりたくてウズウズしている団員達を落ち着かせる意味を込めて待機命令を出し、俺は一人で少し前に出て奴らを出迎える。
「そこの集団、止まれ!」
互いの顔が目視できる距離に近づいてから俺はあえて不審な奴らを相手にするかのような口調で声をかけた。
「デューク、久しぶりだな」
燃えるような紅い髪に、紅い毛で覆われた耳。
ラグラント建国王と同じ紅髪の獅子獣人。
髪に合わせるように剣や鎧、馬具からすべて紅で塗り尽くされた紅い姿は確かに名のある騎士に見えるが、人の倍速いわけでも強いわけでもないお転婆お姫様。
リグリエッタ姫は俺の口調を気にする事なく話しかけてきた。
「リグリエッタ姫様、お久しぶりです。早速ですが何故このような場所におられるのですか。貴女は王都の守護を任されていたはずでは?」
「何、貴公らだけでは手こずるだろうと助太刀に参ってやったのだ」
感謝しろよ、と言いたげな口調にイラッとするが、表には出さずに話を続ける。
「何を仰っているのですか。紅の騎士団は我ら第三騎士団がパムルゲンを抜かれ、国境を越えられた時のための守護だったはず。我々はユールディンに抜かれた等と報告はしておりませんぞ!」
「そもそも守護など戦に勝てば不要であろう?バラバラにユールディンとあたるより、一度にあたった方が有利なのは自明の理であろう」
「その作戦を、近衛騎士団長と宰相閣下は許可を出されたのですか?」
「近衛騎士団はあくまで王都防衛を主とした騎士団、我々は対等な立場であり近衛に許可を求める道理はない。宰相なぞ言わずもがな、あやつは政を司る役柄であり戦は裁量外よ」
そんなわけねーだろ何言ってんだこの脳筋が。
近衛と対等?んなわけあるか!近衛は騎士団筆頭で近衛騎士団長は武官のトップだぞ!
宰相が戦の裁量外?脳ミソわいてんのか!誰が行軍費用やらを用立ててくれると思ってんだよ!
「つまり、誰の許可も得ずに抜け出してきたと仰られるのか」
「誰の許可も得る必要もなく、堂々と出陣したのだ」
はい嘘。虚偽の情報を流して近衛の目をすり抜けてこそこそ抜け出してきたんだろーが。
「しかし、どちらにしろ助太刀は必要ありません。我々はユールディンとの和睦に成功しました。最早戦は起こりません」
「貴公、本気でユールディンが和睦を成したと思っておるのか!」
「はい。正式な調印を行いました」
「何も分かっておらんな。それこそ奴らの作戦よ、和睦を結んだと見せかけて奴らは引き揚げていく貴公らの背中を討つつもりだぞ!そんな事もわからんのか、これだから冒険者上がりの浅薄な輩は困る」
「………」
ふう、しまった。後少しで本気の殺意を出すとこだった。
「今回の和睦には豊穣の女神カウリエン様の仲裁があったのです。何とカウリエン様自ら降臨され、その奇跡の神業で戦場を浄化して傷ついた兵を癒し、我が国とユールディンの窮状を慮り、特別な麦までお与え下さったのです!女神様のご意志を無にするなどと不敬な事を考えるほどユールディンは馬鹿ではありません!」
「その報告は途中マリーから聞いている。貴様らは騙されているのだ!その女神もユールディンの用意した偽物よ、貴公らはまんまと騙されたのだ!武と真実の女神アレイナ様を崇拝している私にはわかる!」
やっぱりアレイナ様の名前を出してきたか。
でもアレイナ様は戦いの女神だが真実は司ってないはずなんだがな。
「我々は目の前で奇跡を見たのです!私自身、神託を受けました!どこの世界に戦場まるごと傷を癒せる者がおるのです?北の大陸にいる聖女ですら無理でしょう!麦は?何もない場所にいきなり麦を生やすなど女神様以外に出来ますまい!」
「傷は治癒の神官を百人でも揃えれば可能かもしれんぞ。麦など最初から蒔かれていたのであろうよ。地の魔法を使う者には植物の成長を促進させる術があるらしいではないか。タイミングを見計らってその術を行使したに違いあるまい」
治癒の神官が百人いても傷が治るわけないだろ。
治癒の神官は治癒力を高めて命を繋ぐのが仕事だ。傷の処置をする医者と常にセットなのもそのためだ。
そもそもそんな事治癒の女神メルナ様と医術の神ウォルト様が夫婦で崇められている神話の時代からの常識じゃねーか。
それに麦だって無理だ。
地の魔法使いが使う促進術は限定的だ。
陽の光が差さない洞窟で栽培する特殊な野菜に対してだけ有効な術であって、麦の成長なんか出来ないし、そもそも出来たとしたらユールディンは飢饉に陥ったりしないだろーが。
何でここまで自分達に都合の良い解釈が出来るんだろうかといつも疑問に思う。
「そんなわけないでしょうが。馬鹿も休み休み言ってください。何と言われようが戦は終わりました。和睦も正式な調印に女神様の祝福までされているのです。最早姫様方は必要ありません。大人しく王都にご帰還下さい」
「貴公!その口の聞き方はなんだ!無礼であろう!」
「姫様に向かって馬鹿とは何事か!」
リグリエッタ姫の後ろに控えていた奴らから批難の声が上がる。
「うるさい雑兵が。貴様等にとやかく言われる筋合いはねーよ」
「なんだと?!我らは貴様等と同じ騎士なのだぞ!いくら団長とはいえ雑兵などと無礼な」
「だまれ。貴様等が騎士?ふざけるな。貴様等みたいなごっこ遊びのお坊ちゃんお嬢ちゃんと俺達を一緒にするな!」
「無礼なのは貴公だ、デューク。彼らは王命により正式な騎士を拝命したのは分かっているだろう。国を護る騎士を雑兵扱いなど許される言葉ではない!」
リグリエッタ姫がしっぽの毛を逆立てながら怒声をあげた。
だが、こっちはそっち以上に腹を立ててんだよ!
「国を護る?お笑い草ですな!誰がこの戦争を始めたと思ってるんですか?貴女方ですよ脳筋馬鹿姫様とその不愉快なボンボンの取り巻きが!そんなあんたらが護るとか、なんて壮大なマッチポンプだよ」
俺の言葉に第三騎士団の皆が笑い声をあげながらそうだそうだーと合いの手を入れる。
「な、きっ貴様等誰に向かってそのような口をきいている!」
「姫様や我らにそのような口をきいてただですむと思っているのか?!」
「誰って、いい年して現実が見えていない馬鹿姫様とその下で甘い汁を吸おうとしか考えていない馬鹿ボン達にですが何か?ただですむと思っていますが何か?」
馬鹿ボンとか受けるー!と笑い声が絶えない我ら第三騎士団。
いやー皆の気持ち凄いよくわかるわー。
言った俺も超楽しいわー。
「貴様ら、同じ騎士に対してそのような敬意の欠片もない口をきくなど騎士の風上にもおけぬ奴らよ!騎士失格だ!」
はいでましたリグリエッタ姫お得意の『騎士の風上にもおけぬ』と『騎士失格だ』をダブルで頂きました。
そうやって散々俺達を詰ってくれたよなぁ。
だがそれも今日で最後だ。
第三騎士団の皆もそれが分かっているから、いつものでましたーと笑っている。
「な、貴様等何がそこまでおかしいのだ!」
取り巻きがキャンキャン喚くが、今の俺達にはそれすら笑いのタネだった。
「何がって、騎士でもない奴らに騎士の何たるかを説かれても、なあ?」
ですよねーと良い笑顔で同意する第三騎士団の皆。
「デューク、何度も言わせるな。我らは」
「王命によって、戦時特例で正式な騎士に任命された、でしょ。そんな事は分かりきってますよ。分かってないのはあんたらだ。そもそも戦時特例での任命とは『戦争中のみ』特例で騎士として任命されるって事だ。つまり和睦が成って戦が終わった瞬間からあんたらはとっくに騎士じゃなくなってんだよ!姫様とその私兵って扱いがせいぜいだ!」
「何だと!そのような話は聞いてないぞ!」
「戦時特例の任命時に詳細書もらったでしょ?あれにばっちり書いてあるはずだけど、もしかして読んでなかったのかなぁ?」
「ぐっ!」
まあ読まれないようにやたらと長々した分かりにくい文体で滅茶苦茶分厚い特製詳細書に仕立てあげたんだけどね!
宰相が法典官がすごい良い笑顔でノリノリで作っていたって言ってたし。
グッジョブ、法典官殿!
「だが、それでも私が彼らを率いればなんの問題もない!」
あるよ、問題ありまくりだよ。
相変わらず自分の都合の悪い事はスルーされる高性能なお耳をお持ちだな。
「はぁ~。人の話をちゃんと聞いてました?俺はあんたらって言いましたよねリグリエッタ姫様。貴女様も当然彼ら同様騎士ではなくなったんだよ!」
「ふざけた事をぬかすな!私が騎士に任命されたのは第三騎士団の」
「あのね、あんたは紅の騎士団の団長になるにあたって、第三騎士団を退団して、一度騎士を引退してんの。で、戦時特例で騎士団長として任命されたんだから戦争が終わればあんたはただの王女様に戻るに決まってるでしょう?王命なんだから。あ、これも詳細書には明記されてますんで」
「そのような戯れ言を信じると思うか!そもそも和睦なぞユールディンの策略なのだからまだ戦争は終わっていない!我々はまだ騎士だ!」
いやー信じてないなら戦争が終わってようが関係ないだろ?
混乱して自分の発言の矛盾さえ気づかないみたいだ。
まあ、わざとそういう考えにいたるよう誘導したんですがね。
「だーかーらー何度も言いますけど和睦は正式に調印されたんですって」
「うるさいうるさいうるさい!そうか、貴様らユールディンとグルなのだな!この売国奴どもめ!もう許さん!私自ら天誅を下してやる!皆、続けぇー!」
リグリエッタ姫のやけくそな命令が発せられた瞬間、第三騎士団は一斉に一糸乱れぬ動きで俺の横に並んだ。
紅の騎士団は明らかに錬度不足なバラバラの突撃をこちらに繰り出してきたが、誰一人として押されることなく容易く跳ね返した。
「ぬ、ぐ!」
俺は心の中でガッツポーズを掲げた。
ここまで上手くいくとは予想以上だ。
後は、こいつらに今までのツケを払わしてやるだけだ。
「皆聞けい!こ奴らは我ら第三騎士団に刃を向けた!カウリエン様の慈悲と祝福をなんの根拠もなく否定し、互いに平和を求め正式に調印されたユールディンとの和睦を策略だなどと虚言を弄した挙げ句にな!これが許されると思うか?」
「「「「否!」」」」
「そうだ許されるはずがない!こ奴らは身内である近衛騎士団にまで虚偽の報告をして騙した挙げ句に守護すべき王都を放棄してこそこそと抜け出してきた逃亡者だ!さらに我らに刃を向けたことにより反逆者にも成り果てた!このような輩に気を使うことなどない!多少痛い目にあわせてもかまわん、全員引っ捕らえろ!」
「「「「応!」」」」
こちらの勢いに怯んでいた紅の騎士団は俺達が本気で自分達を引っ捕らえる気満々だと理解して、慌て武器を構えたが、次々に馬から蹴り落とされたり吹っ飛ばされたりしていった。
馬は可哀想なのですぐさまこちらの従兵が手慣れた手つきで連れ帰ってくる。
一頻り馬から落とされた紅のやつらに合わせるようにこちらも馬から降りて対峙する。
正直、殺さずにボコるなら馬に乗っていた方が危険なので、これは最初にこうしようと指示を出しておいた結果だった。
判断は間違っていなかったのだろう、奴らは誰一人として初撃に耐えられるほどの腕を持っていなかった。
「貴様ら、騎士ならば正々堂々戦え!」
他の者同様に俺の一撃で馬から蹴落とされたリグリエッタ姫が叫んだ。
俺達は顔を見合わせると、一斉に笑い声をあげた。
「何が可笑しいのだ!」
「いやはやこの程度の当たりで全員落馬するほどの実力だとは思わなくてな!しかも正々堂々戦え等とこちらが卑怯な手を使ったかのように非難して自分達の実力のなさをこちらのせいにするとは。もう可笑しくて笑いがとまらんな!」
「き・さ・ま・ら~!もう許さん!この紅き剣の錆びにしてやる」
リグリエッタ姫は髪と同じくらい顔を真っ赤に染めてこちらに向かって斬りかかってきた。
「はい本日二度目のもう許さんいただきましたー」
俺はわざと挑発しながらリグリエッタ姫の剣を受けた。