大陸一の極モフ
ゴルズ男爵を説得するために長めになった小休止を終えた後はこれといって問題なく進み、国境を超えた所で早めの夜営準備を始めた。
兵達を労うという名目で酒を許可し、飯も普段より豪勢なものにしたら、早い時間から飲めや歌えの宴会になり、ゴルズ男爵にその場の仕切りをお願いした。
俺達第三騎士団は少し離れた場所に夜営を敷いた。
明日以降の行動を説明するため、団員以外には聞かせたくないからだ。
「まずは諸君、この度の戦はご苦労だった。と、言ってもカウリエン様のおかげで我々は剣を抜く事なく終戦したがな」
カウリエン様ばんざーい!といった声が方々から上がる。
「だが、我が第三騎士団の仕事はまだ終わってはいない」
俺の言葉に、団員達が顔を引き締めた。
「早馬で先行したマリー達を除いて、この場に何人かの団員がいないのは諸君も分かっているだろう。俺は和睦直後にシュライザーを隊長とした偵察隊を出した。王都街道からヴェルデローザに向けて、だ」
ユールディン側でなく国内へと偵察と聞いて、何人かが顔をしかめた。
理由を察したのだろう。
「偵察隊はパムルゲン平原とヴェルデローザとの中間地点にて、『紅の騎士団』が夜営をしているのを発見した」
団員達から大きなため息や舌打ち音が響いた。
「潜入していた近衛の『もぐら』の報告によると、奴らはどうやら嘘の情報を流して近衛の目をすり抜けて出奔し、第三騎士団を助太刀するのだと息巻いていたらしい」
「実に奴ららしい傲慢な考えですな」
副騎士団長補佐のサイ人のアリュードが、大きな両肩を落としながら吐き捨てた。
「ずっと王都待機が俺らにとって最高の助太刀なんですがねぇ」
同じく副騎士団長補佐の山羊人のグラウの言葉にそうだそうだーと何人かが続く。
「マリー達は順調なら今頃奴らと接触しているはずだ。当然、和睦が成った事を報告しているはず」
ゴルズ男爵と同じように、自分達が無駄足だったと聞いた時の馬鹿どもの面を拝んでやりたかったという反応が多々あった。
「皆にも詳しく伝えていなかったが、『紅の騎士団』は正式に騎士に任命されたが、実は期間限定だ。奴らは戦時特例で戦争中のみ騎士として扱うという王命だったのだ。つまり和睦が成った今、奴らは騎士ではなくなったのだ。さらに滑稽な事に、本人達は自分達が騎士ではなくなった事を知らないときた」
団員が皆、ざまあみろー!良い気味だぜ!と拍手喝采した。
「帰国したら和睦の仲裁をしていただいたカウリエン様に沢山ご寄進しないとな」
再びカウリエン様ばんざーい!との声が上がる。
「団長、一つ聞きたいんですが、リグリエッタ姫はどうなるんです?リグリエッタ姫も騎士から除外されるんで?」
「その通りだ!」
グラウの質問に皆が注目するなか、俺は万感の意を込めて叫んだ。
第三騎士団の皆は、今日一番の盛り上がりをみせた。
何せ、リグリエッタ姫が騎士を辞めるはずだったあの顔合わせ会談から五年弱、俺達はずっとリグリエッタ姫が騎士でなくなるのを心待ちにしていた。
悲願と言っても良いだろう。
今まで散々振り回されてきた団員達は中には泣いているものさえいるくらい、俺達はあいつには酷い目にあわされてきた。
ランデルは、平民出身の普人が当時副騎士団長補佐をやっていて自分が平騎士だったのが気に入らなかったため事ある事に難癖をつけられていた。
アリュードはサイ人らしい重厚な体つきの見た目に反して素早い小刻みな動きを得意とした槍使いなのだが、その身体を生かしてフルプレートメイルと大盾を装備しろと無茶ぶりをされ続けて困惑していた。
グラウは山羊人らしい立派な角を使った独特の守備を得意とするうちの盾役筆頭なのだが、山羊族ならそのジャンプ力を使い敵を撹乱する斬り込み役が相応しいと余計なアドバイスを受け続けて、実際に自分とともに突っ込むのだと戦争中にまで言われて(もちろん断った)辟易していた。
その他にもリッツやアベイルみたいな小柄な獣人や偵察や隠密行動を得意とする者を騎士に相応しくないと差別したりと団員にケチをつけまくりだった。
俺自身冒険者上がりの輩扱いされていたし。
その輩に剣術訓練強制しといて何言ってんだこいつと当時から思っていたが。
団員にケチをつけるだけには飽きたらず、奴はあちこちで問題を起こしてはその後処理を他の団員に押し付けていた。
物語の騎士の名を出しては『~卿ならこうしていた』『~卿ならそのような事は許さないぞ』等々の発言を繰り返し、余計な事件ばかり起こしては騎士団全体に迷惑をかけ続け、しかし本人は自分のような者こそが正しい騎士だと公言して憚らなかった。
さらにあいつは自分の取り巻きを従兵として連れて歩いていたのも質が悪かった。
基本騎士は従兵や見習い等自分のお世話役を一人二人付けている。
俺にとってのシャロみたいな役割だな。
しかしリグリエッタ姫は五人、多ければ十人前後の取り巻きを連れて歩いていたうえ、そいつらは皆貴族の子どもだった。
中には高位貴族のやつらもいて、そいつの親が団員の寄り親だったりすると従兵の癖に居丈高に団員に向かって命令しようとしたりする馬鹿もいたくらいだった。
あまりの酷さに従兵の数を一人に制限しろと言われたにも関わらず、皆私を慕ってついてきてくれるのだからおお目に見ろとまったく従う気配がなかった。
その馬鹿従兵どもが集まって出来たのが『紅の騎士団』と言うわけだ。
「さて、話を続けるぞ。奴らが和睦したと聞いて、それはよかったと進軍をやめると思うか?」
思いません!あり得ないですね!といった返答に、俺も頷き返した。
「奴らの事だ、カウリエン様の仲裁ですら『貴様らは騙されているのだ』とか『そいつは女神の名を騙った偽者だ』とか言って否定しそうですよね」
アリュードも俺とまったく同じ考えのようだ。
「そうだ。奴らはこのまま進軍を続けるだろうと俺も予想している。だがな、今回の和睦は正式に調印されたものだ。しかもカウリエン様自ら仲裁され、国を潤すために特別な麦まで頂いた」
ありがとうございますカウリエン様と皆で手を合わせて祈っておく。
「そんな女神様あっての和睦を、最早騎士ですらない貴族のボンボンどもが破ろうとしたら、奴らにはどう対処するべきだ?そう、反逆者として処罰されるべきだろう!」
その通りだ!と団員達からも声が上がる。
「ここで『紅の騎士団』を止めねば再び戦になるのは明白だ。そもそも奴らが戦争の発端だったのだ。我々はそれを許してはならない」
反逆者どもを止めろー!ぼこぼこにしてやるぜ!とやる気充分な団員達。
「しかし団長、他の奴らはともかくリグリエッタ姫はどうします?こっちが何言おうが絶対に邪魔してくるに違いないですよ?」
アリュードの疑問に俺はもっともだと頷いた。
「もちろん、リグリエッタ姫にも反逆者どもを扇動した報いを受けてもらわねばならない。俺がお相手する」
マジですか!という表情でランデルとシャロを除く全員が息を飲んだ。
「マジだ。今しかないんだ。あの脳筋馬鹿姫の性根を、ポッキリと折ってこれからの平和のために憂いをすべて消してやらねばならない。カウリエン様から頂いた麦が国内に広く行き渡るまでは数年かかる。天災と戦で疲弊している国民全員が安心してこれから暮らしていける目に見える希望がカウリエン様の麦ならば、いつまた暮らしが脅かされるかわからない目に見えない恐怖を作り出しているのが『紅の騎士団』だ」
俺は一息ついて、皆の顔を見渡した。
「我々は、国を守ると誓いをたてて騎士となった。その誓いを汚したのが、『紅の騎士団』だ。我々は、明日奴らを完膚なきまでに叩き潰してやるのだ!」
おおぉー!と雄叫びをあげる団員達。
きっと、こんな日がくるのを待ちわびていたに違いない。
「だが、諸君に一つ約束してもらわねばならない事がある」
俺の言葉に、皆はピタリと静かになった
「それは、決して一人たりとも殺してはならない、という事だ」
「制圧しようとしたら相手が強く抵抗してきてうっかり殺しちまったってのもなしなんですか?」
グラウは笑っていたが、目はマジだった。
「なしだ。奴らには死んだ方がましだったっていう屈辱を味わわせて二度と表を歩けなくしてやるつもりだからな」
「「「「団長怖ぇー!」」」」
「だが死ななければどれだけぼこぼこにしてもかまわんぞ」
「「「「やってやるぜ!」」」」
「我が騎士団の従軍医と治癒の神官の腕はたしかだからな、多少やり過ぎても、傷痕が残るくらいですむだろうよ」
従軍医のノックスと神官のメラニアの親子は笑顔で頷いた。
「ええもちろんですよ団長。大抵の傷ならメラニアが居れば死なない程度には治せますとも。傷痕は、ちょいと派手に残るかもしれませんがね」
「父の言うとおりです。私達がいる限り首をちょん切ったり心臓を一突きなどでなければ皆さんは何の心配もなく反逆者達をぼこぼこにしていただけますよ」
いい笑顔の親子の返事に団員一堂拍手喝采だった。
やっぱり二人ともあいつらに対して相当不満を溜め込んでいたんだなぁ。
何せノックスはかすり傷で大袈裟に騒ぐ馬鹿どもから散々治療時にヤブ医者呼ばわりされてたし、メラニアに至っては紅の奴らの一人にずっと付きまとわれていたからな。
なるべくメラニアを一人にしないようにはしていたが、それでも隙をみて近づいてはアプローチしてきて、どれだけ強く彼女が断っても付きまとっていた。
結局戦時特例によって物理的に紅の奴らと距離が離れるまでそれは続いた。
その際もそいつとの仲を取り持とうとしたリグリエッタ姫が『紅の騎士団』にメラニアを引っ張ろうとしたが、前線に出る第三騎士団が優先だからとメラニア本人と神殿に断固拒否されていた。
「明日の朝にはシュライザー達と合流出来るだろう。彼らからの報告を聞いたうえで奴らをどこでボコるか判断する。一人たりとも逃がす気はないので場所は慎重に選ばないとな」
逃げ道を塞ぐ場所か広くて視界を遮るものがない場所かな。
「ミャルビ川の橋を渡らして、こっちが伏兵で橋を占拠してしまえばよいのでは?」
「それかミャルビ川を渡って丘を越えた先の原っぱで一網打尽にすっかですねぇ」
副騎士団長補佐二人の意見を採用する。
後はシュライザーを待つばかりだ。
この晩は明日にむけて英気を養うため、このまま就寝とする事にした。
「うん?」
馬の足音が聞こえた気がして目が覚めた。
上半身を起こして辺りを見回す。
天幕の外はまだ夜なのだろう、外からの光は射し込んでいない。
俺はベッドから起き出して、同じく目を覚ましていたシャロにちょっと待ってとジェスチャーを送り、入り口の布をめくると夜番がシュライザー達を出迎えている所だった。
「シュライザー、もう戻ったか。ずいぶん早かったな」
「は、今晩は大月が満ちていたため夜に移動しても問題ないなかろうと判断しました」
「少々無茶をしたな」
「念のためアベイルを先頭にして、月が遮られる場所は馬を歩かせました」
「いや、責めているわけではない。マリー達と無事落ち合えたみたいだな」
「はい。彼女達から伝言を聞きました」
「そうか、ならこの場で報告を聞こうか。簡潔に答えてくれ。奴らは来るか?」
「来ます」
「夜営場所は?」
「ここから半日弱といった所です」
「盛れたか」
「飲用水の入った樽に。ただしリグリエッタ姫専用のものには無理でした」
「上出来だ。皆、ご苦労だったな。朝食まで休んで疲れをとってくれ。明日は存分に暴れてもらうぞ」
「わかりました」
俺は偵察隊を労うとそのまま天幕へと戻り、シャロにまだ寝てていいよと声をかけて、自分もベッドへと戻った。
いよいよ明日、全てが決着する。
そう思うと、体は自然と強張ってくる。
沢山の人の上に立ち、沢山の命を預かる、この慣れない立場ともやっとオサラバできる。
そこそこ長かった騎士生活。楽しい時もあったけど、やっぱり自分には向いてなかったなと、今ならわかる。
明日、うまくいけば良いんだがなぁ。
柄にもなく感傷的になりながら目をつぶるが、中々眠気は降りてこなかった。
すると、シャロが音もなくするりと俺のベッドに潜りこんできた。
「シャロ?」
「兄さん、気を張りすぎ」
俺の頬をつまんでむにむにするシャロ。
「ほうかな?」
「そうだよ」
むにむにするのが楽しいのかそのまましぱらくシャロにされるがままだった。
「いけないいけない。楽しくてつい時間を忘れちゃった」
「シャロが満足したならお兄ちゃんも満足です」
「ありがと。でも私ばっかりは不公平だから」
シャロはそう言うと、俺の手を持ってシャロの頭の上に置いた。
シャロの柔らかなモフ耳が手のひらに心地よい感触を伝えてくる。
自然と、そのままシャロのモフ耳をモフモフする。
極上の触り心地に、思わず頬がにやけてくる。
「兄さんなら、大丈夫。だからリラックス」
モフモフモフモフ。
ナデナデナデナデ。
癒される…。
うちの妹マジモフ女神。
「ありがと、シャロ。お兄ちゃんは大陸一の極モフな妹を持って幸せだよ」
「お兄ちゃんの妹なのだから、当然」
誉められてむふーって顔をするシャロを眺めながらモフっていたら、瞼が重くなってきた。
「おやすみ、お兄ちゃん」
心地よいモフモフ感を最後まで感じながら、俺は眠りに落ちるのだった。