それは騎士団の九割が感じる正常な感情だ
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ひとしきり地元感と疎外感を味わった後、お茶を飲み干してフリッツに尋ねた。
「で、フリッツは何の用だったんだ?」
「フォーゲル団長が宰相府にてお待ちです。遅いから迎えに行けと」
「あ」
「『あ』ってなんですか『あ』って」
「いや、忘れていたとかじゃないんだが、行こうとした矢先にまさかの、だったから」
「まあ、わかりますけど」
フリッツと俺の視線の先にはミリカと共に他の団員にお菓子を配るクーデリカ様のお姿があった。牛系獣人特有の先っぽの毛が長くなるしっぽには可愛らしいリボンが結んである。
「五年くらい会わないと、女の子は変身するって本当だなぁ」
「僕も久しぶりに会いましたが、ビックリですね」
「お前的にはどうなん?クーデリカ様は」
「いやー、僕は同世代ですから余計に遠いですよ。仲の良い友達みたいな関係がせいぜいです」
「お前はフリックみたいに結婚相手決まってるのか?」
「いえ、何だかんだ戦争続きってのもあって僕も実家にまったく帰れていませんからその辺りの話が全くないんですよね。フリックはミルチェが子供の頃からべったりで半ば許嫁みたいな間柄でしたから」
「とはいえ、お前はバセット家の長男だから流石に継がなきゃまずいだろ?フリックはアルスバッハ男爵のとこに婿養子に行くだろうし」
「そうですね。その辺りも含めて戦争が終わってから、ですね」
「ふーん」
「何か含みのあるふーんですね」
「いやいや、そんな事ないぞ。よし、それじゃあ戦争を終わらせに行くか」
「はい、お願いします」
宰相府はこの国の文官達を束ねる行政と法務の中枢であり、防衛と治安維持を担う騎士団本部と双璧を成している。
つまり何が言いたいかというと、騎士団長である俺にとっては完全に場違いな場所ってことだ。
「では私はここまでです。コスタル団長、ご武運を」
入り口まで先導していたフリッツがクルリと振り返ると、戦場に送り出すような挨拶をした。ある意味戦いの場だから間違ってはいないけど。
「何ならついてきてもええんやで?」
「遠慮しときます。ここに入るとなんか鎧着ている自分が場違いすぎて不法侵入しているように感じてしまうので」
「それは騎士団の九割が感じる正常な感情だ」
「残り一割は?」
「何も感じないか喧嘩売りにいくような感じか、だな」
「ああ……」
「フォーゲル団長はどっちだろうな」
「誰もフォーゲル団長なんて口にしてませんよ?」
「顔に出てたぞ」
「コスタル団長の勘違いです」
「そうか。さて、行きたくないけど行くか。戦争を終わらさないとおちおちデートも行けないもんな」
「シャロ姉とですか?」
「お前と魔術師のミルルちゃんが、だよ」
「なあッ?!」
「図星か」
「いや、僕は、ただ落ち着いたら食事でもって向こうからお誘いがきたから、それじゃあって感じで」
「はっはっは。では落ち着いた食事が出来る時間が早く戻ってくるように頑張ってこようかな。フリッツ騎士、ご苦労だった」
まだ何かアワアワ言っているフリッツをその場に残して俺とシャロとマリーは宰相府に入った。
「団長、ミルルさんとは?」
「マリーにも説明した冒険者ギルドで再会したA級冒険者の子だよ。中々見所のある子だ」
「団長が言うならかなり強力な魔術師なんですね」
「強力、とは少し違う。攻撃魔法は凡庸だけど妨害系魔法はかなりいい線いってる。リリザみたいに騎士団向きの魔術師だよ」
リリザも攻撃魔法はA級の下くらいだが、補助魔法はS級クラスだ。
集団戦闘においては一発二発でかい魔法をうつより補助魔法で全体の底上げをしたり妨害魔法でこちらに優位に戦闘をすすめるようにした方が効果的だ。
パーティー単位とはいえ戦闘では個人能力がものをいう冒険者よりは騎士団の方がより力を発揮できるだろう。
「勧誘なさるので?」
「多分、向こうから試験受けにくる」
「しかしパーティーを組んでいるのでは?」
「パーティー全員で受けにくると思う」
「何か理由が?」
「いや、俺が何となくそう思っているだけ」
「はぁ」
「とかなんとか言ってる内に着いちゃったな」
宰相府の一番奥にある宰相執務室の扉の前にある秘書席で来訪の理由を告げると、秘書さんが扉を開けて俺の来訪を告げる。
「やっと来たか。入るがいい」
「失礼します」
頭を下げて入室した先には偉い人達がすでに勢揃いしていた。
「失礼します」
俺に続いて入ってきたマリーを見て、おや?といった表情を浮かべる人が多い中で、宰相だけは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「遅れてしまい申し訳ありません。色々と立て込んでおりまして。ですが、まずは宰相様から事前に記入するよう承っておりました書類の方と、何故か一緒に渡されましたリゴル公爵からの夜会のお誘いのご返事もしたためておきましたのでよろしくお願いします」
マリーが宰相の前まで行き、こちらです、と手渡す。
「ご苦労。夜会に関しては何故そのようなものが私の書類に混ざっていたのかはわからんが、こちらで処理をしておこう」
「よろしくお願いいたします。ランガー騎士、ご苦労だった。持ち場に戻りたまえ」
「ハッ。それでは失礼いたします」
マリーは一礼して執務室から出ていった。
「それでは始めようか。宰相、そちらも大丈夫だな?」
くだらんことに時間を使わせるな、という含みを持ったリンクス公爵の言葉に宰相はもちろんですと笑顔で頷いた。狸め。
「まず最初に、コスタル団長、ユールディン帝国との和睦の締結、よくやった!」
いい笑顔で全員から拍手が起こる。そらそうだよな、誰も戦争なんか望んじゃいなかったんだから。
「ハッ、ありがとうございます。全ては豊穣の女神カウリエン様のお慈悲のおかげでございます」
「うむ、そのあたりからまずは説明してくれ」
「ハッ、今回の第二次ラグラント・ユールディン戦争におけるパムルゲン平原での会戦で、こちらからユールディンに対して攻めこんで、先頭が激突した瞬間、辺りを緑の光が包みだし、また同時にカウリエン様より、直ちに戦争を辞めるよう私に神託が降りました。緑の光は傷ついた兵士を瞬く間に癒し、その血で穢れた地を麦畑にして浄化されました」
おお、流石は豊穣の女神カウリエン様、とどよめきが起こり、何人から祈りを捧げた。
「ユールディン帝国の大将、キーラン第二皇子にも同時に神託が降りていたため、我々は急遽戦を止めてカウリエン様をお迎えに上がるべく前線へと急ぎました。すると光の中心からカウリエン様が舞い降りてこられました。その神々しさと美しさに私は声も出ませんでした」
女神様に直接拝見できるとは何と幸運なことかと羨ましがる声があがる。
すいません、月一でお茶してました。
「降臨されたカウリエン様は戦ばかりの現状を憂い、苦しむ民草をこれ以上見たくないと停戦するよう仰られると、我々に特殊な麦を授けていただきました。この麦は今までのどの品種よりも優れた麦で、必ずや我が国を困難から救ってくれるでしょう。カウリエン様は戦場全体にその麦を生やすと、我々に後を託してお帰りになられました」
「その麦だが、今はどこに?」
「西方辺境伯軍のゴルズ男爵殿に預けてあります」
「西方の英雄、破斧のゴルズ男爵か。ならば安心だな」
「その後は、その場でキーラン皇子と握手をして和睦に合意した我らはまずは和睦の誓約書をしたためて交換したところ、カウリエン様から祝福をいただきました。その後もトントン拍子で話は進んだのですが、ほぼ同時にお互いの国内で問題が起きつつあると察知したため、それらが解決したらあらためて和睦の細かい内容を決めようと話してそれぞれが帰路につきました」
シャロから手渡された誓約書を流し読みしたリンクス公爵は、大きなため息をついた。
「問題か。確かに大問題だな」
「我々が撤退を始めてすぐ、紅の騎士団を引き連れたリグリエッタ王女と遭遇しました」
俺の言葉に、その場にいた全員が深いため息をついたのだった。