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ゲキオコじーさん


 俺とキーランは遅めの朝食を摂りながら互いの偵察結果を報告しあった。


「こっちは第一皇子の元取り巻きどもが傭兵を雇って待ち伏せしているってさ。そっちはどうよ?」


「リグリエッタ姫が愉快なお友だちを連れてキャンプ中だとさ」


「「めんどくさ」」


 二人同時に深いため息をついて、お互いの顔色をからかいあった。


「ため息のわりにはさっぱりした顔してんじゃん。お転婆お姫様にお仕置きする決心がついたのか?」


「そっちこそ、目がギラついてるぞ。ダンジョンでボスとやり合う直前みたいな顔しやがって」


 俺達は顔を見合わせて大笑いし、執事とメイドから行儀が悪いと注意された。


「で、マジでやるつもりなんだな。親バカ国王に殺されない程度には下準備が済んでるってとこか」


「お前だって謀反を利用して今ある派閥を顔ぶれ丸ごと取っ替えるつもりだろ。なら、ついにお前も年貢の納め時か」


「ああ、しょーがない。親父殿はあんなだし、兄貴は幽霊だし、弟は謀反人だ。現皇家をそっくり入れ替えないと帝国は立ち直るのに時間がかかりすぎる。俺は東側(他の皇家)から可愛い嫁さんを貰う事にするよ」


「結婚式には…行けたら行くわ」


「本当に大丈夫なのか?」


「命までは取られないだろうよ。まあ今の立場で再会することはないだろうがな」


「やっぱり、クビ覚悟か」


「クビっつーかこのゴタゴタが片付いたら引退する」


「そうか。そっちに居づらくなったらいつでも声かけろよ」


「そういって俺を宵闇の森でこき使うつもりだろ?その手にはのらねーよ」


 再びギャハハハと大笑いをし、再び執事とメイドから行儀が悪いと注意された。


「本音を言うと、お前の事が少し羨ましいよ」


「そうか」


「俺はもう、冒険者には戻れない。強い魔物相手のヒリヒリしたあの空気や、ダンジョンや遺跡で食べるかったい干し肉も、気の良い奴らと命懸けの仕事の後に飲む安酒も、もう味わえない」


「夜の店の綺麗なおねーちゃん達ともお別れだしな」


「いやーそれはちょっと、いや、抜け出そうなんて思ってないぞキグスリー。だからその手にある薬の蓋を閉めてくれ。本当だから。マジだから」


「絶対抜け出す気まんまんだろお前」


「おっほん!とにかく話を戻すとだな、今の帝国は危うい。中央が分散しすぎているし、長期に渡る疫病とこの戦争のせいで帝国民は疲弊しっぱなし。俺だって出来る事なら誰かに変わってほしかったさ。けど、俺しかいなかった。運命の女神ミアーナ様は厳しいな、まったく」


「ミアーナ様自身は厳しさとは無縁の女神だぞ。ミアーナ様は運命を観測できるってだけで基本関与しないって言ってたし」


「なんで女神様と知り合いみたいな話ぶりなんだよ」


「カウリエン様のお茶会でたまに一緒になったから」


「お前、マジか。カウリエン様だけじゃなく他の神様とも顔見知りなのかよ。いったい何人の、いやまてやっぱ聞くのやめたなんか返答が怖い」


「それが正解」


「ほんっとにお前は非常識な奴だなまったく。まあとにかく俺が言いたいことはだ、国に残るにしろクルンヴァルトに戻るにしろ、たまには遊びに来いよって事だよ」


「干し肉と安酒持って、か?」


「その通り!」


 俺達は三度笑い、三度注意された。 


 注意した二人も笑顔だった。





「それではキーラン皇子、また無事にお会いできる日を楽しみにしております」


「こちらこそ、デューク団長。和睦が正式に成ったらまた朝食を一緒にしたいものだ」


「ならばその時はカウリエン様の麦で作った極上のパンをお持ちしましょう」


「ならばこちらはカウリエン様の麦で作った極上のパスタを茹でて待つとしよう」


 俺達は朝食後さほど時間を空けずに、両軍が見守る中カウリエン様の簡易祭壇の前で再び手を握って別れの挨拶をする。


 和睦の調印式とは異なりあっさりした別れだが、気持ち的には朝食で済ませてしまっていたし、お互い最後の締めが残っているからまだ終わりの空気を出すには早いからな。

 

「また会う日まで息災でな!」


「互いのこれからの無事を、カウリエン様にお祈りいたします」


「「それでは、また」」


 俺達は互いに背を向けて、自国へと足を踏み出した。





 キーランと別れてからすぐにランデルが俺の横まで馬を進めてきた。


「団長、兵は如何いたしましょう」


「この先の国境を越えた地点で待機だ。辺境伯軍のゴルズ男爵に面倒みてもらおう」


「『紅の騎士団』は第三騎士団のみでやると」


「やつらは騎士団以外はお世話役の従兵のみで動いているはずだ。問題ない」


「むしろやり過ぎてしまわないかの方が心配ですな」


「違いないな」


 散々煮え湯を飲まされ続けてきた馬鹿どもを相手に、団員達が上手く手加減できるかがちょいと心配なのはランデルの言う通りだが、最悪殺さなければ問題ない。


 うちの従軍医と治癒の神官は腕がいいから多少デカイ傷だろうと命に別状なく治してくれるに違いない。


 傷痕が残るかもしれないが、騎士たるもの傷痕は戦場に出た勲章なので問題ないだろう。


 あ、あいつらもう騎士じゃねーや。


「ゴルズ男爵には小休止の時にこっちに来てもらって説明するか」


「では話を通しておきます」


 ランデルは言うが早いか辺境伯軍へとかけていった。


「さて、あの偏屈じいさんが素直に頷いてくれるかね」





「何をおっしゃるかぁ!」


 椅子から立ち上がってこちらを怒鳴りつけてくる小柄な筋肉じいさん。


 まったくなんでドワーフの男ってのはこう地声がでかいんだか。


「こんな面白い事にこのワシを仲間外れにしようなどとはいったい何を考えておられるのかこの小わっぱがぁ!」


「まずは最後まで話をお聞きください」


 ドワーフじいさんことゴルズ男爵は怒りのあまり口調がおかしなことになっていた。


「そのような薄情な事を言う騎士になろうとは情けない!ディーンの奴も冥界の神グルヴァ様の元で不義理な息子を嘆いておりますぞ!」


「いや、ですから、話を」


「まさかこのワシがあのようなボンボンどもに遅れをとるとでもお思いではないだろうなぁ!歳をとったとてまだまだ現役だと言う事をそのお身体に叩き込んでやるわぁ!」


「だから話を聞けやこのくそジジイが!」


 己の身体くらいある大斧を振りかざしてきたゴルズのジジイと何故か打ち合う事数十分。


 息を切らしながら成長したな小わっぱと斧を納めたゴルズ男爵に、シャロがお茶を淹れる。


 すまんなシャロちゃんと先ほど俺とやりあった時とはうってかわって好好爺な顔をして受け取っていた。


 俺との対応の差が違いすぎない?


 しかしやっと落ち着いたみたいなので口に出さずに本題を話し始める。


「『紅の騎士団』は昨夜すでにヴェルデローザとパムルゲン平原の真ん中あたりまで来ていると偵察隊から報告がありました」


「その辺りはランデル殿から聞いとる。やつら、後方予備隊の癖にこちらが呼んでもいないのに勝手に抜け出してきおったらしいの」


 どうやら素の口調で話すことに決めたらしいゴルズ男爵は、腕を組みながら呆れた表情をした。


 ゴルズ男爵はうちの領地のお隣さんで、赤ん坊の頃から俺を知っているうえに親父の親友だったってのもあって昔から頻繁に会っていた。


 だから彼に対し親戚のじいさんみたいな感覚でいる俺としても周りの目がない場所ならその方がありがたい。


「近衛騎士団に嘘の情報を流して監視が緩くなった隙をついたようです」


「連中、そこまでするのか。理解出来んわい」


「理解したくもないですけどね」


「で、そんなお馬鹿どもにキツイお灸をすえてやるんじゃろ?そんな楽しい事なら参加したいに決まっとるじゃろが。なのになんでワシを置いてきぼりにするんじゃい」


 斧を撫でながら剣呑な顔をするゴルズ男爵。


 怖いから止めてください。


「キツイお灸で済まない可能性があるんですよ」


「どういう事じゃ?」


「今朝方、王都に和睦を伝えるため早馬を出しました」


「当然じゃな」


「王都街道を走って行けば、奴らとは今日の日没前には行き合うはず。ならば当然和睦の事は伝わりましょう」


「自分らが無駄足だったと聞いた時の馬鹿どもの面をこの目で拝んでやりたかったわ」


 俺もです、と返す。


 ねぇ今どんな気持ち?って言ってやりたい。


「実は、『紅の騎士団』は戦時特例で戦争中にのみ正式な騎士扱いをされているに過ぎません」


「なんじゃと?それじゃあ最早あやつらは」


「リグリエッタ姫の私兵に戻った事になります。もちろん、団長であるリグリエッタ姫も騎士ではなくなります」


「この事、当人達は理解しとるのか?」


「してないでしょうね。してたら激怒して国王様に何とかしろとワガママ言うに決まってます」


「しかしリグリエッタ姫に激甘な国王様がよくもまあ認めたもんじゃな」


「国王様も理解してないと思いますよ。リンクス公爵はリグリエッタ姫を第三騎士団の副騎士団長にするくらいなら『紅の騎士団』を正式に騎士に任命して騎士団長にしてやればいい、戦時特例を使えば可能だ、としか伝えてないですし」


「王命として正式に発令したんじゃから今さらなし、とはいくまいの」


「つまり今のあいつらはお姫様とその取り巻きのボンボンどもの集まりでしかないわけで、そんな奴らがもし、もしですよ、勝手に都をぬけだして進軍した先で和睦が成った事を知ったにも関わらず、そんなものはデタラメだユールディンの策略だなんて叫びながら進軍を続けたとしたら、騎士でもなく当主でもなく跡継ぎでもない単なる貴族の子どもが確たる証拠もなく正式に調印した和睦を否定したうえに和睦相手に攻め込もうとしたら」


「反逆罪に問われてもおかしくないじゃろな」


「リグリエッタ姫も扇動した首謀者になるわけですから何もなしってことにはならないでしょう」


「デュー坊、ここで『紅の騎士団』を潰すつもりか」


「この無用な戦の発端はリグリエッタ姫と『紅の騎士団』です。あいつらを放置しておけばせっかくの和睦を反古にしてまた戦をおこそうとするに違いありません」


「しかしじゃぞ、和睦の仲裁をされたのはカウリエン様じゃ。女神様のご意志に反してまで動こうとするかの?」


「恐らく、動くでしょう。あいつらは崇拝する剣聖ナタリー同様戦いの女神アレイナ様を信奉しています。なんならカウリエン様を偽者呼ばわりしてアレイナ様の名を騙って戦にこぎつけようとするやも」


 剣聖ナタリーはラグラント建国に携わった英雄だ。


 建国王ラグラントのパーティーの一員で、ラグラントの実の妹だった彼女はアレイナ様の加護により与えられた凄まじい剣の腕をもって、獣人に圧政を強いていた古代王朝を倒すのに大きく貢献した。


 その活躍から剣聖の称号を授かってラグラント王国初代騎士団長に就任したのはラグラント国民なら誰しも知ってる伝説で、リグリエッタ姫の一番のお気に入りの騎士様だ。


「あれだけの奇跡を起こされたのだから偽者などと思うわけないじゃろ」


「自分達の目で見ていないから信じようとしないでしょう。あいつらは何かにつけて自分達の都合の良いようにしか受け取らないんです」


「話には聞いとったがそこまで手の施しようがない馬鹿どもだったとはの」


「ですから、奴らには逃れようがない状況でこっちに手を出してもらって、完膚なきまでに叩いてやらなければならないでしょう」


「そこにリグリエッタ姫も含むと?デュー坊、国王様の逆鱗に触れるぞ!たとえお主が正しかろうともただでは済むまい!」


「考えはあります。最悪、命までは取られないでしょう」


「腹を括っとるんじゃな、デュー坊」


「ええ、俺が全ての責任を負います。ですが、辺境伯軍や中央軍までは庇いきれない。ですからゴルズ男爵、貴方に兵の面倒をみておいて欲しいのです。何、すぐに終わります。半日もかからないでしょう」


「まったく、くだらん理由じゃったら拳骨の一つでも落としたろうと思っとったのに、これでは受けないわけにはいかんの」


「恩にきるよ、じーさん」


「ただし、受けるには一つ条件がある」


「なんでしょうか?」


「どのような結果になったであれ、一度は辺境伯領に帰ってきて、寄り合いに顔を出すんじゃ。皆、久しぶりにお前さんの顔を見たがっとるからの。うちの孫達もな」


「はい、必ず」


 

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