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モフナデこそ至福


 夜が明けてすぐ、両陣営の偵察隊がほぼ同時刻に戻ってきた。


 朝食を一緒にとろうかと話していた俺とキーランは、先に報告を聞いてからとお互いの天幕へと別れた。


 シャロにシュライザーを隊長とした偵察隊五名と、俺とランデルにお茶を淹れてもらい、ひとまず心を落ち着かせる。


「で、いたのか?」


「いました。『紅の騎士団』の奴らがヴェルデローザとここからちょうど半分くらいの距離で夜営をしているのを発見しました」


 やっぱりな、と俺は思わず顔に手を当てた。


 どうやって王都から抜け出したんだか。


 近衛の奴らはどうしたんだ。


 フォーゲル団長は何してたんだよ。


 あれだけ目を離すなと釘をさしておいたのに。


「『モグラ』はいたのか?」


「はい、副団長。近衛の者が従兵に紛れておりました」


「よくわかったな」


「フリックの兄でしたので」


 シュライザーの横でふーふー冷ましながらお茶を飲んでいた騎士団最年少の垂れ耳犬系獣人のフリックは、俺とランデルの視線に姿勢を正した。


「そうだったか。で、シュライザー。何でまた奴らはこっちまで来れちまったんだ?」


「はい。フリックの兄君からの報告によりますと国王様が近衛騎士団に都の中にユールディンの刺客が潜伏しているとの情報を得たので探し出すよう指示を出したため、『紅』への監視が手薄になり、止めきれなかったようです」


 俺とランデルは顔を見合わせて、同時にため息をついた。


「その情報も『紅』の奴らが流したデマだろうな」


「もしくはリグリエッタ姫のワガママを通すために国王様ご自身が嘘をついたか、でしょうな」


「そこまでだとは思いたくはないが、半々かな。すまんシュライザー、話を続けてくれ」


「はい。近衛騎士団長殿は刺客の情報を伝えられた時点で独自の判断でフリックの兄君に従兵の一人にすり変わって潜入させ、来る途中で抜け出してこちらに『紅』の動向を報告させようとしたみたいです」


「流石になんらかの対策はたてていたか」


「フォーゲル団長も最悪国王様からの邪魔が入ると考えていたのでしょうな」


「あの忠誠心が服を着て歩いている堅物団長殿にすら疑われてしまう国王様の親バカっぷりはもう不治の病だな。しかしどうやってフリックの兄、フリッツだな。あいつと連絡をとりあったんだ?」


「匂いです。兄は僕が近くに来たら自分の存在に気づくように我が家秘伝の匂い袋を持ち歩いていました。ですのでそれに気づいたと知らせるためにわざと風上に移動して、僕も匂い袋を取り出してアピールしました」


 シュライザーに促されて口を開いたフリックがこれです、と取り出した匂い袋からは、普人の俺にはなんの匂いも感じられなかった。


 狼系のシュライザーですら近づかないと嗅ぎとれないレベルらしい。


 屋外で、離れた距離からそれを嗅ぎとれるのだから大したものだ。


「流石はバセット家、鼻がきくな」


「ありがとうございます。夜目のきくアベイルさんが兄が夜営近くの森に向かったと言うので、その森で落ち合いまして」


 フリックから話を継いだシュライザーが、彼にしては珍しく眉間にシワを寄せながら吐き捨てるかのように続きを報告した。


「その場で情報交換をしたのですが、やはり『紅』の奴らはこちらに参戦する気満々でしたよ。姫様を筆頭に我々第三騎士団を助太刀するのだとか無駄に息巻いていたようです」


 シュライザーがイラつくのも無理のない内容に、その場にいた全員がため息をついた。


「こちらもユールディンとの和睦は上手くいった事を伝えたところ、フリックの兄君はこのまま抜け出して王都に報告に戻ると言うのでこちらの馬を一頭貸して、まずは宰相かリンクス公爵へ直接報告に行くようお願いしておきました」


「わかった。報告ご苦労。そしてすまんが一休みしたらまた出てもらうぞ。奴らがパムルゲン平原に着く前に止めなければ」


「了解しました。偵察隊は今のメンバーのままでよろしいでしょうか」


「かまわん。リッツとアベイルはシャロに遅効性の下剤をもらっていけ。場合によっては奴らに一服盛る事になるかもしれん」


「「うえぇ?よ、よろしいので?」」


 俺の指示にリッツとアベイルの小柄獣人コンビが目をぱちくりさせて驚いていた。


 リッツは擬態が得意なトカゲ(リザードマン)系、アベイルは夜目がきく小猿系だが驚いた時のリアクションがそっくりで面白い。


「団長、良いんですか?」


「一応最後のチャンスはやるさ。マリーに和睦が成った事を王都に報告に行かせる名目で奴らに接触させて、それでも『紅の騎士団』が、リグリエッタ姫様が止まらなかったならしょうがない」


「いえ、そうではなく」


「わかってるよランデル。わかった上で俺は被害を最小限に抑えるためなら手段は問わないつもりだ。責任は俺がとる」


「わかりました。これ以上は申しあげません」


「悪いな。リッツ達は無理はしなくていいからやれるタイミングがあったなら盛ってやれ」


 

 報告を終え皆が天幕から出ていった後、俺はその場から動かずにイライラしながら椅子に座り続けていた。


 正直、この展開は予想していた。


 むしろ誘導したんだが。


 実のところ、『紅の騎士団』が王都を抜け出させるタイミングはこちらで行う手筈だった。


 最悪、和睦前にこちらに乱入してくる可能性だってあったから、まだマシな展開だとは思っている。


 思ってはいるが、事が上手く運んだから良いようなものの、それをあっさり受け入れられるかと言えばそれは無理だ。

 

 あいつは、リグリエッタ姫は、どこまで俺達を、第三騎士団を邪魔すれば気が済むんだ。


 優れた戦略家ながら親分肌で面倒見がよく、細かい気配りも得意で騎士団全員から慕われていた前騎士団長。


 彼が酒で体を壊したのも、リグリエッタ姫がそこかしこで起こしたトラブルの対処によるストレスに、開戦後にリグリエッタ姫が前線に出るなという指示に従わず傷を負う度に(かすり傷程度なのに)国王に強く詰められた事が酒量を増やした原因だった。


 冷静沈着で前線指揮に優れ、『神速の牙』と恐れられた凄腕の前副騎士団長。


 彼が足に後遺症が残るほどの大怪我をして騎士を引退せざるを得なくなったのも、リグリエッタ姫がこちらの指示を聞かずに前線で突出しすぎて孤立したのを救出した時に負ったのが原因だった。


 だから俺が若輩ながら騎士団長に指名された。


 リンクス公爵の推薦もあったらしい。余計な事を。


 そして副騎士団長にリグリエッタ姫が指名されようとしていた。


 国王が姫のワガママを聞き入れようとしていたからだ。余計な事を。


 俺はリンクス公爵にこのままリグリエッタ姫が副騎士団長になれば第三騎士団は崩壊するし、戦には確実に負ける、どうにかなりませんかと相談した。


 その結果、リンクス公爵は国王を強く諌めて、リグリエッタ姫が戦死してもいいのかと脅しをかけて、リグリエッタ姫の私兵だった『紅の騎士団』を戦時特例として戦争中のみ正式な騎士として任命するよう促し、リグリエッタ姫を第三騎士団から外して団長に任命した。


 ただし、『紅の騎士団』はあくまで後方配置の予備部隊。


 前線には第三騎士団が緩衝地帯のパムルゲン平原から押し出され国内まで攻め込まれた時のみ出陣する事を許可される。


 リグリエッタ姫には宰相を通じてあなたは秘密兵器だの真の主役は遅れて登場するものだの雑魚相手に姫様が出られる事もありませんだの散々吹き込んで時間稼ぎをしてもらった。


 ここまでは、こちらの思惑通りに事が進んでいる。


 平和な日々まで後一歩というところまで来ているんだ。


 だからこそ、予定外の動きをされると普段より余計に腹が立った。


「兄さん」


 シャロは俺が返事をする前に、ぽすんと俺の膝の上に腰掛けた。


 小柄なシャロだと、俺の胸の中にスッポリ収まってしまう。


「いいのか?」


「いいよ」


 シャロの誘惑に、イライラが頂点だった俺には抗うのは無理だった。


 モフモフモフモフ。

 ナデナデナデナデ。

 モフモフモフモフ。

 ナデナデナデナデ。

 

「あー、落ち着く」


 シャロのふわふわの髪とモフモフな耳としっぽを堪能する。


 モフモフ好きの俺にはまさに至福の時間だ。


 シャロも嫌がるどころか自分からナデナデして欲しいとお願いしてくる事も多かったので、俺達二人にとってモフナデは小さな頃からのコミュニケーションの一つだ。


 俺がイライラしていたり落ち込んでいたりすると、シャロが膝に乗ってモフモフさせてくれた。


 逆にシャロが泣いていたりご機嫌ななめな時は俺がシャロを抱っこしたり後ろから抱き締めたりしてナデナデする。


 成長したら嫌がるかな?と思っていたが、大人になってもシャロはこうやってモフナデさせてくれるし、モフナデして欲しいと言ってくる。


 シャロがお年頃になってきて、流石に駄目かなぁと自重して、俺からモフりには行かずシャロからのお願いも断っていたら逆に大泣きされたし。


 しかも他にモフりたい相手ができたのかとまるで浮気した夫を問い詰める若妻のような剣幕で。


 モフナデに関してはシャロは嫉妬深かった。


 何せ子どもの頃は俺が実家で飼っていた番犬をモフモフしているのを見つけただけで頬をぷくーっと膨らましていたし、親父に連れられて貴族の寄り合いに行った時にチビッ子達の相手をしながら獣人系の子をモフナデしただけで帰り道は俺の膝から降りずにいたし。

 

 モフモフモフモフ。 

 ナデナデナデナデ。


「うにゃ~」


 シャロもご満悦のようだ。


 俺も先ほどまでの怒りが嘘のように頭のてっぺんから腹の底までとけてしまっていた。


 流石シャロ。


 流石モフナデ。


 効果はてきめんだ!


 ほんと、騎士団長になってからモフナデをする機会が減ってしまった。


 戦争中は常に夜営だし、緊急時には団員達も断りなく天幕に入ってくるから、シャロをモフナデするところを見られる危険があったため自重していた。


 和睦が成功したお陰で久しぶりにこうやってモフナデしているのだが、やはり俺としては毎日でもモフナデしたいわけで、そこも騎士団長を負担に感じている部分だった。


「うな~」


 モフナデを続けながら冷静になった頭でリグリエッタ姫対策を考えていく。


 奴らがここまでくるのに恐らく今日を入れて二日はかかるだろう。


 ならばすぐにマリーを早馬として王都に向かわせれば今日の日没前には奴らと接触できる。


「ゴロゴロ」


 そこで和睦が成った事を知ってなお動き出すのであれば、最早容赦はいらなくなる。


 そうなる事を願っているんだが。


 ここでリグリエッタ姫や取り巻きの『紅の騎士団』の馬鹿どもを完膚なきまでに叩き潰さないと、再び戦が始まってしまう可能性が高いからな。


 勿論俺は国王様から激しく糾弾されるだろうし、何らかの罪状を言い渡されるかもしれない。

  

「ふにゃにゃ~」


 ならば先んじて責任を取って騎士団長を引退しますと宣言してしまおう。


 もとから自分には荷が重すぎる立場だったし、戦争中だからこそ戦関係に集中するだけでよかったから俺でも何とかなっていたんだ。


 戦争が終われば、俺では務まらない。


 自分から責を負うと言えば国王様も流石に死罪までは言い出さないだろう。


 言い出さないよな。


 大丈夫だよな。


 まあとにかくリンクス公爵や宰相、他の騎士団長達もフォローしてくれるだろうから悪くても降爵かな。

 

「よし、やるか!」


 モフナデによってふにゃふにゃになったシャロをお姫様抱っこをして俺のベッドまで運んで、ありがとうな、と声をかけて寝かせてやる。


 至福の表情をしたシャロをちょっと堪能してから、俺はマリーを呼び出した。


「お呼びと聞いて参上いたしました」


 背筋と赤いしっぽまでピンと立てながら、マリーは俺の前で気を付けの姿勢をとった。


「ご苦労、マリー。朝食は済んでるか?」


「はい、先ほど済ませました」


「ならばちょうど良い。今からすぐに小隊を編成して王都へと和睦が成った事を報告に行って欲しい」


「はい。承知しました」


「と、言うのは建前で」


「はい?」


「実は、『紅の騎士団』が昨夜ここからヴェルデローザとの中間地点で夜営を行っていたのをシュライザーが発見した」


「そんな!『紅の騎士団』が出て来て良いはずが」


「そうだ。奴らは命令違反を犯した。なぜなら我々はユールディンにパムルゲン平原を抜かれてなどいないし、国内に一歩たりとも侵入させてなどいない。近衛の目をすり抜けて勝手に出陣し、我々を助太刀するのだと息巻いていたと近衛の『もぐら』から報告があった」


「まさか、そこまで浅はかな行動をとるなんて」


「奴らは戦場で功を上げれば全て帳消しになるとか甘い考えで動いているのだろう」


 そもそも奴らが本物の戦場に出て活躍出来ると勘違いしている事がお笑い草なんだけどな。

 

「だが、奴らにとって誤算だったのが、我々はカウリエン様のお導きによってすでに和睦を成していた事だ。そこで、マリー。君が早馬として王都街道を走れば必然的に奴らと接触する事になる」


「私が和睦が成った事を『紅の騎士団』に伝える事によって彼女達はただ命令違反を犯しただけだと自覚させ、帰陣させるおつもりで?いえ、違いますね」


 マリーは少し考えた後、俺の意図に気づいたのだろうばっと顔を上げた。


「団長、まさか貴方は」


「マリー、命令だ。足の早い騎士を集めて今すぐ王都街道を通って報告に向かえ。()()()()()()()()()王都まで確実に報せるのだ」


「わ、私は、最後まで、第三騎士団の、団長の」


「すまない、マリー。()()()()()()()()()()

 

 マリーは泣きそうな顔をして俺に何か言おうとしていたが、俺は頭を下げながら彼女の声を遮った。


「……わかりました。今すぐ小隊を選抜して、王都へと向かいます」


 顔を上げると、彼女は騎士らしいキリッとした表情で復命し、天幕から出ていった。


「さて、シャロ。すまないがキーランに遅くなったが朝食にしようと伝えてくきてくれ」



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