デカイ捕り物の後の打ち上げでは酔っぱらって子供自慢をするのがお決まりの行動
安定の寝落ちでした…。
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近衛の詰所にはホックではなくリリザが留守番していた。
「あら、コスタル団長、お疲れ様です。シャロちゃんとフリック君もお疲れ様」
詰所の机で一人でお茶を飲んでいたリリザは、俺達が入ってくるのを見て俺達に椅子を勧めてお茶を淹れてくれた。
「リリザ、留守番役はお前だけか?」
ちなみに詰所の中にリリザ一人だけしかいないわけではなく、ちゃんと衛兵が門番や見張りをしているし、奥の牢屋にも看守がいる。騎士団員はリリザ一人という意味だ。
「さっきまで西門の取り締まりから戻ったフリッツ君達がいましたけど、今度は北門の取り締まりに向かいましたわ」
「そうか。フリッツも大忙しだな」
「彼の鼻が頼りですから」
「そうだな。それでリリザ、リヴェラの尋問は行われたのか?」
「本格的なものはまだ。簡単な聞き取りのみですわ」
上位貴族は奴らの下であれこれ関わった下位貴族から裏取りをしてから行う予定らしい。
「何か新情報が?」
「ああ。ちょいと厄介なネタがな。リリザはホリビス前伯爵と面識は?」
「ありませんわ」
「誰か前ホリビス伯爵に詳しい者を知らないか?」
「前ホリビス伯爵でしたらアルフレッド様がお詳しいかと」
「アル団長が?」
アルフレッド・ロヴォー前第三騎士団団長。
東部辺境伯派閥の中では珍しい武人の家系の、ロヴォー男爵家の次男だった彼は若い頃から狩りの名人としてならし、特に大人数での追い込み猟ではその卓越した指揮で山ほど獲物を狩っていたという。
やがてそれは警備兵としての山賊狩りや盗賊狩りに大いに発揮され、それが目に止まって騎士団に推薦され、第三騎士団に入団したらしい。
その後は順調に出世してほどなく騎士団長となり、俺も彼の指揮下で数多くの犯罪者を捕縛した。
その切れ味鋭い頭脳とは対照的に外見は気の良さげな狼系獣人のおっちゃんで、狼系獣人のわりには背もやや低めで迫力に欠ける感じの人で、デカイ捕り物の後の打ち上げでは酔っぱらって子供自慢をするのがお決まりの行動だった。
「アルフレッド様を騎士団に推薦したのが前ホリビス伯爵で、生前はお二人でよく夕食をともにしていたとご本人から聞いたことがありますわ」
「そうだったのか、初耳だ」
「コスタル団長が入団される前の話ですからね」
「そうだったな」
俺が入団する直前に前ホリビス伯爵は自分の子ども達に殺されてしまったからな。生前会ったこともない。
「実はアルフレッド様がお酒に走り始めたのは前ホリビス伯爵が亡くなられてからでしたわ」
「それも初耳だ」
アル団長のお酒好きは生来のものだと思っていたのだが、ひょっとしたら違ったのかもしれない。あれだけお世話になりながら、俺は思った以上にアル団長の事を知らなかったのだろう。
「アル団長に会いに行ってからリヴェラを尋問した方がいいかもしれないな」
ユールディン側は時間がかかりそうだし、ここは焦ってリヴェラを尋問するより証拠を積み上げた方がいい気がしてきた。何となくぼんやりと全体像は見えているのだが、より鮮明にするには下から固めていかないと駄目な事案なんだろうな。
「よし、久しぶりにアル団長に挨拶に行くか。リリザ、お茶、ごちそうさま。ありがとうな」
「お役に立てたなら良かったですわ」
「とりあえず、相手が誰であろうとリヴェラには会わせないようにしてくれ」
「わかりましたわ」
リリザに礼を言って俺達は近衛の詰所を後にして、アル団長の家にむかった。
「アル団長の家は……あれだな」
貴族街の一番端っこにたっていたアル団長の家は予想以上に小さな家だった。
退団のさいに、名誉男爵の位をもらった人のお住まいとは思えない大きさで、パッと見あまり周囲に人気もない。
お子さんも成人しているはずだなら奥様と二人暮らしならこの大きさで問題ないのかもしれない。
「すいませーん」
ドアをノックしてしばらく待つと、中から年輩のメイドが出てきて、俺を見ると驚いた顔して中へと案内してくた。
「やあやあ久しぶりじゃないかデューク・コスタル第三騎士団団長殿」
「お久しぶりです、アル団長」
久しぶりにお会いしたアル団長は白髪が増えたこと以外はさほど変わりがなかった。パッと見は健康そうに見える。
「もう俺は団長じゃない、君だ。うまくやっているようじゃないか。ユールディンとの和睦にも成功したと聞いたぞ」
「あれは女神カウリエン様のおかげです。カウリエン様が仲裁に入っていただけたからこそであり、私はただ女神様のご意志に従ったまでです」
「確かにカウリエン様のおかげなのは間違いないが、君が団長でなければカウリエン様は仲裁になど入っていただけなかったと思うが?」
何か裏があるんだろ?といった表情のアル団長に、そんなことはないですよと首を降って返す。
「にしても、和睦をなしたわりにずいぶんあれこれ動いているようだが、今日我が家に来たのもその間系かい?」
「はい、まずは和睦締結後何があったのか説明させて下さい」
俺は和睦後にリグリエッタが勝手に出陣してきたくだりから今は紅の騎士団の裏で好き勝手やっていた不正貴族を捕縛中である事をアル団長に説明した。
リグリエッタを殴り飛ばしたと聞いてよくやった!と拍手をし、リグリエッタがわざと戦争が始まるよう動いたと知りあのクソヤロウ!と激怒して、リグリエッタの心を折って反逆罪を立証し、紅の騎士団ともども二度と表舞台に出てこれないよう工作中だと聞いて、俺に出来る事は何でも協力するからと力強く頷いた。
「実は今日お伺いしたのはまさにアル団長にお聞きしたい事があったからです」
「何でも聞いてくれ」
「紅の騎士団の裏で好き勝手やっていた腐敗貴族ども、その中心はリヴェラ・パルダス侯爵夫人です。彼女がシャハルザハルの目を雇った黒幕で、夫のパルダス侯爵を毒殺しようと企んでいた事、子どもは全てパルダス侯爵の実弟フスカ男爵との不義の子だった事、実弟のホリビス伯爵とその子ども達も暗殺して実子を養子にだしてホリビス伯爵家を乗っ取ろうと画策していた事、そのついでに私を暗殺しようとした事、さらにそのホリビス伯爵と一緒に実父である前ホリビス伯爵を暗殺した事を突き止めて、先ほどパルダス侯爵家に踏み入って捕縛、拘留中です」
リヴェラの話になった途端、アル団長は腕を組んできつく目を閉じ、何かに耐えるかのような表情で話を聞き始めた。
「リヴェラは我々を暗殺して立場と金を狙っただけにとどまらず、城からドラゴンベルを盗み出して現在ユールディンにて謀反を起こしている第三皇子ミュリアスへ贈った事も判明しました」
「なんだとッ!」
アル団長は思わず腰を浮かして机に手をついた。これが我が国のドラゴンベルに対する正常な反応だよなとやはり確信する。
「ご安心下さい。第二皇子キーラン殿に連絡し、すでに確保済みです」
「そうか、よかった。あれがもし使われなんかしたらユールディンはいくつかの街が滅んだに違いない」
「まさにアル団長のおっしゃる通りです。あの魔道具は危険過ぎます。だからこそあれを危険を侵してまで盗み出したリヴェラに対して不信に思いミュリアス皇子との関係を問い質したらその場では口を割らなかったものの、何かあるな、という挙動不審ぶりでした」
俺は苦悩の表情を浮かべているアル団長の目を真っ直ぐに見ながら話をすすめた。
「キーラン皇子がドラゴンベルを確保した際、配達人はリヴェラからミュリアス皇子宛の手紙も所持していました。そこには差出人の名前はリヴェラ・パルダスでもリヴェラ・ホリビスでもなくオリヴィア・マグヌスと書かれていました。マグヌスとはミュリアス皇子の実母、オルレーナ王妃のご実家であるマグヌス公爵家です。しかしマグヌス公爵家にオリヴィアなる名前の女性は存在しないとキーラン皇子から聞きました。アル団長、前ホリビス伯爵と親しかった貴方なら、何かをご存知なのではありませんか?」
俺の説明を聞き終えたアル団長は、おもむろに立ち上がると、戸棚の中から琥珀色の液体が入った瓶を取り出して、グラスを二つ一緒に取り出し、机の上に並べると、一つを俺に勧めて、もう一つを自分の前に置いた。
「団長を引退したあの日から、ずっと禁酒をしていた。買い込んだ酒も全部譲って、もう二度と飲むまいと誓ったのに、この酒だけは手放せなかった」
アル団長はグラスを手に取ると、俺にも手に取るよう促して、キン、とグラスを合わせた後、ぐいっと一息で空にした。
俺も一口いただく。
「これは、強いですが美味しいですね」
「だろう?これはフランソワから貰ったんだ」
フランソワ・ホリビス。前ホリビス伯爵だ。
「まず最初にわかっておいて欲しいのは、俺とフランソワは貴族の位を越えた親友だったって事だ。今から語る話はフランソワ・ホリビス前伯爵の話ではなく、俺のガキの頃からのダチだったフランソワの話だ」
俺は頷いてグラスを傾けた。