嫌な神獣だな
「だが断る!」
俺は断固たる決意を胸にキーランのお願いを断った。
「そう言わず、頼むよ!」
鏡に取りつきながら懇願するキーランを再度拒否する。
「お断りだ!」
「頼む!この通りだ!」
鏡の向こうで次期ユールディン帝国皇帝陛下が土下座を始めた。プライドも何もあったもんじゃない。
「絶対にやだ!」
だがこっちはキーランの土下座など見飽きている。女癖の悪いSランク冒険者、『剣狼』キーランは女性トラブルを起こす度になんとかしてくれ助けてくれと冒険者ギルドで周囲に土下座して助けを求めていたからな。で、それを見つけたキグスリーにみっともないと殴られて回収されるまでがセットだった。
ほんと、あらためて思うがこんな奴を皇帝にして大丈夫なのかユールディン帝国よ。
「そんな事言わずに一生のお願いだ!な?な?」
「お前何度一生のお願い使う気だ」
「いや、あーゆーのって一度叶えばリセットされるだろ?」
クズの思考だった。
重ねて思う。本当にいいのかユールディン帝国よ。新皇帝クズですよ?
「いい加減にしてくださいキーラン様」
ついにキグスリーが見かねてキーランを鏡から引き離して頭をはたいた。はたいたと表現したが、実際はドゴス!と低い音が響くくらい強かったみたいだか。
「そんな事言ったってもう頼れるのはデューク達以外いないだろ?頼むよ~」
「い・や・だ!シャロは絶対ユールディンになんか行かせない!」
そう、キーランの馬鹿はシャロを助っ人に欲しいと言い出したのだった。
「邪竜だと?」
西バーランディア大陸に邪竜が存在しているなんて初耳だった。北の大陸と東の大陸にはいたが、どちらも討伐されている。
「ああ、第三皇子はおそらく邪竜の力を借りようとしていたんだと思う」
「マジで西バーランディアにいるのか?知ってたかゴーマット?」
「いや、知らん」
「邪竜の存在はユールディン皇家しか知らない極秘事項だからな。知らなくて当然だ」
邪竜。
それは上位の竜種が何らかの理由で魔物化したものを指す。
一度邪竜化すると死ぬまで元には戻れず、その性質も闇に偏っていく。
獰猛で残忍になり、年経た邪竜だと人語を操り人を惑わす悪の親玉みたいな存在になる。
なので邪竜はダンジョンのボスに収まる事が多い。
お宝を溜め込み冒険者を誘い、殺しては魔力を奪い、魔物の数を増やして氾濫させては街を襲う、まったくもってはた迷惑な存在だ。
「極秘事項ったって奴らが大人しく閉じこもってるわけないだろ。どうやって抑えてるんだよ?」
ダンジョンの主だった場合は魔物を氾濫させようとするため定期的に中の魔物を排除しなければならないし、そうでなくとも巣穴にじっとしているほど引きこもりでもない。
「実はダンジョンのボスを封じ込める魔道具がある。ユールディンがまだ帝国ではなく中小国家群の一つ、ユールディン王国だったころ、王国北西部にある山間部の麓に突如ダンジョンが発生した。当時の王家は早期解決すべしと考え高ランク冒険者を雇い兵士を動員して踏破を図ったが出来たてのダンジョンにしては予想以上の難易度で中々進まなかった」
ダンジョンは出来てすぐが一番攻略しやすいとは昔から言われているのは確かなので当時の王家の判断は間違いではない。
それでも失敗ばかりだと国内から批判が出てきてしまったらしい。
「何度目かの失敗の後当時の王女が神殿で神に祈っていたところ、鍵の神マルディ様から神託が下った。ダンジョンのボスは邪竜であり、倒すのは難しいかもしれないので、ボスを封じ込める魔道具を授ける、とおっしゃられて、神殿に奉られていたマルディ様の像の前に一対の錠前が置かれていた。その後冒険者達によりやっとボス部屋の前までたどり着いた。ボス部屋の前に立ちいただいた錠前を掲げると、ボス部屋の扉に錠前が吸い寄せられ、扉を施錠してしまった。冒険者は鍵を持ち帰って国王に返納。こうしてユールディンにはボスが封じ込められたダンジョンができた。ボスが外に出られないからダンジョン内もたいした敵も出てこなくなり、数年に一度騎士団が掃討するだけになっている。恐らく第三皇子はこいつを利用するつもりなのだろう」
ちなみに鍵は歴代皇帝が常に所持しているはずだから今は親父殿の手にあるはずなんだがな、と言って首を捻っていた。
「利用すると言っても相手は邪竜だぞ?どうやって?」
どう考えても言うこときくような相手には思えないんだが。
「そこは俺も気にはなってたんだが、もしかしたら、弟はもうすでに邪竜と契約済みなのかもしれん。そうじゃなきゃドラゴンベルを欲する理由がない」
「それは確かにあり得るな。知恵のついた邪竜は人の心の負の部分につけこむと聞く。例え外に出られなくとも誘惑は出来るのは東の大陸の邪竜譚で証明済みだからな。奴等にとっちゃどろどろのお家騒動は大好物みたいだし」
邪竜は人の負の感情が大好物だと言われていて、過去にいくつかの国の内乱を誘発した、と記録にも残っている。
「ドラゴンベルは確保したとは言え邪竜と組まれると厄介だ。親父殿は多分すでに鍵を弟に手渡しているからもう邪竜は自由を得ていると考えて行動した方が良いな」
「その方がいいだろうな。そうするとまずは邪竜を討伐してから弟とやり合うのか?」
「それしかないだろう。弟はもう正気じゃない。下手すりゃ王都で魔物を氾濫させる気だ」
「ギルドでSランクに召集をかけるか?」
「間に合わないだろう。我が国にはSランクパーティーは存在しない。そっちにもいないだろ?」
「いないな」
「クルンヴァルトならいるだろうが今から召集かけてもこっちに来れるのは最短で半月以上だ。そこまで長々と向こうは待ってくれない」
「とは言え相手は邪竜だぞ?お前とキグスリーだけじゃさすがにキツくないか?」
「そこでお前に相談があるんだ、デューク」
キーランはキリッとした顔つきになり鏡の前にまえのめりになった。
「我が国には実は神獣が住んでいる」
「は?………まさか、天馬、か?」
「さすがに気づいたか。そう、天馬のブーツを我が国があれだけ数を揃えられた理由は天馬から抜け羽をいただいているからだ」
「確かにあの数を揃えられた事には疑問を持ってたけど、まさか天馬がユールディンにいるとはな」
神獣とは神の眷属で、滅多に見る事のできない貴重な存在だ。
我が国だと真竜ウィーグラードしか確認されていないし、ウィーグラードはツェーラ山に帰ったから国内には一匹もいない。
その力は絶大で、ダンジョンのボスを神獣が討伐したって話はいくつか残っている。
「まさか、天馬にお願いするつもりか?できるのか?」
神獣は基本人のお願いなんか聞いてくれるような存在じゃない。ウィーグラードがラグラントと契約したのも大地の女神パンゲアの命に従ったからだし。
「そのまさかだ。大丈夫、俺の計画なら上手く行くはず」
「凄く不安なんだが?」
「大丈夫。いいか?天馬は凄く女好きなんだ。俺とタメ張るくらいにな。ただ奴は処女が大好物で、絶世の美処女を背中に乗せるのが一番興奮するんだと常々言っている」
「嫌な神獣だな」
「そこでお願いとは他でもない。頼む、デューク。シャロに助っ人を頼めないか?」
「処女なら国内にいくらでもいるだろうが!そっちで調達すりゃいいだろうが!」
「いや、相手は邪竜だぞ、普通の女じゃ危ない。その点シャロなら大丈夫だ。美処女でSランクとなるとこの世界にどれだけいるんだってくらい貴重だろうが」
「だとしてもダメだ!シャロをそんな変態神獣の背中に乗せてそんな危ない相手と戦わせるなんて兄として許可できん!」
「頼むよ、こっちがどうにかならないと困るのはそっちも一緒だろ?」
「嫌だね!シャロがいないと俺が困る!シャロがいなけりゃ俺は誰をモフればいいんだ!」
「それこそ部下とかによさそうな子いるだろ?」
「シャロ以上はいねー!!!」
俺とキーランは互いに唾をとばしながら激論を交わしていたが、終結させたのは以外にもシャロだった。
「お話の途中ごめんだけど、キーラン、私は兄さんの側を離れるつもりはないよ」
「な?!」
「その通りだ!シャロは一生お兄ちゃんと一緒にいるねん!」
「うんその通りだけど、そうじゃなくて、私以外にも候補がいるって事」
「は?どこにSランクの美処女なんて神獣並みの稀少種がいるんだよ?」
「ルルミアが知識の棟にいるよ」
「あ、そうだった」
「え!あいつユールディンにいたの?!」
「うん。お別れ会で知識の棟に行くって言ってたじゃん」
キグスリーがキーランに頷くと、部屋の外に出ていった。
「あー、悪い、解決したかも」
キーランは決まり悪げに頭をかくのを見ながら俺はシャロをモフナデするのだった。