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戦争の始めと終わり


 リンクス公爵は伝令を聞くと何を言っているのかわからないといった表情を浮かべた後、すぐさま厳しい顔をして詳細を話すよう促した。


 それによると、どうもリグリエッタ姫は会談から帰国後に周囲に無断でユールディンへ私兵を引き連れて騎士姿で再訪。


 第一皇子を鍛えてやるから会わせろと帝城に突撃し、何故か承諾した第一皇子を剣術訓練と称したシゴキでボコボコにした挙げ句、『貴様は筋肉が足らん!次に会うまでに鍛えておけ!』と捨て台詞を残して帰国したらしい。


「「「何でだよ!」」」


 当時はその場の皆が色んな何で(何でリグリエッタ姫は無断でユールディンに突撃してんだよ!&何で(元)婚約者をボコボコにしてんだよ!&何で第一皇子は承諾したんだよ!等々)が詰まった激しい突っ込みが口から出たが、現場は実際にはちょっと違ったと後にキーランに教えてもらった。


 それによると、突撃してきたリグリエッタ姫に対し、ユールディン側はリグリエッタ姫の訪問など聞いていなかったし、そもそも王女が騎士姿で少数の供しか連れずに他国にやってくるなどあり得ないから偽物だろうと思って門前払いをしようとしたら、偶然にも視察から帰ってきた第一皇子と遭遇。


 馬車越しにリグリエッタ姫を見つけた第一皇子は大層驚きながらリグリエッタ姫本人であると周囲に伝え、そのような姿と人数で何用でこられたのかと怪訝そうに問うたところ、リグリエッタ姫は第一皇子に対し、私の夫になりたいのならそのなまっちょろい身体をどうにかしろ、私が直々に鍛えてやる、と言い放ったらしい。


 これに対し第一皇子はもちろん拒絶。


 しかしリグリエッタ姫はあろうことか第一皇子を強引に馬車から降ろして、木剣を強引に持たせてその場で剣術訓練を始めようとした。


 第一皇子の護衛達も第一皇子が本物と認めたリグリエッタ姫に対し刃を向けるわけにもいかず、取り抑えるのも躊躇してしまった。


 この時点ではリグリエッタ姫と第一皇子の婚約解消は正式な発表でなく既定路線の打診状態で、しかもリンクス公爵等ごく一部のラグラント側とあの場に居合わせたユールディンの上層部しか知らないため、まだ二人は婚約者なのも第一皇子側の対応を後らせた。


 一応キグスリーの兄で第一皇子付きの執事が頑張って止めようとしたらしいが、リグリエッタ姫は聞き入れるはずもなく、ならば貴様も混ざるが良いとキグスリー兄まで巻き込む始末。


 キグスリー兄はこうなったら己が相手をするのみとリグリエッタ姫に立ちはだかろうとしたが、キグスリーより剣の腕が劣っていた彼は一撃目をあっさり頭にくらって伸びてしまう。


 護衛の騎士達も加わろうとしたが、リグリエッタ姫の私兵の、リグリエッタ姫を慕っている貴族の次男三男やお転婆お嬢様方で結成された自称『紅の騎士団』達によって阻まれてしまう。


 仮にも近衛騎士があんななんちゃって騎士団に阻まれちゃうのは如何なものかと思ったが、俺の微妙な表情から察したキーランが、こっちの騎士もなんちゃってだったからなと苦笑いしていた。


 そもそも第一皇子はとある伯爵領に視察にいった帰りだったらしいが、視察はあくまで表向きで実際はお気に入りの伯爵令嬢との逢瀬を楽しんできたのが真相だった。


 第一皇子は思ったより遊び人だったようだ。


 伯爵領はその後ユールディン内で猛威をふるう疫病の発生地だったが、流行当初は高熱で2、3日寝込むくらいで、酷い風邪が流行り始めたなーくらいの感覚だったらしい。


 その報告を聞いた第一皇子が伯爵領に行く良い口実とばかりに疫病かもしれないので早急に調査するべきだの皇族が行くことによって伯爵領の民も皇帝は本気で伯爵領を気にかけて下さるのだと安心するだのあれこれ理由をつけて伯爵領に視察に向かう。


 一応調査隊名目なので宮廷医師の息子で帝国始まって以来の凄腕と噂の若き医師と、若手で一番と言われていた治癒の神の神官を連れてはいたが、護衛の騎士は第一皇子の取り巻きである貴族のボンボンばかり。


 しかも第一皇子は伯爵領に着くやいなや近隣の貴族の子女を呼び集めて取り巻き達と交流名目のパーティー三昧。


 これは一応理由があって、第一皇子の後ろ楯を増やしたり強化したりといった個人的政治判断と、伯爵領の周辺貴族と帝都貴族のお見合いで地方と中央の関係強化という公的政治判断だったらしい。


 もちろんそこに自身が伯爵令嬢とイチャイチャするといった個人的欲望も同封されていたが。


 しかしこの時点での疫病に対する用心がほぼ0だったのが後に第一皇子の身を滅ぼすことになる。


 一応医師と神官は真面目に調査をして、この流行り病は危険なので伯爵領を一時隔離すべきとの報告を出しているが、第一皇子は政治的判断を優先してしまったためこの時点ではこの二人の意見は退けられてしまい結局ユールディン内で長く蔓延するに至ったのだった。

 

 とにかく、第一皇子側もあまり胸を張っていい内容の外出ではなかったのとお見合いに一人でも多く連れていくために視察団の護衛を近衛騎士ではなく位の低い貴族のボンボンで固めたためにリグリエッタ姫達の暴走に対抗出来ず、結果第一皇子含む視察団は皆青たんだらけにされてしまった、というのが真相だったようだ。


 事の真相を知ってもリグリエッタ姫が諸悪の根源である事に一切揺らぎはなかったが、ちょっとだけ第一皇子に対してのラグラント国民としての後ろめたさは減った。


 しかし当時そんな裏話を知らなかったリンクス公爵は手を顔に当てて天を仰いで、盛大なため息をついた。


 リラシア辺境伯も呆れてものが言えないって表情だったし、俺自身もクーデリカ様曰く『デューク兄様があそこまでお怒りをお顔に出していたのは初めて見ました』と驚かれたくらいには感情を抑えきれなかった。


 しばらく沈黙した後、リンクス公爵はリラシア辺境伯におそらく今回の婚約は誰が相手であろうとユールディンは最早応じないだろうからこの話はなかった事にしてくれと再び頭を下げた。

 リラシア辺境伯も同様の考えだったようで、わかりましたと即答した。


 リンクス公爵はすぐさま王宮に戻りユールディンへの謝罪とリグリエッタ姫への処罰を行うと言って辺境伯爵領を辞した。

 俺は帰り際にクーデリカ様に『たまにはシャロ姉様とお二人で遊びにきてくださいね』と笑顔でお願いされ、このゴタゴタが解消して休暇がとれたら必ず、と返事をして別れた。


 しかし、その後今に至るまで休暇をとってクーデリカ様にお会いに行く事は出来ていない。


 リンクス公爵が急ぎ王宮に戻ると、事態はさらに悪化していたからだった。


 後から聞いた話なのだが、俺達が王宮に帰り着く直前、ユールディンから緊急の使者がやって来て、『第一皇子が病のため亡くなった。その死因はリグリエッタ姫にある』と告げ、ついてはリグリエッタ姫にその責任をとるよう迫ったという。


 責任、つまり自害してユールディンへの謝罪としろと使者は要求した。


 しかし『はいわかりました』とは流石にいかず、当たり前だがリグリエッタ姫本人と国王の怒りは凄まじく、リグリエッタ姫は使者を切って捨てようとしたところを近衛騎士団のフォーゲル団長が慌てて取り押さえた。


 宰相はリグリエッタ姫が死因と言うが証拠でもあるのか?と使者に問い詰めた。


 使者は、リグリエッタ姫が無理矢理に行った剣術訓練によって高熱が悪化したのが原因。リグリエッタ姫が来た次の日の朝には第一皇子は高熱を出して寝込んでしまったが、リグリエッタ姫によって傷だらけにされたことによって体が余計に熱を持ってしまい皇子の生命力を大きく奪ったから皇子は耐えられなかった、姫が剣術訓練など強行しなければ第一皇子は死ぬほどの高熱は出なかったに違いない、とよどみなく返答。


 内容も覆しにくいものだった。


 それでも宰相はリグリエッタ姫は故意に第一皇子を死に追いやったわけではなく、また身体が万全だったとしても死ななかった保証はない、と姫を庇ったが、しかしその庇われた本人が全てを台無しにした。


「普段から鍛えていない貧弱な身体だからから病などに負けたのだ!あのような華奢な男を伴侶にせずに済んでよかったわ!」


 リグリエッタ姫の暴言に場は静まり返ったが、ユールディンの使者は一切の動揺を見せず、国王へ鋭い視線を向けた。


「リグリエッタ姫には自責の念すら一切ないご様子。ガーランド王、改めてお伺い致しますが、リグリエッタ姫にどのような処罰をお与えに?」


「今の発言については謝罪しよう。だが、リグリエッタを処罰などしない」


 宰相が国王様ッ!と咎めるように発言しようとするが、ガーランド王はそれを手で制した。


「リグリエッタが皇子に剣の稽古をつけたのも皇子を思ってのこと。もし仮に皇子が病魔の手にかからなかったなら最終的にはリグリエッタに感謝をしていたやもしれん」


 リグリエッタ姫を除くその場にいた全員が『それはないだろう』という表情だったと後に宰相は語った。


 ガーランド王はそんな皆の表情を気にすることなく話を続けていた。


「しかし現実は第一皇子は病死してしまい、リグリエッタの思いも空回ってしまった。不幸な事ではあるが、誰が悪いと言えば病魔こそが最大の悪。この病魔を根絶する事こそが第一皇子に対する一番の弔いとなろう。我が国も最大限協力を惜しまない」


 ガーランド王のふやけた返答にユールディンの使者はやはり顔色一つ変えなかった。


「ガーランド王、それがラグラント王国の公式な返答であると受け取ってよいのですか」


「かまわん」


 使者はそれ以上何も言うことなく帰国し、入れ替わりで俺達が城に戻ると宰相とフォーゲル騎士団長以下、文官武官問わず全ての家臣団が頭を抱えていた。


 それから一週間後、ユールディンから同盟破棄と宣戦布告が伝えられた。



 

「戦争の発端二人が最後まで立ちはだかるんだからお互いやってらんねぇな」


「こっちはすでに死んでるから残党さえ始末すれば終わりだけど、そっちはそうもいかないだろうからこの先思いやられるな」


「皇帝になるよりはマシさ」


「確かに」


 俺達は互いに愚痴を吐くと、自虐めいた笑い声をあげた。


 そこにキグスリーがシャロと一緒に戻ってきた。

 

「ご歓談のところ申し訳ありませんが、麦の収穫が完了いたしました」


「そうか。思ったより早かったな。どれくらいになった?」


「それは御自身の目で確かめられた方がお早いかと」


「デューク様、和睦の誓約書と内訳をお持ちしました」


「よし、じゃあ麦見るついでに調印式もやっちまおうか」


「そうだな、その方が早い」


「お二人ならならそうおっしゃると思っておりましたので、すでに場を整えてあります」


「麦の前にカウリエン様の簡易祭壇を設置しましたので、そちらで」


「「やだ有能」」

 

 シャロとキグスリーに促されるまま天幕の外に出ると、丘の麓には荷車何台分かと思うような大量の麦が俺達の身長より高く積まれていた。

 

「これは壮観ですな、キーラン皇子」


「うむ、これほどの量の麦を瞬時にお作りになられるとは。カウリエン様の御業にただただ圧倒されるばかりだな」


「然り。戦の仲裁ばかりかそれぞれの国内の危機さえも同時に解決してしまわれたカウリエン様はまさに両国にとって救国の女神。これは神殿にお参りして御寄進を奮発せねば」


 俺達はよそ行きの口調で一頻りカウリエンを誉め称え、麦の前で和睦の調印を行った。


「我、ユールディン帝国第二皇子キーラン・ルフ・ユールディンはこの和睦に偽りなき同意を豊穣の女神カウリエン様に誓う」


「我、ラグラント王国第三騎士団団長兼ラグラント王国西方将軍デューク・コスタルはこの和睦に偽りなき同意を豊穣の女神カウリエン様に誓う」


 俺とキーランは麦の前に作られた簡易祭壇の上に置かれたそれぞれの誓約書にサインをして血判を押し、交換し、頭上に掲げた。


 すると、お互いの誓約書が緑色に光ったと思ったらカウリエンの署名が浮かび上がってきた。


 これは、カウリエンがこの誓約を祝福したらしい。


 打ち合わせにはなかったが、素晴らしいタイミングだった。


「「今ここに女神カウリエン様の祝福の元、ユールディン帝国とラグラント王国の和睦は成された!」」


 両軍の兵達が大きな歓声をあげて歓喜にうち震えた。

 

 俺達はシャロとキグスリーにそれぞれの誓約書を渡し、代わりに誓約内容を細かに記した誓約内訳を受け取って、また交換する。


 こちらからは勿論性欲減衰薬のビンとレシピ付きだ。


 キーランの笑顔がひきつり、キグスリーは満面の笑みを浮かべていた。

 

 その後俺達は麦を均等にわけるよう指示をして、再び天幕へと戻った。


「ひとまず、これでやっと国内に集中できる。後ろを気にしなくて済むならまず負けないだろうからな」


「お前なら大丈夫だとは思うが、何かあったら冒険者ギルド経由で連絡してくれれば出来る限りの事はするから」


「そりゃこっちの科白だよ」


 俺達はがっちりと握手を交わし、一仕事終えた達成感に浸るべく椅子に深く座り込んだ。


 そんな俺達の前にワインと麦粥が運ばれてきた。


 麦はもちろん、カウリエン様特製の麦だ。


 本当なら麦は収穫後に乾燥させなければならないのだが、そこは女神様パワーで収穫した時点で乾燥までされていたとの事。


「お、これは」


「なかなか」


「質素な麦粥なのにずいぶん味がいい」


「麦がもっちもちしててうまい」


「これで作ったパスタとかヤバそう」


「それもうまいだろうがやはりパンだろ」


「お前はほんとパン好きだなデューク」


「都に帰ったら早速馴染みのパン屋で何か作ってもらおう」


「いやそこは蒔けよ、畑に」


「少し位ならカウリエン様も見逃してくれるってかこの麦でなんかお菓子作って持っていけば大丈夫」


「ああゴタゴタが済んだらお茶会なんだっけ。よろしく伝えといてくれ」


 俺達は両国の歴史上最も質素な会食を楽しみ、この日はこれで終了した。


 


 

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