そんな極上な笑顔で言われたらモフナデするしかないですやん。
遅くなりました…。
休日出勤めぇ…。
やっちまったー。
シャロを馬鹿にされたからってついつい頭に血がのぼってやり過ぎちまったー。
周りがドン引きしてこっち見てるわー。
うわ、マジあいつやり過ぎじゃない?って顔してるよー。
シャロだけは嬉しそうに俺についた返り血を拭いてくれてるけど。
「兄さん、ありがとう」
そんな極上な笑顔で言われたらモフナデするしかないですやん。
モフナデモフナデ。
「なう~」
人目があるので頭と耳のみだが、シャロは満足げだ。
「さて、シュライザー、リッツ、アベイル、フリック。いつまで固まってるつもりだ?」
「「「「も、申し訳ありません!」」」」
呆けた口を閉じて、ビシッと気を付けの姿勢をとる四人。
まだ表情は微妙にひきつっているが、まあ大丈夫だろう。
「フォーゲル団長、我々が先行しますので、捕縛漏れのないようよろしくお願いします」
「わ、わかった」
「よし、四人とも行くぞ」
「「「「はいッ!」」」」
とりあえず執務室に向かい周囲を警戒しながら歩いていく。
一番可能性の高い地下室のトンネルはフォーゲル団長に任せる事にする。
ミッドは自分達以外の雇われについて何も言ってなかったが、第一夫人の性格上、パルダス侯爵家の家臣は信用せずに傭兵を雇うくらいはしているはずだ。
案の定、シャロが足をとめて廊下の曲がり角を指差し、指を四本立てた。
どうやら殺る気まんまんな奴らが四人いるらしい。
俺は曲がり角の向こうにシャハルザハルからいただいた煙幕の瓶を腰につけたポーチから取り出して投げこんだ。
「うわ!」
「毒か?」
「単なる煙幕だ!」
「目が、目が~」
混乱しているところに、人影っぽいものに投げナイフを全員で投げこんだ。
「ウギャッ!」
「フグッ!」
「いてッ!」
バタン。
一人殺ったな。
他二人はそこそこの傷を、残り一人はかすり傷のようだ。
煙が晴れてくると、一人がナイフが頭に刺さって倒れ、二人がそれぞれ腹と胸にナイフが刺さって大量に出血し、一人が足に刺さったナイフを引き抜こうとしていた。
格好を見るに、やはり傭兵のようだ。
「傭兵さんよ、まだやるか?」
唯一命に別状がなさそうな足に刺さった傭兵は、怪我した箇所を抑えながら、左右に首を降った。
「あんたみたいなのとやりあうに足る金額はもらってないな」
「自分の命より高い報酬はないだろ?」
「違いない」
「で、あんたら以外にも傭兵はいるのか?」
「逃げ出してなけりゃ五、六人は」
「傭兵以外は?」
「兵隊が数人」
「大人しくしてりゃ、後で治癒の神官と医者をまわしてやるから武器をその辺において大人しくしとけ」
「言われた通りにするよ」
傭兵は剣やナイフを己の前方に投げ捨て、壁を背に座り込んだ。
「先に進むぞ」
執務室は、このすぐ先、突き当たりだ。
まずシャロが先行して近づき、扉の手前で横の壁に耳をあて、中を探ってもらう。
シャロは扉の両側の壁を指差し、剣で壁を突き刺せとリアクションをとった。
シュライザーとフリックが指示された場所の前で剣を構える。
「やれッ!」
俺は声にだして指示し、同時に扉を蹴り飛ばす。
シュライザーとフリックの剣は、壁を突き抜けて壁にへばりついて扉から入ってくる奴を狙っていた傭兵の脇腹に刺さり、俺は突然の攻撃に動揺している手負いの傭兵をそのまま有無を言わさず切り殺した。逆側の傭兵もアベイルが始末する。
執務室の中は案の定空っぽで、慌ててあれこれ持ち出したのだろう書類やら何やらがあちこちに散乱していた。
「やっぱり空だったか」
「相当慌ててたんでしょうねえ」
床に散らばった書類を拾い上げながらシュライザーは呆れ顔だ。
「今頃は地下室で近衛に挟み撃ちにされている頃でしょうか」
「今回の黒幕の捕縛の瞬間、見たかったなぁ」
「大分薄れていますが、フスカ男爵とシャハルザハルの目の奴らの匂いも残っています」
「フリック、特に匂いが残っている場所や物は特定出来るか?」
フリックは鼻をクンクンさせながら執務机の周囲を探索し、やがて机の後ろにある書棚に行き着いた。
「ここが一番匂いが残っています」
「うーん、ベタな隠し場所ではあるけど」
書棚の本を抜き出して、何か仕掛けがないか探すと、書棚の一部が横に動いた。
「こりゃあ」
「前団長を思い出しますね」
「また随分お高そうな」
「めちゃくちゃ強そう」
「ゴルズ男爵に鑑定してもらいましょう」
隠し棚には何本かの酒瓶が隠されていた。
「これ、全部毒入りなんですかね?」
取り出した酒瓶の蓋を開けたシュライザーが、中の匂いを嗅いでうわ強ッ!と顔をそらした。
シュライザー、あまり酒強くないからな。
「わからんが未開封の物もあるし、全部ってことはなさそうだ」
あのこ狡いフスカ男爵の事だ、封を開ける前に死ねば残りは自分の物だとかセコい考えを持っていたんだろう。
「執務室の家捜しは一先ず後にして、次に行くか。当主の寝室に行ってパルダス侯爵と対面するか」
「「「「了解です」」」」
外で見張りをしていたシャロと合流し、さらに奥に進んで行くと、武装した兵士が護衛に立っている部屋があった。
「止まれいッ!貴殿らは何用かッ!ここはパルダス侯爵様のご寝室であるッ!」
やたらと気合いの入った老齢の兵士がこちらに向かって一喝する。
あー、あのじいさん見覚えあるわ。
確か前々近衛騎士団の副団長だったバウマン殿だ。
そういやあんたパルダス侯爵の派閥だったな。
「前々近衛騎士団副団長のバウマン殿とお見受けいたします。自分は第三騎士団の団長を務めておりますデューク・コスタルです。この度は第一夫人と侯爵様の弟君の起こした不祥事の捜査にて御家にお邪魔しております」
「なるほど、式典で一度会ったことがあるなコスタル団長。あのひよっこが今や団長か。しかし、当家の不祥事はもちろん責任を持って対処せねばならぬ事案だが、今、主は病に伏してご気分が優れない。あまりお心をお騒がせしたくないのだ」
「まさに、その病の事もあり参りました。ご当主は、毒を盛られていたのです。その事をお伝えに参りました」
「何とッ!貴殿、それは誠か?」
「間違いございません。こちらで実行犯を捕らえております。指示したのは第一夫人、協力したのはフスカ男爵とホリビス伯爵です」
「ぬぬぬ、矢張か!あの女狐め!」
「お心当たりがおありで?」
「あやつは侯爵様が病に倒れてしまわれた後、当家を好き放題に変えてしまったのだ!昔からの忠義の臣を遠ざけて、どこの馬の骨かもわからぬ輩を重用し始めた!」
「その馬の骨の中に実行犯が紛れていました。第一夫人はホリビス伯爵のつてでシャハルザハルの目を雇い入れていたのです」
「何だと!あの暗殺者どもか!」
「奴らは少しずつ毒を盛り、侯爵様のお身体を蝕んでいったのです」
「お食事は毎回毒味をしておったが」
「おそらく執務室の隠し棚にある酒にも仕込まれていたかと」
「あそこを知るのはごく限られた身内のみ、ジナルディ様が…」
バウマン殿は己の顔を手で覆い、苦悶の表情を浮かべた。
「侯爵様の身の回りのものにも今現在毒が仕込まれておるやもしれません。どうか我々の入室の許可を」
「ワシの目もまた、節穴だったか。コスタル団長、中に案内しよう」
バウマン殿は寝室をノックした。




