今なら簀巻きになんかしないよ。精々吊し上げるくらいだよ
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パルダス侯爵邸はすでに近衛によって包囲されていたが、俺が事前に待つよう伝えていたためオーガが守る門より先には進んでいなかった。
「うわぁーあいつあれだけ近衛に囲まれてるのにめちゃくちゃいい笑顔崩してないわー。マジどん引きだわー」
むしろ観客が増えて舞台が整ったみたいな顔してるぞ。
「ご機嫌ですね」
「なんかさっきより楽しそうですね」
シャロとシュライザーも同意見のようだ。
「でっかいなー」
「俺の三倍以上ありそう」
「めちゃくちゃ顔怖いですね」
ちっこい組は初めて見るオーガに田舎から初めて都会に上がってきた村人みたいな顔してるし。
フリックに至っては顔にビビってるし。
「隊長、あれをボコボコにしたんですよね?」
「しかもその後簀巻きにして河に流したんですよね?」
「したな。酔ってたし、若かったから」
「「団長こえー」」
うるさいよちっこい組。
「シャロルさんを侮辱されたんだからしょうがないですよね」
「団長、昔からシャロ姉さんと凄い仲良いですもんね」
「そうだ、うちの可愛い妹を獣扱いしやがったのは許さねぇ」
シャロもウンウン頷いている。
こんな極モフ妹世界中探したって見つからんわ。
「何がきっかけだったんです?」
フリックの質問にシャロは待ってましたと言わんばかりに当時の事を語り始めた。
「最初はあのオーガは新人冒険者としてクルンヴァルトにやって来たのですが、あの体つきですから期待の大型新人と言うことで多少チヤホヤされていました。実際に新人ではあり得ないランクの魔物の討伐を単独で成功したりしてましたし。ただ、そこで調子にのってしまって」
冒険者ギルドではよくあるパターンだ。
種族的な特性でアタッカー能力が高いやつは最初はとにかく目立つ。
何故なら最初はほとんどの新人が戦い慣れしてないからだ。
なので序盤はオーガみたいな奴の独壇場で、パワーでねじ伏せられるから大抵の相手には負けることはない。
だが、周りが戦闘慣れしてCやBランクの中堅冒険者くらいになると、今度は逆にアタッカー能力だけで飛ばしていた奴は伸び悩みはじめる。
パワーだけでは勝てない相手や、パワーでも勝てない相手が出てくるからだ。
しかも周囲との連携も疎かにしていたから、パーティーでの戦闘にも上手く馴染めない。
そこで奮起して一からやり直せればぐんと上がっていくのだが、大半は今まで下に見ていた相手に自分が劣っている事や頭を下げて教えを乞う事をプライドが邪魔して受け入れられず、そのまま無茶な依頼を受けて、運がよければ大怪我をして引退、悪ければ死体で発見される。
もしくは、あいつみたいに非合法ギルドに勧誘されて入るかだ。
「どうも毎晩酒場で酔っぱらって絡みまくっていたらしいんです。私達は彼がギルドに来てからすぐに長期の依頼で一ヶ月半ほど留守にしていました。久しぶりに帰ってきて、依頼達成の打ち上げをしていた私達に知らない顔だなと絡みだしてきて、私にお酌を強要してきました。私は断ったのですが、それが気に入らなかった彼は私の事を下等な獣風情が、と侮辱しました。次の瞬間、彼はギルドの酒場の床に上半身が埋まっていました」
マジかって顔でこっちを見るシュライザー達。
あー、うん、体が勝手に動いたんだよ。
「その横で兄さんが本気で怒っていて、彼を床から引き抜くと意識が朦朧としている相手をマウントでボコボコにして、さらにオーガ族にとって強さの象徴とされている角をナイフで片方をスパッと切り落とし、そのまま彼を蹴り飛ばしながらギルドを出ていき、街の外れの大きな河で、簀巻きににして河の中程に蹴り入れ、飲み直そうかと頭を撫でてくれました」
かっこよかったです、とこちらを見ながら締めくくるシャロ。
そんな目で見られたらお兄ちゃん照れちゃうじゃん。
この美しき兄妹愛のストーリーに、何故かドン引きしているシュライザー達。
「一撃であいつを戦闘不能にしたんですか」
「しかもマウントでボコボコにして」
「あの硬そうな角をナイフでスパッと切り落として」
「蹴り飛ばしながらギルド出たってあの巨体ですよ」
「街外れまでって結構距離があるんじゃ」
「しかも躊躇なく簀巻きにして」
「わざわざ河の真ん中に蹴り落として」
「何事もなかったかのように飲み直そうかって」
「「「「団長こえー!」」」」
「うるさいよ。何度も言うが若気のいたりだよ。今なら簀巻きになんかしないよ。精々吊し上げるくらいだよ」
「「「「団長こえー!!」」」」
解せぬ。シャロを侮辱しても沈めないんだから大分穏和になったと思うんだが。
俺達のやり取りを聞き付けて、マクネス副団長がこちらにやって来た。
「コスタル団長、戻られましたか。第三騎士団は門の封鎖を完了したのですね?」
「お待たせしましたねマクネス副団長。門は全て封鎖しました。後はクズどもをしょっぴくだけです」
「了解しました。では今すぐ作戦開始の狼煙を上げます。コスタル団長はその先陣を切っていただければ」
「分かってます。あのオーガは俺が責任持って倒します」
「よろしくお願いします。では、リリザ、狼煙を上げてくれ」
「分かりましたわ」
近衛騎士団の紅一点で、魔術に長けたエルフ族の近衛騎士であるリリザが、杖を掲げて空に向かって赤い花火のような狼煙を打ち上げた。
それを皮切りに、各地で突撃の雄叫びが聞こえてきた。
「俺も行きますか」
こちらに気づいたオーガが、口が裂けたかなような笑顔を浮かべている。
「コスタル団長、本当に一人で大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよフォーゲル団長。それよりフェルディナント子爵邸の方もお願いします」
「委細承知だ。あちらは副団長補佐のホックを向かわせた」
「流石です」
そうかーあの年配騎士さん見たことあるなーって思ったら副団長補佐だったか。
あの人、隠密系だからか影薄いんだよな。
「団長、お気を付けて」
「またマウントでボコボコにしてやりましょう」
「残りの角も切り落としてやって下さい」
「簀巻きにしちゃだめですよ」
フリック、簀巻きは若気のいたりだって言っただろうが。お前は後で説教だ。
「兄さん、一撃でもいいよ」
「いやいやシャロ、あいつも俺と再戦するためにそれなりに鍛えてきたはずだから多少は相手をしてあげないと」
「兄さん、優しい」
俺はシャロに親指をぐっと上にあげて答えた。
「さて、大分待たせちゃったな」
近衛騎士達の間を通り、俺はオーガの目の前に立った。
目の前に立つとやっぱでけーな。
「えーと、久しぶりだな」
「クックック。ああそうだな、久しぶりだ。ようやくてめえを見つける事が出来たぜ」
非合法ギルドと今回の依頼を出したクソババアに感謝しなくちゃなぁと、満面の笑みだ。
「あの日てめえにボコられて、片角を失い河に沈みかけたあの日から、俺はてめえを殺すためだけに生きてきた」
「もっと他に楽しい生き方あったんじゃないか?」
「クックック、ねぇな。おめぇを殺す以上の楽しみなんかありゃしねぇ」
俺が切り落とした片角を触りながらエキサイトしているオーガの目は、ちょっとキモいくらい充血していてなんか怖い。
「この片角を鏡で見る度にお前に対する殺意が積もっていった。オーガにとって角とは力、自身の心、その全てだ。お前を血祭りにあげる事だけが俺の心を満たしてくれるに違ぇねえ」
「いやー他にもあるかもよ?絵を描いてみるとか料理をしてみるとか」
「クックック、相変わらずふざけた野郎だな」
「えー、そんな事ないと思うけど」
「まあいい。おしゃべりはここまでだ」
金棒を両手持ちに変え、上段に構えたオーガは、フンッ!と気合いを入れた。
その瞬間、黒いオーラが身体から吹き出てきた。
「クックック、てめえを殺すために全てを捨てて非合法ギルドの奴に教えを乞い、俺は強くなった。あの日のようなただ何も考えず金棒振り回すだけのオーガじゃねぇ。おめぇを殺すために俺は『魔』も『技』も取り入れたんだ、よッ!」
振り下ろされた金棒を横っ飛びでかわす。
そこに途中から横凪ぎに移行した金棒が追撃してくる。
今度は上半身を屈めて避け、そのまま後ろに飛んで距離をとる。
「なるほど」
確かにきちんとした『型』をもとにした動きだった。
「じゃあ多少はマジにならないとな」
俺は剣を抜いて上段に構える。
「ふん、ようやくやる気になりやがったか、よッ!」
オーラの力もあって怒涛の連続攻撃で俺の身長くらいありそうな金棒をまるで小枝かのように軽やかに扱うオーガ。
なるほどなるほど、金棒は扱った事がないからんわからんが、メイスと似たような物として見ると、その技術は中々のものだ。
まだまだ筋肉にモノをいわせている感はあるが、ここまで鍛えあげるには中々の時間がかかったはずだ。
だが、惜しいなぁ。
「よっと」
「ふぬッ!」
俺は金棒をさばいて方向をずらし、オーガの身体に揺さぶりをかける。
時に相手の棒速を落として力を吹かしてしまうように、逆に棒速を上げながら捌き、相手の腕を泳がして。
こいつの技術は大したものだが、相手が技術も速さも一回り上だと通用しない。金棒という見慣れない武器だから最初は間合いも取りづらいが、目が慣れればうちの騎士団なら何人かは今みたいな捌きが出来るようになる。
「フッ!グッ!、このッ!ぬガァッ!」
「ほい、ほい、ほい、ほいっと」
騎士団で鍛えればかなりの実力派になったろうが、所詮非合法ギルド、こいつのようなタイプを極限まで鍛えられるような優秀な師がいなかったのだろう。
「グクッ!チィッ!」
大きく身体を泳がせたオーガが距離をとろうと後ろに下がろうとする。
それ、待ってました。
剣を納めた俺は身体の芯がずれた体勢になったオーガに瞬時に間合いを詰めて、体重が後ろにかかった瞬間に相手の足を払い上げながら腰を掴み、そのまま地面にむけて後頭部から投げ落とした。
「グフッ!」
石畳を割る勢いで地面に叩きつけられたオーガは、一声上げて白目をむき、頭から血を流して、そのまま沈黙した。
「うん、言うだけはあったけど、まだまだだったな」
俺はパンパンと手を払いながら、フォーゲル団長に頼んでおいた特製の手錠をもらおうとオーガに背を向けた。
すると、唐突に後ろから笑い声が上がった。
「グアッハッハッハッハァ!そうだよ!そうこなくちゃなあ!」
振り返ると、何か頭の打ち所が悪かったのか逆さまの状態のままそうだそうだと繰り返していたが、そうだ節に満足したのかオーガはようやく立ち上がった。
「おお、頑丈だな。殺さないよう手加減したとはいえそれなりに勢いよく叩きつけたんだが」
「クックック、そうだよなぁてめえがあれしきで殺れるなんてないよなぁやっぱりなぁ」
俺の話を聞いているのかいないのか、オーガはブツブツ言いながら片角を触っている。
「あー、もういいや。トドメさそう」
「トドメ?トドメねぇ、クックック、出来たらなぁッ!」
オーガは身体全体に力を込めると、叫び声を上げながらオーラを吹き出した。
その色は黒と濃い赤が混ざった、リグリエッタのオーラの色とよく似た汚いオーラだった。リグリエッタが赤主体だったのに対し、オーガは黒主体、みたいな。
「またこのパターンかよ」
リグリエッタと同じでまずボコらないと出せないのかその小汚ないオーラは。
「こいつを出して、生き残った奴ぁいねえ!てめえはやっぱり全力を出した上で殺してやらないとなぁ!」
オーガが金棒を力任せに門に叩きつけると、門とそこに繋がる庭壁まで破壊された。
近衛騎士達が壁から離れ、大きく後退する。
「オラァッ!」
金棒をさらに地面に叩きつけるとオーガを中心に周りの地面が大きくくぼんだ。
「やっぱり最後は力だ!てめえもこの力の前に沈むんだよ!」
先ほどとはうって代わって小汚ないオーラで増強されたパワーで辺りを破壊しまくっている。
「死ねぇッ!」
斜めに振り下ろされた金棒を剣で捌くが、パワーに耐えきれず俺の騎士剣が砕け折れた。
「あっちゃー。やっちゃった」
支給品もタダじゃないんだぞ。弁償しろこんちくしょー。
「ハッハッハァ!これでてめぇも身を守る術を失ったなぁ。このままてめえを血祭りにあげて、てめえの死体をあのくそ生意気で下等な獣女の前で腸引きずりだして」
カアンッ!
「なッ!」
俺は振り下ろされた金棒を横に避けながら殴りつけてひん曲げ、オーガの手から撥ね飛ばした。
「うちの可愛い妹を二度も下等な獣の扱いしやがったなごらァッ!!!」
「ブグヒッ!」
俺はオーガ野郎のどてっ腹に強烈なブローを入れて、顔が下がったところに顔面にガチストレートを振り抜き、屋敷の入り口まで吹き飛ばす。
「あぁん?!このくそ野郎!一度ならず二度までもうちの極モフ妹を馬鹿にしてくれやがったなクソがぁ!」
オーガが落とした金棒を拾い、入り口の扉に突っ込んだオーガの元まで歩いていく。
「グ、グゥ、ぎ、ぎざま、ごの」
「口閉じてろこの雑魚オーガが!」
ドゴッ!バコッ!ドゴッ!バコッ!ドゴッ!バコッ!
金棒でオーガを滅多打ちにしていく。
最初こそなんか口にしていたが、途中から何も言わずに身体を痙攣するだけになったので、俺は金棒を投げ捨て、オーガの頭に生えた残りの角もナイフでスパッと切り落とし、足で踏み潰して粉々にした。
「お前、二度と陽の光を浴びれると思うなよ。一生牢屋にぶちこんでやるからなぁ!今この場で殺されないだけでもありがたいと思えや!」
オーガは完全に気を失い、返事をする事はなかった。