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第四王女は脳筋です

クーデリカの年齢を第四王女の二つ下から四つ下に変更しました。


 今でこそ五年近く戦争を続けていたユールディン帝国とラグラント王国だが、両国は歴史上常に敵対してきたわけではなく、実はどちらかと言えば同盟期間の方が長い。


 千年前、西バーランディア大陸はかつてはまだ王国だったユールディンを含む様々な種族が住んでいる中小国家群と、人族中心のパムルゲン神聖王国が二分していた。


 しかしパムルゲンの推し進める普人族至上主義によって国境の接している中小国家は度重なる侵略にあっていた。


 そのため中小国家群はパムルゲンに対抗すべく一番国力の高かったユールディンを中心としてユールディン帝国を建国。


 その後すぐに当時同じ理由でパムルゲンと敵対していた東バーランディア大陸の雄、ラグラント王国と同盟を組んでパムルゲン神聖王国を挟撃して滅ぼした。


 その後も同盟は維持され、三百年くらいは仲もかなり良好だったようだ。


 両国間で積極的に婚姻政策がとられ、どちらの王公貴族にも必ず両国の血縁にたどり着くくらいには。


 そんな両国の風向きが変わり出したのがユールディンの第十六代皇帝を巡るお家騒動。


 三つ巴の皇帝候補にそれぞれの候補をそれぞれの思惑によって推すラグラントの王公貴族。


 結局新皇帝は武力衝突による泥沼化の末に、国内外に後ろ楯がいなかったが為にお家騒動とまったく関わっていなかった末端皇家の嫡男が即位することに。


 新皇帝はここまでお家騒動が長引いたのはラグラントが裏で糸を引いていたからだと非難し、同盟を破棄してしまった。


 ラグラント側は確かに長期化の一因はこちらにもあるが同盟破棄はやりすぎだと反発。


 帝国内でも同盟破棄を非難する声が上がり、親ラグラント派と反ラグラント派として意見が真っ二つに別れてしまう。


 新皇帝はこれに激怒し、親ラグラント派を弾圧。


 さらにラグラント人が帝国内の治安を乱しているとして帝国内のラグラント人を国外追放してしまう。


 その際に反抗した者を処刑する等かなり強引に推し進めたためラグラント王国がこれを強く非難。


 ユールディンは自国の法に則って処置をしたと返答したが、この法は敵対国家に対するそれではないかとさらにラグラント王国は非難を強くしていく。


 しかし、新皇帝はそれらを全てはね除けてしまい、それどころかそこまで言うなら武力にて決着を着けるべしとラグラント王国に宣戦布告。


 そこまでされて黙っていられるかとラグラントも受けてたつ。


 旧パムルゲン神聖王国首都ライ・パムル跡地近くの平原にて両国は激突。


 決着のつかぬまま十年近く戦った末に停戦したが、両国の溝はちょっとやそっとでは埋めきれないほど深くなり、完全に袂を別ってしまった。


 それからさらに二百年ほど過ぎた頃、ユールディンで疫病による大規模な飢饉が発生。


 帝国内だけでは食糧が足りず、西の海を隔てた先にあるテルージュ大陸の海洋国家ルパシャから小麦等を輸入するも高額な上に時間がかかるし量も足りない。


 第三十代皇帝は悩んだ末にラグラントとの国交回復を決断。


 両国を行き来していた商人達経由でラグラント内で最もユールディンに色濃いルーツを持つリンクス公爵家に密かに連絡をとり、国交回復の助力をと頼った。


 公爵家は内部で意見が真っ二つに割れたが、先々代の第三妃だったエリーゼ夫人が『先祖の悲願だったユールディンへの帰国を果たしてあげたい』と賛成を表明したため、おばあちゃん子だったらしい当時の公爵はユールディンとの国交回復に尽力。


 結果、ユールディンとラグラントの間に通商条約が締結。


 さらにリンクス公爵家と最も血筋が近かった、ユールディン皇家の一つであるカートゥン家の第四妃とリンクス公爵家嫡男との婚約が発表され、以後も定期的に両国間での婚姻が行われることになった。


 こうして国交回復と婚姻政策も復活したが、やはり以前ほど活発に行われていたわけではなかったし、たまに緊張が走る時期もあった。


 それでも両国が適度な距離感を保ち、敵対することなく近年まできていたのは婚姻政策を中心としていたのは確かだった。


 何故ここまで婚姻政策が重く見られるかと言えば、両国は獣人が国民の多数を占めているからに他ならない。


 ラグラントは獣人四割、普人四割、その他二割。

 ユールディンは獣人七割、普人二割、その他一割。


 獣人は血の結びつきを他人種より強く重要視する考えを持っているからこそ婚姻政策は両国にとって必須だった。


 それが崩れたのが、五年前。


 ユールディンの第一皇子とラグラントの第四王女との婚約が破綻したのがきっかけで両国は再び戦争へと踏み出してしまった。


 破綻した原因は、第四王女だった。


 第四王女のリグリエッタ姫は、良く言えばお転婆、普通に言えば脳筋、悪く言えば筋肉馬鹿だった。


 王女でありながら幼少の頃から好んでいた騎士物語への憧れから剣術を好み、よく騎士団にせがんでは稽古をつけてもらっていた。


 騎士団は怪我をさせたくないから剣術稽古はやりたくないってのが本音だったが、つけなければつけないでリグリエッタ姫と親バカ国王から怒りを買うし、怪我をさせればやはり親バカ国王から激怒されてしまう。


 ちなみに専属の教師をつけたらどうかという案は騎士団が良いと言う本人によって却下されてしまった。


 もうどうせ怒られるなら極力怪我をさせずに稽古をつけた方が被害が少ないと、役職が高かったり剣の腕がたつ者によって稽古をつけた結果、それなりに才能があったらしく、一対一ならそこらの近衛兵よりも強くなってしまった。


 さらに厄介な事に、その事がリグリエッタ姫の騎士への憧れを助長させて、騎士団の遠征等に無理矢理ついてきて自分も騎士団の一員であるかのような振る舞いまでし出してしまった。


 流石にこれは不味いと騎士団総出で国王に嘆願し、どうにかしてくださいと頼み込んだら、その結果何故か第三騎士団に正式に入団してしまった。


 正式に憧れの騎士になれた事に歓喜するリグリエッタ姫に対して、今後起こるであろう厄介事を想像しながら俺達第三騎士団は団長から従兵まで全員が死んだ魚のような目をして感情が一切籠っていない歓迎の言葉を発しなければならなかった。

 

 しかしそんな俺達にも希望はあった。

 

 騎士団で己の理想の騎士像を周囲に強要しては和を乱しまくっていたリグリエッタ姫もついにお年頃となり、生まれた時から決まっていたユールディンの第一皇子との結婚が迫っていた。


 結婚すればユールディンに輿入れするのだから晴れて第三騎士団は寿退団。


 俺達はリグリエッタ姫の面倒をみるのも後一年だと励まし合いながらその日を心待にしていた。


 それが、叶わぬ未来だとも知らずに。


 結婚するにあたり顔合わせを目的とした会談がユールディンにて開かれた。


 両国のトップの挨拶はそれなりに和やかに始まり、今回の会談もつつがなく終わるであろうと会談に出席していた両国の人々は思っていたに違いない、たった一人を除いて。


 婚約者同士の挨拶の段になり、ユールディンの第一皇子はリグリエッタ姫を美辞麗句で褒め称え、お会いできて嬉しいと柔らかな笑みをリグリエッタ姫に贈ったのに対し、リグリエッタ姫がしかめっ面で発した最初の一言は会談内容全てを破壊するものだった。


『なんなんだ貴方のその貧弱な身体つきは?私は自分より弱い男と夫婦になるつもりはない!』


 ユールディンの第一皇子は内政手腕に長けた文官肌で、現皇家特有の白い鳥系獣人(俺がキーランを皇子と思わなかったのもこれが原因)なので確かに見た目は色白だが健康には問題なく、次期皇帝としての器は確かなものだと帝国内での評価は高かった。


 そもそも一国の主には個人の武力は必須ではないし、国と国とを繋げるための政略結婚なのだからリグリエッタ姫に拒否権や選択肢は存在しないはずなのだが、彼女は頑として聞き入れなかった。


 父であるラグラント国王、ガーランド王も彼女を諭そうとしたが、元々末っ子可愛がりで甘やかしに甘やかしていたため強く言えず、挙げ句の果てには第一皇子が身体を鍛えてリグリエッタ姫に相応しい男になれば良いではないかとのたまい出す始末。


 ラグラントの家臣団総出で国王と第四王女を会談の間から撤収させ、国王の実弟であるリンクス公爵とユールディン皇家から先王に嫁いだ実母のエレンディラ妃がユールディン側に謝罪、ユールディン側はこれを受け入れた。


 ただし第一皇子と第四王女との結婚については待ったがかかり、別の女性はいないのかと婚約破棄を前提とした打診を受け、ラグラント史上最悪の会談は終了した。


 会談から急ぎ帰ってきたリンクス公爵は頭を抱えた。


 国王の第四王女の猫可愛がりは理解していたつもりだったが、まさかあそこまで酷いとは想像していなかったとエレンディラ妃にこぼすと、エレンディラ妃も母として祖母として二人には何度か苦言を呈したがあまり効果がなかったと溜め息をつき、教育自体は姉達と変わらない内容だったにも関わらず何故あそこまで王家としての自覚に乏しい王女に育ってしまったのかと嘆いたという。


 しかしユールディンの要望通り代わりの女性をたてようにも誰でも良い訳にはいかない。


 姉妹である第一から第三王女は歳が離れていたしそもそも全員既婚。


 他の王族だとやはり第四王女より格が落ちる上にやや歳が離れている。一番近いリゴル公爵家の長女ですら第一皇子とは十歳近く違う。


 リンクス公爵と家臣団は悩んだ末にリラシア辺境伯の長女、クーデリカ様を王の養子として迎え入れてはという案を採択。


 年齢は第四王女の四つ下と問題ない範囲だし母であるリラシア辺境伯の第一夫人は先々代国王の第三妃の孫で血筋的にもギリギリ皇族だから養子になるのは問題はないし、さらに遡ればユールディンの現皇帝を輩出した皇家の血を受け継いでいるため先方への印象も良い。


 クーデリカ様本人も第四王女とは違い、牛系獣人に多い温厚で落ち着きのある物腰のおっとりしたタイプだ。


 さりとて言うべき時にはハッキリと言う芯の強さも持っており、さらに母親譲りの整った容姿とスタイルをあわせ持った、ラグラント貴族内でも我が家のお嫁さんに欲しいとの声が引きも切らない魅力的なお嬢様だ。


 辺境伯家ならば幼い頃からすでに許嫁がいるのも珍しくないのだがリラシア辺境伯家は昔から本人の自由意志を尊重する家風を持っており、クーデリカ様は決まった相手がいなかったのも後押しした。


 リンクス公爵はすぐさまリラシア辺境伯へ連絡をとり、自ら出向いてクーデリカ様がまだ誰とも婚約していないのを確実に確認した上で今回の会談のあらましと、養子の件を辺境伯へと伝えた。


 ちなみにリラシア辺境伯はうちの寄り親で、俺もクーデリカ様とは冒険者になる前は親父に連れられて出ていた貴族の寄り合いでよく顔を合わせていた。


 当時はリラシア辺境伯の寄り子の子ども達の中で俺とシャロが年長組で、寄り合いの度にちびっこ達の面倒を見ていたのだが、幼少の頃から物怖じしない性格だったクーデリカ様もその中に混じって一緒に遊んでいた。


 なのでリンクス公爵はリラシア辺境伯やクーデリカ様と顔馴染みの俺を護衛に指名して少しでも場の雰囲気を和らげ印象をよくする狙いがあったようだ。


 当時は内容が内容だけにあまり意味がないようにも思えたが。


 案の定リラシア辺境伯は目の前で頭を下げる公爵に困惑しっぱなしだったし。


 しかしなんとか飲み込んでクーデリカ様を呼び出して事のあらましを話すと、国のためならば喜んでこの身を捧げますと即答。


 思いきりの良さに話を持ってきた張本人のリンクス公爵が思わず本当に良いのかと尋ねると、それで両国の和が保たれるならば是非もありませんと返答した。


 姪っ子に聞かせてやりたいものだとため息を吐きながらも事が上手く運んだと安堵していたリンクス公爵に、早馬の知らせが届いた。

 何事かと訝しむ公爵に、臨検した俺の目から見てもおそらく一時も休まずきたのであろうとわかるくらい汗だくの急使から最悪の報告が届けられた。

 

 リグリエッタ姫が第一皇子に傷を負わせた、と。

 




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