えー何か凄い出ていきにくい空気になってるぞー
とりあえず目的の一つは無事達成できたと胸を撫で下ろしながらギルドの受付に繋がる扉を開けようとしたら、扉の向こう側からなんか熱のこもった声が聞こえてきた。
「そこで颯爽と現れたのがSランクパーティーの『黒猫』こと『貴黒の猫毛』!パーティー全員がSランクの正真正銘のトップパーティー!彼らが来た瞬間形勢は一期に逆転して、ダイオウリクガニとナノワイバーンの群れは瞬く間に討伐され、私達は九死に一生を得たの!」
「あの空を埋め尽くすナノワイバーンを前に、新人だらけの四パーティーが誰一人死なずに済んだのは、黒猫のおかげだった。エルフの魔術師は凄まじい広域魔術でナノワイバーンをバッタバッタと落としまくり、それでも落としきれずに魔術から抜けたナノワイバーンをシーフはまさに風のようなスピードで切り落としていた」
「ナノワイバーンから私達に標的を変えたダイオウリクガニを前に、剣士は何も臆することなく歩いて近づいていったわ。怒ったダイオウリクガニがその馬より大きなハサミを繰り出したにもかかわらず、剣士はただ軽く剣を振ったようにしか見えなかったのに、ハサミは切り飛ばされ宙を舞ったの。慌てたダイオウリクガニが残ったハサミを振り上げようとした瞬間、ダイオウリクガニは真っ二つになって息絶えたわ!私達があれだけ魔術や武器で攻撃したのに傷一つつかなかったダイオウリクガニがよ!」
「私達は傷だらけでただへたりこんで眺めてるしか出来なかった。その間も神官は広範囲の神域魔術で私達が余波で怪我をしないようずっと守ってくれていた。私達全員に治癒の光を当てながらだ。どちらか一つでも普通の神官なら複数で行わなければならない高等魔術だ」
「剣士がダイオウリクガニを討伐したのと同時くらいに魔術師とシーフもナノワイバーンを全て討伐し終わったの。泣きながらお礼を言う私達に黒猫の皆様は傷薬までわけてくれて、ダイオウリクガニは貰っていくからナノワイバーンは好きにして良いと言い残してその場を去って行ったわ」
「私達は装備もボロボロで依頼も失敗したから大赤字で明日の宿代すら出せるか怪しかった。あの時ナノワイバーンを持ち帰れなかったらもしかしたら借金奴隷になっていたかもしれない。四パーティー全員が泣きながら彼らの姿が見えなくなるまでお礼を言い続けた」
「こうして何とか生き残れた私達は、来る途中に一泊した村でまた一晩休ませてもらって、無事にクルンヴァルトに戻ってきたの。彼らにあらためてお礼を言おうと思って冒険者ギルドに行ったら何故かギルドの中に二日酔いで倒れている人達が山のようにいて、驚いた私達は何があったかギルド職員に尋ねたわ。そしたら黒猫と灰色の牙が昨日解散して、お別れパーティーだっていって一晩中ギルドの酒場で飲み明かしたって聞かされたの」
「何で解散したんだとギルド職員に詰めよったら、灰色の牙も黒猫もパーティーリーダーが家庭の事情で故郷に帰る事になって、残りのメンバーも他のパーティーと組む気はないからって解散になったと伝えられた。私達はショックを受けてまた泣いた。ナノワイバーンを買い取りしてもらいながらまた泣き続けた」
「泣き終えた私達はいつかまた会えたらあらためてお礼を言おう、そう誓って冒険者を続ける事にしたの。立派な冒険者になって、あの時の恩を返すんだってね。でも、私達は中堅の域を超えられなかったわ。クルンヴァルト支部は世界最高クラスで、その中では私達なんてごくごく普通の一パーティー。胸を張れるような立派な冒険者にはなれなかったの」
「そんな時、ギルド長からラグラントで冒険者が足りていないから行ってみないか?と誘われた。クルンヴァルトでは依頼を受けるのも競争になるほど沢山のパーティーがいて、稼ぐ金額も悪いものじゃなかったけど、今以上は望めないのは分かっていた。ラグラントは騎士団が優秀だし魔物も少なかったから今まで治安は良かったけど、最近は戦続きで国内の治安が乱れてきたから冒険者への依頼が増えた。私達は普段の行いが良いから安心して推薦できると言われた」
「私達は一晩悩んでから行きますと返事をしたの。今より稼げるのももちろんだけど、私達を必要としてくれる支部で頑張った方が今よりきっと目指したあの日の彼らに近づけるんじゃないかって思ったから」
「困っている人のために依頼を沢山受ければ、強さは足りなくても今の自分達が誇れるような冒険者になれる、そう思って今日までやってきたんだけど……」
「「まさか、その大恩人に杖を向けてしまったなんて……」」
「や、その、フルプレートメイルで顔も隠してたから、それは分からなくてもしょうがないだろうし、ほら、そんなに気落ちしないで。僕からもコスタル団長にとりなすからさ、うん」
扉越しに聞こえるフリッツのフォロー。
すまんフリッツ。
そしてフリッツのフォロー空しく泣き出した二人を冒険者総出で慰める声が聞こえてきた。
えー何か凄い出ていきにくい空気になってるぞー。
まさかあいつらがあの時の新人パーティーの一つだとは気づかなかった。
あの日俺達はただお別れパーティーの食材をゲットしに行っただけなんだよぶっちゃけカニが手に入れたかっただけなんだよ傷薬も最近使う事がなかったから消費期限がギリギリでちょうどいいやとあげただけなんだよそんな人生の道しるべみたいな立ち位置狙ったわけじゃないんだよ喧嘩吹っ掛けられたのもこっちが力ずくでわからせた方が早いからと煽ったとこあるからむしろ謝るのはこっち側なんだよあああーーー超気まずいぃー!
「兄さん、私、ちょっと胸が痛い」
「奇遇だなシャロ。お兄ちゃんもだ」
「しょうがねーよ。お前らが悪い」
おおいそこは何とかフォローしようぜギルド長さん。
「お前ら俺の命を助けてくれた時だって貸し一つとしか言わず、こっちが入院してろくな礼も出来ずにいたのに黙ってクルンヴァルトを去ったじゃねーか。俺はあいつらの気持ちが凄くよくわかるぞ」
俺達はゴーマットの非難の視線からフイッと顔を反らした。
「しかし今あの空気の中何も知らないふりして入っていくのは勇気がいるぞ」
「別に知らないふりする必要ないだろ?」
「気まずい」
「過去と現在のお前らがしでかした事だ、諦めて受け入れろ」
「いやもういっそ裏口から……あ、しまった」
「しまったね」
「シュライザー忘れてた」
「うっかりうっかり」
しまったしまった裏口を固めていたシュライザー君の存在を忘れていたぞ。これはしょうがないすぐに迎えにいってやらないと。
「ゴーマット、裏口どこ」
「お前らな」
「俺の部下に裏口を固めるよう指示してある。ここに来てから大分時間もたったから心配しているだろう」
「そのまま合流して次の目的地に向かおうそうしよう」
「あ、ゴーマット、フリッツにはそのままユールディンから連絡あるまでギルドで待機しとけって伝えといてくれ」
「最低だなお前ら!」
プンスカしながらも裏口まで案内してくれたゴーマットに礼を言って、暇そうにしていたシュライザーと無事合流した俺達は冒険者ギルドを後にした。
目指すはホリビス伯爵家だ。
side ミッド&リッツ
西門にたどり着いたミッドは馬を降りて衛兵達に近づいていった。
「そこで止まれ」
言われた通り足を止めたミッドに、口ひげを生やした年輩の衛兵が詰問口調で質問する。
「貴様、このような夜分に何の用でやってきたのだ」
「衛兵様、お仕事ご苦労様です。私はさる高貴な方の使いでして、緊急の報告があったのでこのような時間にお伺いいたしました。『時は金より重く、飛竜より速い』ものでございますれば」
「そうか。その高貴な方も貴様が持ってきた報告を『ミスリルより貴重』であると認めて下されば良いがな。まあいい、おい、門を開けろ」
お互いが事前に決められた符丁を口に出して確認し、衛兵は門を開けるよう指示を出した。
ミッドは馬の手綱を引いて歩いて門を潜り、先ほどの衛兵に懐から取り出した皮袋を手渡した。
「こちらは夜分にお手間を取らせてしまったお礼でございます」
「ふむ、まだ夜は長い。あまり音をたてずに進むがよい」
「承知いたしました」
「ああ、そうだ、その馬の荷袋なんだがな」
ミッドは内心ドキリとしながら、表情には一切出さずになんでしょうかと衛兵の言葉の続きを待った。
「音が出るような物は入っていないよな。例えば鎧とかな」
「はっはっは、私はしがない使い走り。鎧なんて重いものを持ったまま移動なんてしやしませんよ。この中身は野宿用の粗末な毛布やら服やら食料です」
「そうか、ならいい。この先は貴族街だ。夜間に鎧がガチャガチャと音を立てるだけで無礼であると捕まる事もある。充分に注意していけ」
「ご忠告、ありがとうございます。なるべく音をたてないよう、細心の注意を払います」
「うむ。では気をつけてな」
「ありがとうございます。失礼いたします」
衛兵と別れたミッドは、彼らの姿が完全に見えなくなる場所まで進んでから、ふぅ、とため息をついた。
「もう出てきても大丈夫だ、リザードマンの旦那」
「ああ、了解」
荷袋の紐をほどいたミッドの声に返事をして、リッツはもぞもぞと袋から顔を出した。
「ちょっとヒヤッとしたね」
「違いないな」
「さて、パルダス侯爵家までは手筈通り僕は君と距離をおいてついていく。君がパルダス侯爵家の中に入ったら、僕も潜入して外から君を追いかける。報告はおそらく一階の一番奥、当主の執務室だろう。そこで君は報酬を受け取り、すぐさま館を後にする。君が館を無事に出るのを確認したら僕もすぐに追いかける。合流場所はここで」
「了解だ、旦那」
「館に近づいたら絶対に僕の事は気にかけないように。不用意に外を見たりしただけで相手が不信感を持つ可能性もある」
「旦那はいないもんだと思って行動するよ」
「それがいい。じゃ、時間も惜しいから早速潜入任務を始めるとしようか」
そう言うとリッツはスゥ、と己の体色を変化させ暗闇に紛れた。
ミッドは初めて目の前で見た体色変化の技能に内心驚きつつ、パルダス侯爵家へと足を向けた。
パルダス侯爵家は貴族街でも王城近くに居を構える大貴族だ。
その館は勿論大きく、ミッドが今まで仕事を請け負った相手の中でも一、二を争う。
ミッドは裏門へ周り、門番とまた符丁のやり取りをして、無事中へと通された。
時間が時間のため、執務室で待たされる事三十分、パルダス侯爵第一夫人が眠そうな顔でやってきた。
どうやら長男は来ないらしい。
若い頃はさぞモテたであろう美貌も、老いによる衰えは隠せずさらに夜分という事もあって日中ほどの厚化粧をする暇もなかったため、灯りに照らされたその顔には小じわがよく目立った。
「それで、このような時間にやってきたと言うことは、ジナルディが動いた、ということよね?」
ジナルディとは、フスカ男爵のファーストネームだ。
「はい、奥様。フスカ男爵閣下はシャハルザハルの目を使い無事目標を消す事に成功いたしました」
「ああ!流石ねぇジナルディ。これで残りは……ふふ、あらいけない。嬉しかったからついはしたない所を見せてしまったわね」
「今回の相手は音に聞こえた武勇の相手、これを喜ばずにおられるお方がおりましょうや」
「ふふ、監視役はおべっかも手慣れたものなのね。ハルマー、報酬を」
部屋のすみに控えていた若い執事が銀の盆に皮袋を乗せてミッドの目の前に差し出した。
「喜んで頂戴いたします」
ミッドは皮袋を受け取ると、ずっしりとした重みを感じながら懐へと納めた。
「それでは、失礼いたします」
「ねぇ、あなた」
振り返って出ていこうとしたミッドの背中越しに、第一夫人から声がかかる。何の用があるんだと内心びくつきながらも表に出さず、ミッドはなんとか震えずに声を出すことが出来た。
「はい。まだ何か?」
「私と専属契約をしない?報酬は弾むわよ?」
「お声をかけて頂いた事、大変ありがたく思います。ですが申し訳ありません。私は奥様が思ってらっしゃるほど有能ではございません。一度や二度なら問題なくとも同じ場所で長期間続けて仕事を行うと、私の存在が周囲にバレるのは間違いございません。私の能力は、その程度のモノです」
「そうなの?とてもそうとは思えないけど。まあいいわ、非合法ギルドとはこれからも仲良くしていきたいから」
「ありがとうございます。それではあらためて、失礼いたします」
ミッドは内心ビビらせんじゃねーよババアと思いながら執務室を後にした。
案内役のメイドの後ろについて裏口に向かい歩いていると、途中大きな影に遮られた。
「よう、監視役。結果はどうだった?」
腹の底に響くような獰猛な声に、ミッドは思わずこぶしをキュッと握る。
完全に怯えてしまい声も出せないメイドに、ここからは一人で大丈夫だからとこの場から逃がしてやり、ミッドは身の丈が己の倍近い鬼と正面から対峙した。
「無事、事は進んだよ。あんたの出番はないだろうな」
「ほ~~~う、そいつぁ楽な仕事になっちまったなぁ」
半ばで切られた片角を触りながら、オーガは可笑しそうに笑い、ミッドを見透かすかのように見下ろした。
「なんてなぁ、嘘つくんじゃねぇ。アイツがあんな間抜けどもに殺られるわけねぇ」
オーガは片角を触っていた手を下ろし、そのまま人差し指でミッドの胸をトントンと叩いた。
「お前がどんな理由で心変わりしたかは興味がねぇ。依頼も知ったことか。俺は、アイツを、この手で殺れりゃあ、それでいい。お前が生きてここに来たってことは、アイツもここに来るって事だ。そうだろ?」
「あんたがそう思うのは自由だ。あんたを動かすにはドラゴン殺しでも引っ張って来ないと無理だろうしな」
「はっはっはっはぁ、ああそうだよ、それくらいの奴じゃないとなぁ」
オーガは再び片角を触りながら、ミッドが歩いてきた廊下の先へと姿を消した。
ミッドは額から落ちる汗を拭うと、何事もなかったように歩きだし、無事裏口から外へと出る事に成功したのだった。




