女神様、降臨
カウリエンは豊穣の女神らしく、汚れ1つない真っ白な生地に見事な金の刺繍が施されている服の下に隠しきれない巨乳がババーンて感じに自己主張をしているボンキュッボンな抜群のスタイルをしている。
女性なら誰もが羨むようなキラキラと光輝く金髪さらさらロングヘアーに、物凄く整った顔立ちに柔和な笑みを浮かべた絶世の美女神だ。
出会って最初の頃はそのあまりの美貌と神々しさに思わず見惚れてしまったものだが、口を半開きにして見入っているキーランを見て俺もこんな顔してたのかなとちょっと懐かしい気持ちになる。
今では慣れすぎて近所のお姉さん的な立ち位置になっているが。
そんな俺の思考を知ってか知らずかカウリエンは俺達の少し前方にゆっくりと降り立ち、こちらと目が合うとうニッコリと慈愛の微笑みを浮かべた。
キーランは直接会うのは初めてだからわからないだろうが、付き合いの長い俺にはアイコンタクトだけでカウリエンがかなり頑張って表情を作っているのが理解できた。
アイコンタクトでその調子ですよと送ると、カウリエンから頑張る~!と返ってくる。
いやほんと頼みますよ。
「ラグラント王国第三騎士団団長デューク・コスタル、ユールディン帝国第二皇子キーラン・ルフ・ユールディン。私の神託に応えてくれた事、感謝します」
「は、勿体なきお言葉をいただきありがとうございます」
「私のような者に御神託をいただき、恐悦至極に存じます」
カウリエンは笑顔からキリッとした表情になり、先程より真剣な口調で何故自身が降臨したかを話し始めた。
「先の神託でも伝えましたが、私は此度の戦を憂いております。ラグラント王国は昨夏の大洪水で、ユールディン帝国は長く続いた疫病で、それぞれ大きな痛手を負っているはず。にも関わらず何故貴方達はかようにも無益な血を流し、少なくない食糧を消費し、民草を困窮に向かい先導しているのですか。私は私の善良なる信徒達が餓えに喘ぐ未来を見たくはありません」
凄い女神っぽい表情とセリフに、『おお、女神っぽい!』と思わず感動してしまった。
カウリエンから『女神だもんっ!』と返された。すんません。
「は、誠に仰る通りにございます」
「反論の余地もございません」
申し訳ございませんと同時に頭を下げた俺達に対し、カウリエンは両手を差し出すよう指示した。
カウリエンは麦を二房摘むと、俺達の広げた両手のひらの上に一房づつ乗せて再び慈愛の微笑みを浮かべた。
「この麦は病に強く、また厳しい環境でも逞しく育つうえに一房に実る種の数も多く、さらに生育が早いため春に蒔けば夏の終わりに、秋に蒔けば春の始めには収穫が可能な種です。貴方達は即刻戦をやめてこの麦を自国に持ち帰り、生産数を増やして各々の疲弊した国土を癒すのです」
「は、カウリエン様の仰る通りに」
「ユールディンとラグラントの和睦、この麦に誓いまして必ずや」
「期待していますよ、英雄達よ」
カウリエンは右手を頭上に掲げると、降臨時より強い癒しの光で辺りを照らした。
その眩しさに思わず目をつむり、開けた時にはカウリエンは忽然とその姿を消していた。
周囲を見ると、ユールディンとラグラントの両陣営をすっぽり納める範囲まで麦が広がっており、膝まずいて祈りを捧げていた両軍の兵士達は、あたり一面の麦に敵味方関係なく歓声をあげている。
俺はキーランと目を見合わせて、笑いながら握手をかわした。
「デューク・コスタル騎士団長殿、我が国は貴国と和睦を申し入れたい」
「キーラン・ルフ・ユールディン皇子殿、喜んで受け入れましょう」
俺達は、こうして当初の計画通りに和睦に向けて動き出したのだった。
§
『あ~、疲れた~。やっぱりお家が一番だよ~』
「…………」
麦を両軍の兵士達が刈り入れているのをキーランとともにお茶を飲みながら眺めていたら、頭の中に先ほどまでとはうって変わって気の抜けた口調をしたカウリエンの声が響いてきた。
こら、さっきまでの余韻を返せ。
初めてってくらい女神してるなぁーって感心してたのに。
『カウリエン様、今回は誠にありがとうございました。お陰で和睦も上手くいきそうです』
『えへへ、他ならぬデュー君の頼みだったし。そう言ってもらえると私も頑張った甲斐があったな~って思うよ~』
『このお礼は和睦締結後に必ずやお返しいたします』
『う~ん、なら久しぶりに私の所に会いに来て欲しいな~。一緒にお茶しよ~』
『わかりました、ラグラントで一番と噂の店の甘味を携え参らせていただきます』
『絶対だよ~』
カウリエンからの声が途切れると同時に、キーランがこちらに話しかけてきた。
カウリエンと会っていた時はペタンとなっていた、東バーランディア大陸の北方に多い灰色の狼系獣人特有の灰色の耳は今はピンとたっている。
「今、もしかして神託を受けていたのか?」
「よくわかったな?」
「会話をしていないタイミングで表情がころころ変わったからな」
「マジか、今度から気を付けよう」
「そんな頻繁に神託ってくるものなのか?」
「俺、一応使徒だし。加護とかないけど」
「そこが不思議なんだがなぁ。で、カウリエン様はなんと?」
「神託といっても普段からそんな重要な内容を話してるわけじゃないしな。今回もカウリエン様に今回の神託のお礼にお茶に誘われたってだけなんだが」
「女神様とお茶ってお前」
「クルンヴァルトにいた頃には月一でお茶してたぞ」
クルンヴァルトは俺達が冒険者をしていた街の名前で、俺がカウリエンの使徒になった場所でもある。
「あの頃お前がたまに綺麗なお姉さんとお茶してくるって言ってたのはまさかカウリエン様が相手だったのか?」
「そうだぞ」
「てっきり娼婦かどこぞのお嬢様をたぶらかしていたとばっかり」
「人聞きの悪い事を言うな」
「キーラン様、お茶とお菓子のおかわりはいかがでしょうか」
シャロが丁寧な口調とは裏腹に生ゴミを見るような目でキーランを睨んでいた。
シャロ、それ、皇子にしていい目とちゃう。
「う、うん。いただこうかな」
声を上ずらせながら返答するキーランに、シャロは生ゴミをゴミ箱に捨てたかのような表情でそれではお待ちくださいと用意をしに下がっていった。
「怖い怖い。シャロのブラコンっぷりも相変わらずだな」
「可愛いもんだろ?」
「お前のシスコンっぷりも相変わらずだな」
「仲が悪いよりは良いに決まってる。シャロ、キーランに何か盛るなら少しだけにしてあげて」
「いやそもそも和睦相手に何か盛るなよ!」
「大丈夫です、遅効性の下剤か性欲減衰剤くらいしか入れませんから死にはしません」
「ならいいか」
「よくねぇよ!キグスリーも止めろよ!」
キーランの後ろに控えていたイケメン執事はふむ、といった表情を浮かべた。
「シャロル様、よろしければ性欲減衰剤を分けていただくか、可能ならばレシピを後程お教えいただけないでしょうか」
「何言ってんだお前ぇぇー!」
「かまいませんよ」
「和睦の誓約書と一緒にしとくから」
「コスタル兄妹もうちの腹黒の冗談に乗るんじゃねぇよ!」
「「「本気ですが?」」」
「なお悪いわ!」
本気で嫌そうに顔を歪める主にはっはっはとわざとらしい乾いた笑い声で返すキグスリー。
キグスリーはキーランに付き従ってともに冒険者にまでなったキーランのお目付け役兼従者だ。
小さな頃からともに過ごしたからか、従者と言うより幼なじみで親友のような立ち位置で、実際クルンヴァルトにいた頃は幼なじみだとキーラン自身が言っていた。
だからキーランが地元に帰る事になった時にキグスリーも同行すると聞いて本当に仲がいいなぐらいには思ったが、まさかキグスリーがキーランの執事になっているとは思いもよらなかった。
本人にそのまま伝えると、キグスリーは元々皇室付きの従者を代々輩出している宮廷貴族の家系で、キーランが子爵家で育てられると決まった時に年が近い上に四男で家を継ぐ事もないからとキーラン付きに決まって以来常に付き従っているらしい。
冒険者だったあの頃よりも本来はこの立場が正しく、むしろシャロがデュークの専属メイドになっていた方が「よほど驚きです」と笑いながら答えてくれた。
ちなみにキグスリーが性欲減衰剤をわりとガチで欲しがったのは、キーランが冒険者時代から女に騙されやすい癖に女好きという困ったちゃんで、当時からその後始末に奔走させられていたからだったりする。
次期皇帝候補となったキーランの周囲はハニートラップだらけ、さしずめ罠だらけの遺跡に目隠しして入り込むようなものだろう。
キグスリーの乾いた笑いからその苦労がしのばれる。
「そういや気になってたんだが、なんでシャロは騎士の格好してんだ?」
「あー、それはだな、そもそもこの場にシャロを連れてこようとは思ってなかったんだが、心配だからどうしても一緒に行きたいっていうから流石にメイド姿じゃあダメだって団員に鎧を借りてきたってわけだ」
「なるほど。しかしシャロも心配性だな。こいつをどうにかしようなんて俺が思うわけないじゃん」
「もちろんキーラン様がデューク様に危害を加えようと企んでいるなどと私自身これっぽっちも思ってもいませんが、しかし帝国軍全てがそうである、と思うほど楽観的でもありません」
「そこはその通りなんだがな、しかし俺もこっちの派閥じゃない奴らや信用ならない奴はきっちり調べあげて邪魔されない場所に配置済みだからそこは信用してくれ」
「もちろんなんらかの手は打ってあるとは思っていましたが、私の勘がデューク様の御身になんらかの危険が迫っているとささやいておりましたので」
「なるほど、ならしょうがない。シャロのデュークスキルは馬鹿に出来ないからな」
「デュークスキルってなんだよ」
「シャロル様のデューク様に関する勘は外れなしですからね。冒険者時代、何度それに助けられたか」
キグスリーの言う通りシャロの勘はそのおかげで何度修羅場を無事潜り抜けたか思い出せないくらいよく当たる。
ただ必ずしも命の危険が迫っている場合だけではなく、面倒事に巻き込まれずにすんだり会いたくない相手と顔を合わせずにすんだりといった場合でも発揮される事がちょいちょいある。
今回はシャロの口調から命の危険があるほどではなさそうだったから、ランデルとシュライザーがいれば問題ないだろうと思ったので俺の名誉とシャロの安全のためお留守番をお願いしたのたが、シャロの思わぬ行動力にうんと言わざるを得なくなってしまった。
「とはいえここまで派手にカウリエン様の力を借りて和睦を成したんだ、流石にどっちの不心得者達も迂闊に動けないだろうさ」
ユールディン側だけじゃなくこっち側にも不心得な奴が潜伏していないとは限らないが、言わば女神様のご意志に従って行われた和睦を今さら反故にしようと動き出す馬鹿は流石にこの場にはいないだろう。
「デューク様、大変申し上げにくいのですか私の勘はまだ何かあるとささやいています」
シャロが申し訳なさそうな口調でそう言いつつお菓子と飲み物のおかわりを俺とキーランの前に置いた。
「マジか。そうなると和睦締結後も気が抜けないな」
「パムルゲンからの撤退中になんらかの妨害が入る、と思って行動した方が良さげだな」
「今の内に偵察を出しておいた方がよろしいかと」
キグスリーの意見にキーランは即座に指示を出した。
ほぼ同時に、俺もシャロに伝達をお願いする。
「そうだな。キグスリー、騎馬隊から信用できる奴を集めて偵察小隊を編成し、小隊長をこっちによこしてくれ」
「シャロ、シュライザーを呼んできてくれ。奴に小隊を選抜させて王都街道沿いをヴェルデローザまで偵察をしてもらう」
「「かしこまりました」」
メイド(騎士ver)と執事はそれぞれの陣営へ伝令を届けにいった。
「どう思う?」
俺の質問にキーランは深々とため息をついた。
「いる、かもしれん」
「『第一皇子派』の残党か?」
「ああ。第三皇子派は今頃帝都に全員籠ってるだろうからな。そっちは『紅の騎士姫』だろ」
「あいつ以外にいるかよ」
俺は吐き捨てるようにそう返答すると、眉間に寄ったシワを伸ばすように顔を軽く撫で、この戦争の元凶の一人で俺を騎士団長にする原因を作った奴の顔を嫌々思い浮かべてしまうのだった。