淹れている時に入れました
視察を終えた俺達は、予定通り王都まで後一日という場所で夜営をはった。
団長天幕の中で今日の視察の報告を受ける。
「皆、計画通りに事が進んだな。まずはランデル、フスカ男爵御一行は何か動きを見せたか?」
「はい。やはり従兵が動きましたな。団長の言う通りリッツを忍ばせといて正解でした」
事前にリッツを辺境伯軍組の視察ルートに配置して、リッツが待ち伏せしている場所に着いたら意図的にフスカ男爵達から目を離し、むこうの動きを誘う作戦だったのだが、見事にはまってくれたらしい。
「奴らはこれを置いていきました」
ランデルが机の上に取り出したのはビー玉より一回り大きいサイズの黒い玉だった。
「これは?」
「時限玉という魔道具なんよ。この玉の中に極小の魔石が入ってて、使用者が魔力を流すと一分後には爆発するんよ」
ランデルに代わってミリカが説明を始めた。
「爆発するってどのくらいの範囲だ?あと魔力を流せる有効距離はどれくらいだ?」
「爆発規模はサイズが小さいからおそらく小型の天幕を粉微塵にするくらい。魔力の有効距離は五メートルなんよ。ちなみにそれはもう爆発機能は解除してあるんよ」
中の魔石の魔力を抜いてやれば爆発はしないらしい。
「五メートルだと忍びこまないと発動は出来ないな」
「それでも一分あればその場を離れるには十分な時間ですな」
「設置して移動を繰り返せば街中なんかじゃあっという間に大混乱ですね」
シュライザーの言う通り、こんな物を連鎖的に爆発させられたら混乱は必至だ。
だからちょっと疑問なんだけど。
「本当に設置はこれ一つだけか?」
「一つだけですな」
「これは複数設置してより効果を上げる魔道具だと思うんだが」
「これ、高価な上に数が少ないんよ」
「何でだ?」
「これに使用される極小魔石、ミニチュアレインボードラゴンの魔石なんよ」
「納得」
ミニチュアレインボードラゴンは名前の通り世界最小クラスのドラゴンで、サイズは驚きの二十センチ以下。
さらにリッツのような体色変化技能持ちで、鬱蒼とした林の中や薄暗い洞窟に隠れられると見つけるのは至難の技だ。
ちなみに見た目は完全にトカゲだが、小さいが火も吹けるし逆鱗も存在するのでドラゴンと認定されている。
「極小で、なおかつ内包魔力が高いとなると選択肢が限られるんよ」
「なるほどね。フスカ男爵は他には何も?」
「視察中はそれだけでしたな」
「そうか。じゃあゴルズのじいさんは?」
「言われた通り怪しい物がないか調べたが、今のところは何もなかったわい。ただ、中央軍から何か贈られてきたら一先ず報告しろとは言うてあるがの」
「じゃあ次はフリッツ、そっちで何か気づいた事あるか?」
「申し訳ありません、特には」
「近衛は今日合流したばかりだから無理もないか。フリック、お前はどうだったんだ?」
「はい。団長の指示通り、従兵と、従兵が設置した魔道具の匂いを辺境伯軍と中央軍で確認してきました」
フリックには事前にその鼻を使って匂いを辿り、シャハルザハルの目と思われる怪しい奴や怪しい物を調査させていた。
辺境伯軍はともかく中央軍は理由が要るのでフスカ男爵が気に入った香辛料入り茶葉のお裾分け、という理由で夜営場所を決めてすぐに中央軍に出向かせた。
「魔道具の匂いはやはり辺境伯軍組の従兵から匂ってました。その者以外には魔道具は所持してなかった模様です。従兵は四人ともフスカ男爵の周囲を護衛していましたが、四人からは五人分の似たような匂いがしたので、その五人目を捜索した結果、荷馬車を管理している男から匂いがしてきました」
「荷馬車か、そこに魔道具やら毒やら隠してあるんだろうな」
「他には匂いがしなかったためそのまま中央軍を後にして、辺境伯軍もまわりましたが、特に異常はありませんでした」
「フリックの報告を補完すると、その荷馬車にはまだいくつかの魔道具が乗っているんよ」
「魔道具か、モノはわかるか?」
俺と一緒に視察でまわった時に魔力探知での探索を行っていたミリカは、首を横にふった。
「流石にモノの特定は無理だったんよ。ただ、何となくだけどあまり派手な物はなかったと思うんよ。魔道具に内包されている魔力がたいした事なかったのは外から見ても分かったんよ」
「俺達は元々の獲物じゃあなかったから装備が足りないんだろうな。現地調達で急場しのぎの魔道具でも、無いよりはマシって感じで揃えたのかもな」
魔道具は魔力がなくとも魔力を使用する技術が使える道具の総称だが、獣人が多いラグラントやユールディンでは逆に魔力を使わない技術が発達しているため魔道具も数少ない専門店でしか購入できない。
そのほとんどが輸入品で、しかも値段が大分高め。
購入する客が少ないため、店員は客の顔を覚えている可能性があるな。
「あとは辺境伯軍も見て回って、異常が無いことを確認したんよ」
「なるほどね。じゃあシャロ、盛った薬の内容を説明してやってくれ」
俺の後ろに立っていたシャロが、メイド服のポケットから小さな瓶を取り出した。
中には、無色透明な液体が入っている。
「この瓶の中身は、無色透明無味無臭の、完全に天然由来の液体が入っています。この液体は一滴摂取するだけで徐々に体に力が入らなくなります。体に毒というわけではないのでシャハルザハルの目といはいえ看破するのは難しいでしょう」
「気づいた時には遅いってわけだ。シャハルザハルの目の奴らを自殺する暇もなく捕虜に出来る」
「しかし、いつの間に入れたんですかな?まったく気づきませんでしたよ」
「淹れている時に入れました」
シャロは袖口をみせながらランデルの疑問に答えた。
袖口はピッチリしていて小瓶を潜ませる隙間はないように見える。
ランデルもそう思ったみたいだが、つっこまないようだ。
「じゃあホーキンスからの伝言を頼んだシュライザー。ホーキンスは何と?」
「発見しましたので監視を続けるであります、との事です」
「わかった。後はむこうが動くの待ちで」
俺の発言が言い終わる前に、外から声をかけられた。
「団長、中央軍から差し入れが届きました」
門番に立っているアベイルに、モノは何か問うと、おそらく、ワインが入った樽ですと返ってきた。
「読み通りだなー」
「今ごろ辺境伯軍の方にも行っとるだろうのう」
「シャロ、例の液体がききはじめるのはいつ頃からだ?」
「そろそろかな」
「団長、中央軍より急ぎの使いが来ております」
「読み通り、か。全員、動くぞ」
俺の言葉に天幕内の全員が立ち上がって俺の指示を待つのだった。