ちょっとしたコスタル家ジョークだ
会議をしていた場所から充分に離れた小高い原っぱで、俺は腕を組んでラグラント王国西方遠征軍を見下ろしていた。
「フッフッフッフッフ、見られた」
「見られたね」
一歩後ろに控えているシャロは周囲に人がいないから妹モードだ。
「フッフッフッフッフ、もうマリーと話すの怖いから騎士団長引退するまで話さない」
「マリーかわいそう」
「フッフッフッフッフ、シャロ、何であんなベストポジションに尻尾を伸ばしてたの?」
「兄さんがモフるかなって思って」
「フッフッフッフッフ、モフりましたとも、会議中に、無意識に」
「兄さん、最近無意識でモフる事多いから」
「フッフッフッフッフ、え?あれが初めてじゃないの?マジ?」
「天幕の中で書類書いたりしてる時に」
「フッフッフッフッフ、記憶にございません」
「兄さん、最近モフモフ成分足りてないから」
「フッフッフッフッフ、おっしゃる通りです」
「無事お家に帰ったらご褒美にシャロ一日モフモフ権をあげる」
「フッフッフッフッフ、じゃあお返しにお兄ちゃんの膝の上一日独占権を差し上げよう」
「「フッフッフッフッフ」」
「何で二人して悪巧みしてるみたいな笑い声出してるんよ?」
兄妹のスキンシップを悪巧みと評する声に遮られた。
「「何奴?!」」
「いや、何奴って。久しぶりの反応がそれってひどいんよ」
まあ、こちらに歩いてくるのは見えてましたが。
「ちょっとしたコスタル家ジョークだ。久しぶり、ミリカ」
「ミリカ、久しぶり」
「久しぶりなんよ、デュー兄、シャロ姉」
ミリカはペコリと頭を下げて、にぱーっと笑った。
ミリカ・ゴルズは名字の通りゴルズ男爵の孫で、フリック同様彼女も寄り合いで俺とシャロが面倒を見ていた一人だ。
ドワーフなので小柄なシャロよりさらに小柄だが、これでもう成人している立派なレディだ。
「しかし、何でミリカがここに?ドルグドにいたんじゃなかったのか?」
「デュー兄が困ってると聞いて参上したんよ」
「お、じゃああれか、投げナイフ持ってきてくれたのか」
「その通り。実は第三騎士団の投げナイフ、うちの工房が作ってるんよ」
「おー、そうだったんだ。いつも助かってます」
「あのナイフはバランスがよくて投げやすい」
「バルカが聞いたら喜ぶんよ」
バルカはミリカの弟で、将来のゴルズ男爵だ。
父親のガルバ親方の元、修行中だと聞いていたが、騎士団に商品を卸せる程の腕になっていたらしい。
「とりあえず今あるだけ持ってきたんよ」
「団員のほとんどが投げ尽くしちまったから助かるよ」
「後、ちょっとした新作も持ってきたんよ」
そう言ってミリカは背中のバックをごそごそやり始めた。
「背中のでかいバック、気になってたんだけど新作が入ってたのか」
「新作ってナイフの?」
「武器だけじゃないんよシャロ姉。まずはこれ」
じゃじゃーんと口に出しながらミリカが取り出したのは、ブラシだった。
「このブラシは最高品質と言われる猪の魔物、その最上級だと言われるグリューグリューの大森林に生息する大足猪の毛を使用した、まさに最高級のブラシなんよ」
「あれ、大足猪のブラシなら前からあったよね?」
シャロの疑問にミリカは慌てるなと言わんばかりの笑顔でシャロにブラシを渡した。
「よく見て欲しいんよ、シャロ姉」
「あ、なんかブラシの毛先に赤い小石みたいのがついてる」
「あれ?それって、あのナイフの赤い樹液と同じじゃないか?」
「おお、流石デュー兄。この樹液を知ってるなんて凄いんよ」
「昨日、ちょっとな」
「今までどうしても固くて頭皮にチクチク刺さってしまうのが悩みだった猪の毛が、この小石みたいな樹液が毛先を覆うことによって解消されたんよ」
ミリカに促されて髪にブラシをあてたシャロが、おお~!と言いながら髪をとかしていた。
シャロはちょっとくせ毛だから余計にとかしやすく感じるらしい。
「欲しい」
『欲しいな~』
おおう、まさかのカウリエン様からの反応が。
そうだな、シャロには日頃から、カウリエン様は和睦で、それぞれお世話になってるからな。
「二本くれ」
「毎度ありなんよ。あ、このブラシの樹液、熱いのには弱いから気をつけてほしいんよ」
シャロはご機嫌で髪をとかしながら新しいブラシを楽しんでいる。
「他にはなんかあるのか?」
「次はこれなんよ」
ミリカが取り出したのは、白いモフモフの尻尾を模した飾りだった。
「これはまた、面白そうなものを。どのような使い方をすればいいのか今すぐ教えたまえそして今すぐ俺に貸したまえモフラーたる俺がそのモフモフが我らモフラーのお眼鏡に叶うか判定してやろうさあ今すぐ俺にそのモフモフとした素晴らしい飾りをモフモフさせるのだ」
「流石デュー兄。こちらの予想以上の食いつきっぷりなんよ。ちなみにこれは余った材料で作った単なる飾りだからデュー兄にただであげるんよ。で、本命はこっちなんよ」
モフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフ。
「うむ、この素晴らしい白毛にこの滑らかな手触り、ツェーラ山脈に住むダンプリンキャットだな。毛皮の中の詰め物も固すぎず柔らかすぎずとてもよい感触だ。なんてこった、これがあれば俺は後三年は戦えた」
モフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフ。
「デュー兄、ちょっとー帰ってきてほしいんよー」
モフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフ。
「ハッ!俺は何を」
「やっと帰ってきたんよ。その尻尾飾りはあげるからこっち見て欲しいんよ」
「マジか!ミリカこそ女神か」
どっかから『こそって誰とくらべたの~!』と怖さの欠片もない怒りの声が聞こえてきた気がしたが、きっと気のせい。
「どう?似合ってるのか教えてほしいんよ?」
ミリカが着ているのはダンプリンキャットの毛皮を使用したマントだ。
フード部分には、なんと猫耳がついていた。
「似合ってるぞ。可愛いじゃないか」
「ありがとうなんよ。デュー兄にそう言われると自信になるんよ。ただ、このマントの一番の能力はダンプリンキャットの特殊能力を引き継いでるんよ」
ダンプリンキャットは仲間同士で固まって体温をあげる、という特技を持っている。
これだけだと普通じゃないか?と思うが、ダンプリンキャットはその上がった体温が火をまとうくらいには上昇し、雪の多いツェーラ山脈でこれをやられると雪崩をも引き起こす可能性がある。
「引き継ぐって、具体的にはどれくらいまであがる?」
「体温と同じくらいには上がるんよ。冬場の装備にもってこいなんよ」
試しに触って確かめてみるのがいいんよ、と頭部分を差し出してきた。
「ほう、これは、まさしく。人肌ほどの熱がよりリアルなモフモフを演出している。素晴らしい!」
俺はモフモフ装備を絶賛しながらミリカをフード越しにモフナデしつづけた。
「なるほど、これが噂のモフナデ…。癖になりそうなんよ」
「何をしてるの?」
ま後ろからシャロのムスッとした声が聞こえて、俺は思わず手を離してしまうのだった。