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メイドじゃなければ問題ない


 豊穣の女神カウリエンにお願いした俺発案の神託に、ユールディン帝国のキーラン皇子は二つ返事でOKだったらしい。


 その返事を聞き終えた俺はコーヒーやお茶菓子一式を片付けていたシャロにカウリエンとのやりとりを説明し、前線にお迎えに上がる事を告げた。


 シャロは表情こそ変えなかったが、しっぽと耳をやや垂らしながら前線に往くのは危ないのではと気遣ってくれた。


 不安そうなシャロに、キーランなら大丈夫、約束を違えるような奴じゃないだろうと安心させようとしたら、どうも不安なのはそこではないらしく、シャロ本人も明確な理由がわからないみたいだった。


「何かデューク様の御身に良くない事が迫っている予感がします。デューク様、私もデューク様のお供をさせていただけませんか?」


「さすがに駄目だシャロ。メイドを最前線に連れていく指揮官がいるわけないだろ」


「そこをなんとか。私も自分の身ぐらいは自分で守れますし、それにデューク様の御身に関する私の勘の的中率はかなり高いものだと自負しております」


 ご存知でしょう?といった表情をするシャロに対し俺は苦笑いを返すしかなかった。


 確かに高いというか外れた記憶がないのは俺もわかってはいるのだが、だからといってメイドを最前線の供にするわけにはいかない、いかないのだ。


 そんな事をすれば敵味方ともにどんだけメイド好きな指揮官なんだ、団長なんだと思うに違いない。


 しかも今回は女神降臨という数百年に一度のビッグイベント。

 このままシャロを連れていけば俺はメイドスキー騎士団長として後世に語り継がれてしまう。


 それだけは避けたい。マジで。


 そもそもお供として連れていくなら、こういう場合は経験豊富な年輩の副官や腕のたつ護衛の騎士が妥当ではなかろうか。


「シャロ、わかった。お供に副団長のランデルと護衛にシュライザーを連れていくから」


「なら私がついていっても問題ないですね」


「あるよ」


 ありまくりだよ俺をどこまでメイドスキー騎士団長と呼ばせたいんだシャロ。


 しかし俺の即答がお気に召さなかったらしく、シャロは珍しくむ~っとした表情を浮かべ、ズズイっと体を寄せてきた。


「兄さん、どうしてもだめ?」


 メイドではなく妹としてお願いしてくるシャロ。


 うるっとした上目遣いに垂れた耳を見て、一瞬心が揺れて思わず頭と耳をモフナデしながらOKしてしまいそうになるが、上げかけた手を腰に当てて鋼の精神で首を横に振る。


「だめ。仮にも最前線にメイドは連れていけません。俺の身に良くない事がおこるなら尚更だよ。メイドの格好のシャロでは危ないからお兄ちゃんは許しません」


「じゃあメイドじゃなければいいんだよね?」


 言うが早いかシャロは止める暇もなく櫓から飛び降りて騎士団の本陣に駆けていった。


 あっけにとられるがすぐに気を取り直して俺も櫓を降りてそちらに向かうと、なにやら叫び声が聞こえてきた。


「あれ?シャロそんなに急いでどうしたってぎにゃー!」


「いいから今すぐ装備を貸してください」


「ちょ、待って、意味がわからないから!」


「抵抗しても無駄です」


「だから待ってー!見える、色々見えちゃうから待って待ってー!」


「では天幕に行きましょう」


「ちょ、あそこ指揮所、副団長達が今お話し中だからだめー!」


 シャロが小脇に第三騎士団の紅一点であるマリー(剥きかけ)を抱えながら指揮所に突入したかと思うと、男は全員出ていってくださいと副団長のランデル以下指揮所内の男どもを全員追い出した。


「団長、シャロの嬢ちゃんはどうしちまったんですか?」


「話すと長いがまず謝らせてくれ。ああランデル以外の皆は持ち場へ戻るように」


 とりあえず他の騎士達がいなくなってから、申し訳ないと謝る俺を苦笑しながら出迎えたランデルは、従者に椅子を持ってくるよう指示しながら話の先を促した。


「なんと、まさか女神様から新たな御神託をお受けになられていたとは」


 誰彼にも聞かせて良い話ではないので、人払いして尚且つお互い近い距離で声のトーンを下げながらカウリエンとのやり取りをランデルに説明する。


 ランデルにはもちろん今回の戦が談合合戦であることは伝えてあるので問題ない。


 ランデルは平民の一兵卒からの叩き上げで、ここまで上り詰めた腕っぷしと戦場での豊富な経験から導きだされる的確な状況判断を併せ持った、常に落ち着いた物腰の人格者だ。


 正直ランデルが爵位持ちだったら俺ではなく彼が団長になっていただろう。


「つまりシャロの嬢ちゃんは団長が心配だからマリーの装備を剥ぎ取ってまでしてついてこようとしてるってわけですか」


 ランデルが視線を向けた天幕の中からはマリーとシャロの騒がしい声が外まで響いてきていた。


『くっ、身長はともかく胸部に少し隙間が』 


『シャロは慎み深い胸だからねー』


『マリーだって大きい方じゃないでしょうに。あれ、お腹周りにも隙間が。かなりブカブカ』


『き、筋肉だから!太ってる訳じゃないから!』


『兄さんはスレンダーなタイプが好みです』


『わ、私だってどちらかと言えば痩せ方だし!』


『おや、脚も隙間が』


『うわーん!』


 俺達は何となく顔を見合わせると何事もなかったかのように会話をすすめた。


「それで、いつ開始されるんですか?」


「向こうとこちらの用意ができ次第、かな」


「わかりました。ではシュライザーを呼んでおきましょう」


 ランデルは従者を呼びつけると騎馬隊にいるシュライザーに伝令を出すよう指示した。


 シュライザーはうちの騎士団でも一番剣の腕がたつ屈強な狼系獣人で、しかも平民出身なためどの貴族派閥にも属していない上に口が硬いので今回の護衛にはうってつけの騎士だ。


「お待たせしましたデューク様。用意が整いました」


 天幕内からかけられたシャロの声に従って、俺とランデルは中に足を踏み入れた。


 そこには鎧を身につけ終えたシャロがむふー!って感じで立っていた。


 その後ろには対照的にメイド姿のマリーが少し恥ずかしそうに立っている。


「シャロの騎士姿はなんだか新鮮だな。よく似合ってるぞ」


「ありがとうございますデューク様」


「だ、団長、その」


「ああマリーのメイド服姿も似合ってるな。可愛らしい姿も中々新鮮だ」


「兄さんのメイドスキー」


「なんで?!」


 顔を真っ赤に染めるマリーを横目にシャロが拗ねてしまった。


「団長、お呼びと聞いて参上致しました」


 天幕の外からタイミングよくシュライザーが入室の許可を求めてきた。


「早いな、入れ」


「早急に、との事でしたので」


 シュライザーは天幕内にいたメイド服姿のマリーと鎧姿のシャロを見て、おや?っといった感じで片眉と片耳を上げたが、何も突っ込まずにシャロが引いた椅子に腰かけた。


 空気の読める男である。


「よし。では、あぁマリーはすまないが、指揮所の外で誰も入らないように見張りとして待機していてくれ」


「はいぃ」


 まだ若干顔の赤いマリーは固い動きで天幕の外へと出ていった。


「なんか動きがギクシャクしてるなマリー」


「ああ、あれは照れもありますけどサイズが合っていないので。腰回りとか」


「聞かなかった事にする」


 マリーは信頼のおける騎士の1人だが、彼女の実家は正直微妙な立場だ。下手に巻き込むわけにはいかない。


 ただメイドの格好のまま他の団員の好奇の目にさらすことになってしまう事にはちょっと申し訳ないと思ったりする。


「よし、では今から説明する事は他言無用であると心得ておけ」


 「「「はい」」」


「先ほど俺に豊穣の女神カウリエン様から御神託が下された。なんでもカウリエン様は此度の戦に心を痛めておられるとの事。俺が戦勝祈願をかけてカウリエン様の社にお布施を奉納した所我が願いを聞いて、両国の争いを悲しみ、無用の血を流すのをよしとしない慈愛の御心が我らに情けをかけてくださり、なんと女神様御自身が降臨されて仲裁に入ってくださるという。降臨される際には血で穢れた大地をそのお力でもって浄化された上でお越し下さると仰せだ。当然俺はこの戦の王国側のトップとしてカウリエン様をお迎えに上がらねばならない。だからこの場にいる皆は浄化の奇跡が始まったらすぐさま俺と共に前線へと向かう」


「「「承知しました」」」


 シャロとランデルは事前に説明していたからあまり驚きはないが、シュライザーは大きく目を見張りながら頷いた。


「では皆、覚悟はいいな?」

 

 三人が頷いたのを見計らって、俺は椅子から立ち上がって天幕の外へと歩を進めた。


 待機していたマリーに恥ずかしいなら指揮所の中で待っていてかまわないと言ったら、頬を少し赤く染めながら最後までここでお見届けしますと返された。 


 鎧を剥かれたうえに何も聞かされてないにも関わらず、これから起こるであろう事の重要性を察しているようだ。


 自分が関わらせてもらえない理由も含めて。


 無事和睦が成ったら何か埋め合わせをしてやらないとな。


「シャロ、気を付けてね」


「わかっています、マリー。鎧もなるべく傷つけずに返します」


「鎧なんかより団長とシャロの身の方が大事だよ。鎧は身を守るものなんだから傷がどうこうなんて気にしないで。ただもし万が一また鎧を貸す機会があったら本陣の真っ只中で剥こうとするのはやめてね」


「すみません。つい我を忘れてしまって」


 うちの妹がほんとすまん。


「さて、準備は整った。後は」


『私が浄化を始めればいいんだね~』


『はい、お願いいたします』


 待ってましたと言わんばかりのカウリエンの神託が入った次の瞬間、空から一条の薄い緑の光が射したかと思うと、前線から驚きの声が上がった。


 彼らの足元からニョキニョキと麦が生えだしたのがこちらからも確認出来た。


「よし、行くぞ」


 俺はそれを見ながら前線へと騎馬で駆け寄りつつ周囲へ戦を止めるよう指示していく。


「皆の者、聞けい!ただ今豊穣の女神カウリエン様から御神託が下った!なんと!カウリエン様直々に御降臨されるとの事!この聖なる光によって血で穢れたこの地を浄化されたのが何よりの証!皆武器を収めて後ろに下がれ!動けぬ者には手を貸してやれ!」


 帝国軍側からもキーランが声をあげていた。


「勇敢なる帝国兵士諸君よ!女神カウリエン様からこの私、第二皇子キーランに直々に神託が下された!此度の戦に御心を痛めたカウリエン様はこの地に御降臨されると仰せだ!これ以上の流血は許されぬ!皆光の外へと下がるのだ!」


 己の体の傷が癒されていき、血の染みた土が浄化され、麦がたわわに実る様をあっけにとられながら眺めていた両軍の兵士達は、俺とキーランの声を聞いてわたわたと後ろに下がり始めた。


 俺はその隙間をぬって未だに光が射し続けている中に一歩入る。


 シャロ達は光の外の、俺から馬五頭分後ろで止まった。

 俺は両膝を地面につけて右手を心臓に当てる騎士礼をしてカウリエンを待つ。


 向かい側からキーランもやってきて帝国式であろう礼をしながら俺の横に少し間を開けて膝をついている。


 空から降り注ぐ緑の聖光の中心に一際眩しい光が灯ったと思ったら、光の中からカウリエンが全身をピカピカ光らせながらゆっくりと降りてきたのだった。

 

 

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