人の皮をかぶったモフラー
私の名はシャロル・コスタル。
ラグラント王国コスタル男爵家の養女で、ラグラント王国第三騎士団団長兼西方将軍デューク・コスタルの妹、今はまだ。
そして、兄さんの専属メイド。
忙しい兄さんの身の回りのお世話が主な仕事。
その中には日々ストレスを感じている兄さんを癒す事も入っている。
妹メイドとしての大事なお仕事。
兄さんはモフモフするのが大好きだ。
子供の頃から兄さんは隙あらば犬や猫や羊や鳥や兎や鼬等をモフモフしていた。
特に我が家で飼っていた番犬のマグがお気に入りで、私というものがありながら一日に一度はモフモフしていた。
むぅ、ジェラシー。
とにかく冒険者になっても騎士になってもモフモフが大好きな兄さんのために、私は兄さんがモフモフを求めている時に備えて常にそばにいるようにしている。
兄さんのようにモフモフするのが大好きな人を、モフラーと言うらしい。
冒険者時代に友達になった娼婦のお姉さんが教えてくれた。
お姉さんの話だとモフモフするのが好きな人は普人が多いらしい。
自分に無いものに憧れる心理じゃないかな、と言っていた。
お姉さん自身もとても素敵な毛並みの狐の獣人さん。
街中で変な男に絡まれているのを助けたら、お礼がしたいと言われて、ならお姉さんのような素敵な毛並みになるにはどうしたらいい?と聞いたら色々教えてくれたのがきっかけで仲良くなった。
お姉さんはモフラーのお客さんを沢山相手にしてきたから、モフラーの男性の攻略法もバッチリらしい。
兄さんの事を話したら、人の皮をかぶったモフラーね、と苦笑いしていたけど、お姉さんは兄さんの攻略法をちゃんと教えてくれた。
要約すると、私のモフモフがないと生きていけないようにすればいいらしい。
最上は、相手が『あれ?俺こいつなしじゃ生きていけないんじゃね?』と自分自身で気づかせる事。
だから私はお姉さんに毛並みを常に最高の状態に保つためのブラッシングや洗いかたなどのケアの仕方を習って、兄さんの中の最高のモフモフは私なんだと体と心に刻み込むよう毎日努力している。
そのモフモフ好きな兄さんが、ここ数年は好きな時にモフモフ出来なくてかなりストレスを溜め込んでいる。
リグリエッタの馬鹿のせいで騎士団長にさせられてしまった兄さんは、周りの模範たれ、と自宅以外ではモフモフをしないようにしているからだ。
兄さんは我慢強いから一年はもったけど、ここ最近は禁断症状が出るほどモフモフを欲している。
天幕の中で書類仕事をしている時ですら、ふと手を休めた時に無意識に手がワキワキしていたりする。
そのタイミングで近づいてお茶を入れたりすると、私の尻尾を無意識の内にモフモフしている。
私がわざと兄さんがモフモフしやすい位置に尻尾を伸ばしたりしている部分もあるけど、本当に兄さんは自分がモフモフしていた自覚がないみたい。
これは重症。
兄さんは無意識のうちにモフモフしてしまうほど、モフモフ成分が足りてない。
このチャンス、ではなくこのピンチに、兄さんはついに決断した。
(私を)毎日モフモフするため、リグリエッタを殴り飛ばしてでも戦争を終わらせようと。
それからの兄さんは凄かった。
豊穣の女神カウリエン様までも巻き込んで、あっという間に和睦を成功してしまった。
兄さんは冒険者時代に不可能とされていたカウリエン様の使徒になっていたから出来た事だった。
どうやって使徒になれたの?って聞いたら成り行きだよって返ってきた。
だから加護ももらわなかったって。
兄さんは私に嘘をつかないから本当に成り行きだったみたい。
そんな兄さんは冒険者時代には月に一度は使徒としての活動報告みたいなものでカウリエン様にお会いに行ってはお茶をご馳走になっていた。
そんなお茶飲み友達のような(兄さん的には近所のお姉さんみたいな)間柄のカウリエン様に、戦争の仲裁に入ってもらって、その見返りがやっぱりお茶会なのだから、兄さんは凄い。
でもまだリグリエッタの馬鹿獅子が油断ならない動きをしていて、それが兄さんのストレスを継続させていた。
だから私は兄さんが和睦を成して一息ついたあの日に、モフナデをしていいよと誘った。
他の誰でもなく、この私が兄さんを癒してあげないと。
そんな私の誘惑に、兄さんは本当にいいの?と言いながら一年ぶりのモフモフに手を止められなかった。
フニャ~。ゴロゴロ。
めちゃくちゃ気持ちよかった。
はッ!いけないいけない。
兄さんを癒すはずが私が癒されてしまった。
兄さんのモフナデテクニックは神の領域だと思う。
何か兄さんを私のモフモフなしには生きていけないようにするはずが、私が兄さんのモフナデ無しには生きていけないようになりつつある気がする。
む~?
問題ないかな。
互いに必要とされる間柄でも可、とお姉さんは言ってたから。
またいつモフモフされてもいいように、今日もしっかり毛並みをケアして、兄さんの一番のモフモフであり続けよう。