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まともな神官に出会ったのは騎士団に入団してから


 暗くなる前にヴェルデローザに着いて、俺は先ず出迎えてくれたバセット子爵と話をするため、団員にう○こまみれの紅の騎士団を洗うために川岸に急遽作られた桟橋で、逃げ出さないよう周囲を固めるよう指示を出してから屋敷へと向かった。


「これでやっとあの臭いからオサラバだなぁ」


「フリックは本当につらそうだったからな。早馬で離れられてよかった」


「バセット子爵様も凄い顔してたもんな」


「我々でもキツかったからな、尚更だ」


 副騎士団長補佐の二人の会話に、他の団員も深く頷いている。


「しっかし、団長もえげつないねぇ。本当に二度と表を歩けないようにしちまった。そりゃ殺すなって言うわけだ」


「あの方は、普段は物事を穏便に進めようとしているように見えるが、その裏では徹底的にやる事をやっているからな。殺すなという指示もここで殺さなくともいずれ死ぬ、ならばここで利用出来るだけ利用する、という考えだったのかもしれん」


「うん?奴ら、罪状は決まってないだろ?」


「罪状がどうあれ、あいつらは貴族にあるまじき行為を行い、それを大勢に知られてしまった。表舞台に戻れない以上、生きていても邪魔になるだけだ、切り捨てられるさ」


「怖いねぇお貴族様は」


「まともな貴族なら、我が子をリグリエッタ姫の取り巻きなんぞにするわけがない。いくつかの家は潰れるか、当主が代わるかもしれん」


「団長はそこまで手を伸ばしているってか?」


「不思議ではないだろう?だからこそ第三騎士団で奴らを見張るよう指示を出した」


「確かに」


 二人は洗い終わっては貫頭衣に着替えてこれまた洗い終わった護送車に戻されていく紅の騎士団を見ながら、団長ヤバいトークを続けるのだった。



「あらためて、久しぶりだね、デューク。それにシャロちゃんも」


 ヴェルデローザを治めるバセット子爵は、以前会った時より白髪が目立ち始めていたが、その穏やかな人となりは変わっていなかった。


「お久しぶりです、バセット子爵。最後にお会いしたのは私が騎士団に入団する直前でしたね」


 バセット子爵家は俺やゴルズ男爵と同じ西方辺境伯派閥なので、昔から寄り合いで顔を会わせていた。


 俺の後ろに待機していたシャロも、メイドモードでお久しぶりでございますと恭しく頭を下げた。


「そうだね。もう十年近く会ってなかったか。二人とも随分立派になったものだ」


「私など。ご子息こそまさか二人とも騎士になるとは」


「フリックが世話になっているね。あの子達は君に憧れていたからね、そろって君のように騎士になるんだと」


「それは初耳でしたね、恐縮です」


「うちの孫もお前に感化されて、一時期は騎士団に入るって言うとったからの」


 相席しているゴルズ男爵も困ったもんじゃったわいと苦笑いしていた。


「それも初耳ですね」


 何で皆そんな騎士になりたがるんだ、そんな良いもんじゃないぞ、という言葉は胸にしまっておく。


「いやはや、まさか最年少での騎士団長就任に、さらに戦争が長期化の様相を呈していたユールディンとの和睦。子供の頃からの君を知っている者としては鼻が高いよ。まあ今回は随分とあれこれやったみたいだが、何はともあれお疲れ様」


「まったくじゃわい。あの小生意気なはな垂れ小僧がここまでの男になるとは。ディーンの奴もあの世で鼻が高いだろうの」


 あんた一昨日真逆の発言してましたやん、という事を言うとまたじーさんに怒られるので胸にしまっておく。


 偉い人と話す時のコツは胸にしまっておく数を増やす事だと大人になってから気づいた。


「しかし、今回はかなり派手にやったね?君ならもっと穏便に事を進められたと思うんだが、何か理由があるのかい?」


 俺が返答を一瞬躊躇すると、ゴルズのじーさんにギロリと睨まれた。


 ゴルズのじーさんは事前に話したからある程度は察しているだろうが、バセット子爵は何も知らない。


 知らないままの方が良いかもと思ったが、どちらにしろフリックが知っているからこの親子に余計な負担かけさせない方が良いだろうと詳細を話す事にした。


「では、人払いをお願いいたします」


 バセット家の使用人が全員退場したため、代わりにシャロが淹れ直したお茶を飲みながら全てを話終えると、バセット子爵は絶句し、ゴルズのじーさんは激昂した。


「何と。リグリエッタ姫がまさかそこまで……」


「意図的に戦争を起こしたなんぞ、王族であれど許されるはずがなかろうがぁ!」


「声がでけーよじじい!」


 シャロに誰かに聞かれてないかな?と視線で確認すると、多分大丈夫という視線を返された。


 バセット子爵家の人達が職務に忠実でよかった。


 しかし、なんのための人払いだと思ってんだじじい。


 そうゴルズのじーさんに非難の視線を送ると、流石に自分が悪いと思ったのか珍しく身体を小さくして謝罪した。


「す、すまん、あまりの事につい。じゃがの、これはあまりにも非道じゃ。いくら国王様がリグリエッタ姫を可愛がっているにしても、これはちと庇えるような内容ではなかろうが」


「確かに。戦争を起こしたのも許せないけど、自分勝手な感情でカウリエン様を偽物だと断定して、仲裁までして頂いて成し得た和睦を反故にしようなんて。豊穣の女神様のお怒りを買って我が国の作物が育たなくなったらどう責任をとるつもりだったんだ」


 二人は憤懣やる方成しといった表情だ。


 特にこの西方辺境領は天災で大きな被害にあったにも関わらず、国からの支援が戦争によってかなり減らされている。


 おまけに辺境領都を始めとした各町村や街道、用水路など男手が必要な被害地は多いのに、戦争に兵士として多くの男手が引き抜かれて復興も中々進んでいない。


 俺が和睦を急いだのも、モフナデ成分が足りないのもあったが一番の理由は西方辺境領の復興のためだった。


 いや本当に。モフナデが一番ではないですよ?


 シャロの視線を感じた気がしたが、気のせいだと思うことにする。


「もちろんリグリエッタ姫には今回の戦争の扇動者として罰は必ず受けてもらいます」


「他国なら、例え王族だろうと死刑もあり得る重罪だが……国王様の今までの言動を考慮すると難しいかもしれないね」


「あの国王様の事だ、リグリエッタ姫の言い分を鵜呑みにしてなあなあな処分を下すかもしれんぞ!」


 二人の言い分は最もだ。


 だからこそ色んな所で言い逃れ出来ない証拠を積み重ねた。


「いえ、そうはならないように手はうってあります。リグリエッタ姫の自白に関しても、『アレッサの秤』を使い真実を突きつければ流石に国王様とはいえ認めざるを得ないでしょう」


「アレッサの秤?使徒が見つかったのかい?」


「はい、当てはあります。詳しくは申せませんが使用は可能かと」


 ほう、と感心した様子で驚くバセット子爵。


 ゴルズのじーさんも深く頷いた。


「そこまですれば、さしもの国王様も下手な沙汰は下せんじゃろうな。死刑とはいかずとも最低でも一生離宮にて軟禁生活は免れぬじゃろう」


「じゃなければ、西方辺境領の者全てが納得いかないだろうね。いや、それだけじゃない、国内全ての民と紅の騎士団に噛んでいない全ての貴族も納得しない」


「お二人の仰る通りです。ですが、『アレッサの秤』はあくまで最後の手段。だからこそあいつらを見せ物にして、リグリエッタ姫が二度と馬鹿な事を考えないよう心をポッキリと折ってやったのです」


「その場で紅の騎士団達が漏らした事を嘲ったのも、彼らを徹底的に叩くためと、あの場で兵士達が暴走するのも防ぐためってわけかい?」


「流石バセット子爵、お見通しですね」


「バセット子爵の読み通り、あのままだと王都に帰る途中で殺されてもおかしくはなかったからの。あそこまで不様を晒せば、兵士達にはそんな気も起こらなくなるじゃろうて」


「そうです。ですが、兵士達以外からは狙われる可能性があるため、念のために王都での裁きが行われるまでは我々が護送します」


 二人は嫌そうな顔をしてため息をついた。


「実家が余計な事を喋らせないために口封じをする可能性があるわけか。いや、確実にどこかで動くだろうな」


「実際のところ、兵士達の中に奴らの監視役が紛れ混んでいても不思議ではありませんし、ここまで来たら話が流れるのも早いでしょう。今日兵士達の前で演説して以降は警備も強化してあります。奴らの飯もこっちで作るからと申し出をお断りしたのもそのためです」


「成る程、では家臣達に見知らぬ者が周囲を彷徨いていないか警戒するように言っておこう。食材等も昔からの顔馴染み以外からは買わないように注意しないとな」


「こっちも、とりあえず出来るところとしては、今まで見たことのない兵士が紛れ混んでいたら報告するよう注意しとこうかの」


 俺はお願いしますと二人に頭を下げて、軽い雑談(何でシャロはメイドなの?等)をした後に第三騎士団の夜営地に戻った。




「団長、お帰りなさいませ」


 夜営地を覆う柵の入り口で、門番をしていたフリックとシュライザーが出迎えてくれた。


「なんだフリック、今日は実家で過ごしても構わないと言ったじゃないか」


「いえ、休暇を頂くまでは最後まで皆と一緒にいます。特別扱いをして頂く必要はございません。団長のお気遣いだけありがたく頂戴いたします」


「とはいえ団長、こいつさっきまで久しぶりに会った婚約者にデレデレしっぱなしだったんですよ」


 シュライザーがニヤケながら暴露すると、フリックは慌ててシュライザーに文句を言った。


「ちょ、何で言っちゃうんですかシュライザーさん?!」


「ほう、婚約者がいたとは知らなかった。で、誰なんだ?俺の知ってる子か?」


 フリックは顔を赤くしながらあ~とかう~とか言いながら白状した。


「知ってる子、です。ミルチェです」


「ミルチェってアルスバッハ男爵んとこのミルチェか?あのいつもお前を尻に敷いていた」


「尻に敷かれてはないですが、そうです」


 俺とシャロは顔を見合わせた後、ニヤニヤしながらフリックに祝福の言葉を投げ掛けた。


「ほっほ~う。そいつぁおめでとう!式には呼べよ」


「おめでとう。お似合いの二人ね。式には呼んでね」


「呼べよって、まだいつ挙げるかも決まってませんし。それに団長だったら西方辺境派閥なんだから最初から参加は決定してるじゃないですか」


「いつ挙げるかも?いやいや、あのミルチェの事だ。手柄を立てて凱旋するフィアンセに悪い虫がつかないように戻ったらすぐにでも挙げるよう調整している筈だぞ」


「ミルチェは昔からフリックを独占するためなら凄い行動力を発揮する子だった」


「う、否定できない」


「挙げるなら俺と日にちが被らないようにしてくれ」


「シュライザーも憂いを絶てたからすぐにでも挙げる感じだろ?」


「ですね。随分待たせてしまったから俺も早く挙げたいですけど、それ以上にメラニアが張り切ってますから。特に、団長には絶対に出席してもらうんだって」


 神官にとってはどうも使徒ってのは予想以上に人気らしい。


 うちの実家は小さな神殿で元神官騎士の傷だらけのじい様神官が読み書きとケンカの仕方を教えてくれるだけだったし、冒険者時代にパーティーを組んでいた神官は酒を片手に祈りを捧げる破戒神官だったので、まともな神殿でまともな神官に出会ったのは騎士団に入団してから、さらに基本仕事以外で神官と関わりあいがなかったのでそこまでだとは予想していなかった。

 

「いや招待してくれればちゃんと出席するよ」


「そう言ってるんですけどね」


 苦笑いしながらも結婚式の事を考えて満更でもない顔をするシュライザー。


「ま、それもこれもあいつらを無事裁きの場に引きずり出してからだな。場合によっちゃ今晩には刺客がくるかもしれん。ひとまずは気を引き締めて、交代までは怪しい奴を見つけたら即知らせろよ」


「「了解しました」」


 俺の言葉に気を引き締めて表情を鋭くさせた二人を残して、夜営の中心で護衛されている紅の騎士団とリグリエッタ姫の様子を見に行く。


 紅の騎士団どもは貫頭衣に着替えさせられて、護送車の中で項垂れているものが大半だ。


 中には、貴様ら覚えておけよ王都に帰ったら父上が~なんてお気楽な言葉を吐く馬鹿がいたが、俺が近づいていったら顔を青くして後退りした。


 元気そうだから護送車から出して稽古をつけてやると言ったら泣きながら顔を横にブルブル振りだしたので、また下らない事を言い出したら兵士達の真ん中に何しても構わないといって放り出してやるからなと脅しをかけておく。


 口に手を当ててブンブン頷くのを確認してから、何か白けた気分になりながらリグリエッタ姫のいる天幕へと足を向けた。


 声をかけて中に入ると、何かの薬を調合しているノックスと、眠っているリグリエッタ姫の横に座っているメラニアがいた。


「様子はどうだ?」


「今は薬で眠らせて、メラニアが監視をしています」


「飯は?」


「また舌を噛まれても困りますので、栄養剤とポーションを無理矢理飲ませました」


 どうやらノックスが作っていたのは明日の分の栄養剤らしい。


「ま、高々一日二日で飢え死にはしないだろうし、問題ないか」


「はい。予定では明日は西方辺境領都には立ち寄らず王都に向かうとの事ですが」


「ああ、最短で王都について、早くこいつらを近衛に引き渡して牢屋にぶちこんでやらないと。こっちもいつ来るかわからん暗殺者に気が気じゃないからな」


「成る程、では必要な物はここで補充した方が良さそうですな」


「そうだな。ただ欲しい物はバセット子爵に間に入ってもらって注文した方がいい。すでにこの街の中にも刺客が入り込んでいる可能性もある。今すぐ必要なら誰かを使いに出すが?」


「そうですね、念のためにある程度揃えておきましょう。紙に書いておきます」


「じゃああとで人をよこすから」


「ありがとうございます」


「メラニアも、疲れたらシャロと交代してもいいからな」


「はい、団長。でもあの薬の量なら多分リグリエッタ姫は明日の朝まで目が覚めないかと」


「なら尚更、少し休め」


 シャロに目配せすると、すぐにメラニアを立たせて横に建てられた仮眠用の天幕へと連れていった。


「このまま、何も起こらなければ良いんですが」


 ノックスの言葉に頷きながら、それはないだろうなと心の中で否定しつつ、俺は天幕を後にした。



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