な、なんだってー!
リグリエッタ達を捕縛してから間もなく、昼前くらいに後続の中央軍と辺境伯軍、それを率いてきたゴルズ男爵が合流した。
別れる際にお願いしておいた、罪人用の護送車を作って持ってきてくれたゴルズ男爵に礼を言って、紅の騎士団を十人づつ、三台にわけて乗っけていく。
目を覚ました奴らはギャアギャアうるさかったので、先ほどよりは軽めの殺気で、気絶しない程度に抑えて黙らせた。
リグリエッタのみ専用の馬車を使用する手筈だ。
だがまだやることがあるため、リグリエッタはひとまず護送車の後ろに建てられた天幕の中で見張り付きで待機させている。
こちらの声は通りやすいように天幕の入り口は開けておいて、入り口の影にリグリエッタを座らせておく。
俺は中央軍と辺境伯軍の兵士達を前に、紅の騎士団を乗せた護送車を背にして、彼らに紅の騎士団の罪状を述べていく。
「兵士諸君!君達の大半は知っているだろうが、こいつらは紅の騎士団と自称するリグリエッタ姫の私兵どもだ!そんな奴らが何故諸君が作った護送車に乗っているのか。それは勿論、こいつらは犯してはならない罪を侵したからだ!」
俺は紅の騎士団を指差して、一拍おいて兵士達の表情を確認した。
当たり前だが、あまりよくわかっていないのが大半だ。
「こいつらは国王様の命により、この戦争の間だけ正式な騎士として扱われるという特別な待遇を受け、我々第三騎士団が前線で戦っている間に王都及びその周辺の守護と、さらに戦争で我らが不覚をとり、ユールディン帝国の前線が我が国に侵入した時のための後方予備隊の役目を担っていた」
大半の兵士達の表情にあれ?じゃあこいつらなんでここにいるの?という疑問が浮かぶ。
「こいつらは、王都にてユールディンの刺客が潜入したという情報が国王様よりもたらされたにも関わらず、しかしその対処もせずに戦で手柄をたてたいがために王都から秘密裏に抜け出して、前線にやってこようとしていたのだ。幸い近衛騎士団が抑えたのか、そもそもがブラフだったのかは分からないがその後の被害は聞こえてこない。だが、こいつらは自分達が討たなければならない敵をほったらかしたのだ!王都を危険にさらした罪は重い!」
刺客云々は紅の騎士団が流した嘘なんだろうが、そもそも王都の警備は戦中は紅の騎士団の役目なので、それをほったらかして勝手に出てきた時点で命令違反の逃亡犯だ。
実は嘘でした、なんて言ったら国王を騙した事になるし、国王が知っていて流したなら、国内からの批判は大きなものになるだろう。
そこも狙ってはいるが、現時点では触れないで話を進める。
俺の発言に兵士達、とくに中央軍から何やってんだよ!とか王都を守るのが仕事だろうが!といった非難が上がる。
そりゃそうだろう、王都出身の兵士は家族を危険に晒されたんだから。
「諸君の憤りもよく理解できる!守護すべき騎士が己の手柄欲しさに目の前の危険を放置したのだから、しかし、こいつらはもっと悪どい罪を侵した!」
な、なんだってー!とノリよく声を揃えて叫ぶ中央軍と辺境伯軍。
宴会で大分親睦を深めたらしい。
「先ほど俺は、『この戦争の間だけ正式な騎士として扱われる』と説明したな。つまり、我々がカウリエン様のお導きによって和睦を成した時点で、こいつらは騎士ではなくなっていたんだ!」
あ、なるほどねー、という視線を護送車の中の紅の騎士団に送る兵士達。
彼らからすれば紅の騎士団は威張ってばかりの貴族のボンボンの集団というイメージしかないから、ざまぁみろといった感じだろう。
「しかし、こいつらは自分達が騎士ではなくなったという事実が受け入れられなかった!俺は昨日朝一番にマリー・ランガー騎士を王都への早馬として和睦締結の報告に向かわせた。そう、次期ランガー公爵にして剣聖ナタリーの後継者だ!」
おおっ!という驚きの声が兵士達から上がる。
マリーが第三騎士団の騎士なのを知るのは戦争中に本陣に配属されていた兵達だけだったから、あまり知られていないから無理もない。
「この無駄な戦争の最後を締め括るに相応しい使者を、しかし紅の騎士団は信じなかった!昨夕報告のために王都街道を飛ばしていた彼女達を、こちらに向かうべく夜営をしていた紅の騎士団が引き留め、報告を聞いたにも関わらず、紅の騎士団の団長である第四王女リグリエッタ姫は、ユールディン帝国の策略であるとして信じようとしなかった!」
そんなわけあるかー!という声が方々で上がる。
「そう、そんなわけがあるはずがない。何故なら、今回の和睦を仲裁されたのは豊穣の女神カウリエン様だったからだ!」
カウリエン様ばんざーい!!!という興奮した声が一斉に兵士達から上がる。
その興奮ぶりは中々収まらなかったが、あの場を体験した者ならば当然の反応だった。
「カウリエン様の奇跡を、皆その目で見ただろう!あの素晴らしき癒しの光!そして、まさに豊穣の女神様と圧倒された平原いっぱいに実った素晴らしき麦を!俺自身、カウリエン様から直接御神託を賜った身。和睦締結の際には祝福までして下さったカウリエン様のその存在を、あろうことかこいつらは、信じないどころか偽物だと決めつけたのだ!それは例え王族であろうとも許されるものではない!そうだろう?」
騎士団長のいう通りだー!リグリエッタ姫は不敬だー!紅の騎士団は何様なんだー!と怒号が上がる。
期待通りの反応に、護送車の方に振り替えると、どいつもこいつも青ざめた顔をしてブルブル震えていた。
天幕の中のリグリエッタ姫も今頃は同じような状況だろう。この目で見られないのが残念だ。
「俺は早馬隊にヴェルデローザまでの護衛にとつけておいた小隊から、紅の騎士団がこちらに向かっているとの報告を受けた。しかも、和睦締結を信じていないとまで聞かされた。その時点で、紅の騎士団の罪状に逃亡罪から反逆罪が追加されるやもと危惧した。だから諸君には護送車の作成と、罪が確定するまでは紅の騎士団との接触をしないよう出発を遅らせて欲しいとゴルズ男爵にお願いした。その結果がこれだ!」
俺はわざと護送車の近くまでいって、牢屋部分を叩いた。
中にいた紅の団員は、思わずヒッと悲鳴を上げて後退る。
「こいつらは、我々がカウリエン様のお導きによってユールディン帝国との和睦が成された、戦争は終わったんだと言ってもまったく信じなかった!それどころか、カウリエン様を偽物と断じて、ユールディンが我々を背後から襲うつもりだと言い出した!しかし先ほど言った通り、和睦が成った時点でこいつらは騎士ではなくなっていた。その事を伝え、お姫様とその取り巻きのボンボンどもでしかない奴らに、正式な和睦の調印書を携えた王国騎士たる我らが疑われる道理はない、速やかに王都に戻れと諭したら、こいつらはなんと言ったと思う?」
兵士達は誰一人として声を上げずに俺の言葉を待っていた。
「自分達が騎士でなくなった等と嘘をつくなと言い出して、我々を騎士失格と罵りだした。おかしな話だ、そもそも紅の騎士団は期間限定で騎士に取り立てると、国王様から任命されたのに紅の騎士団は誰一人として知らなかったと言い出したんだからな。さらにこの和睦はユールディンの策略なのだから自分達はまだ騎士だ、貴様らこそユールディンとグルなのだろう、反逆者として我々を討ち取ってユールディンに攻めこんでやると言い出したのだ!」
ふざけるんじゃねー!カウリエン様は本物だ!また戦争をおっ始めるつもりだったのか!、と兵士達の怒りは凄まじいものになっていた。
「諸君の怒りは尤もだ!そもそもこの戦争の発端は、この紅の騎士団とリグリエッタ姫がユールディンにて起こした第一皇子の死を招いたあの事件だ!戦争を起こした張本人にも関わらずこいつらは、ただ自分達が騎士でなくなるのを恐れたがためにまた戦争を起こそうとした!そのような暴挙が許されるはずはない!我々第三騎士団はこいつらを反逆者と確定し、己の力量も知らずに我らに斬りかかってきたこいつらを迎え討った!」
国内最強の第三騎士団に勝てるわけないだろー!馬鹿じゃねーの!俺達でもお前ら何かに負けるかよ!と兵士達は紅の騎士団を嘲った。
「その通り!我々第三騎士団がこいつらみたいな騎士団ごっこ遊びの馬鹿どもに負けるわけもなく、こいつら初撃でなんと全員落馬して、しょうがないから我々も馬を降りて相手をしてやったらどいつもこいつも弱いったらなかった!しかも、こいつらは俺達が本気になった恐ろしさに全員気絶しながら漏らしやがったんだ!」
俺の笑いながらの言葉に兵士達も大笑いを始めた。
前の方に並んでいた者や目の良い者は気づいていただろうが、その理由を聞かされて腹を抱えて苦しそうにしている。
何が騎士だー!恥を知れ!お前らみたいな弱っちいのがユールディンに攻めこんでもあっという間に返り討ちだよ!と兵士達はヤジを飛ばしまくっている。
「しかし我々はこいつらを捕縛するのには苦労した。なんせ汚いし臭いったらなかったからな!こいつら紅の騎士団からお漏らし騎士団に改名しろよと本気で思ったし!」
お漏らし騎士団とかマジうけるー!第三騎士団の皆様ご苦労様でした!我々がいたら喜んで変わりましたのに!と兵士達もその無様っぷりに大分溜飲が下がったようだ。
とうの紅の騎士団は、青い顔色赤い顔色土気色様々だが、全員そろって絶望した顔をしている。
ここまで大勢に己の所業と恥を晒されたら、もう表を歩けないだろう。
それ以前に犯罪者として裁かれ、良くて一生軟禁、悪くて打ち首だろう。
家によっては軟禁先で原因不明の死を遂げさせるだろうし、そもそも家そのものが取り潰しになる可能性も高いが、この辺りは近衛騎士団の調査次第だろう。
「兵士諸君、今日この日をもって、本当に、本当に平和が訪れたのだ!皆、ご苦労様でした!」
兵士達から大きな喝采が上がる。
和睦締結時に負けないくらいの声は、辺り一面に響きわたり、近隣の村にまで届いたという。
本当ならこのまま宴会に突入したかったのだが、昨晩に酒を飲み尽くしていたし、食料も心なかったため、昼休憩を挟んでヴェルデローザの街まで進む事にした。
早馬で、ヴェルデローザを治めるバセット子爵に酒と食料と宴会の用意と、紅の騎士団を洗うための水場の用意をお願いする。
早馬にはバセット家次男フリックを指名し、リッツとアベイルを護衛に送り出した。
そこまで指示を出すと、俺はリグリエッタのいる天幕へ足を運んだ。
警備のシュライザーとランデル、念のために待機させておいたノックスとメラニアが疲れた顔をして立っていた。
「どうだ、様子は?」
「当初は暴れて錠から抜け出そうとしたりしましたが、途中から泣き出して、さらに団長の予想通り自決しようとしたので治療して布を噛ませてあります」
「ご苦労」
ランデルの報告に労いの言葉を返すと、布を噛まされて茫然自失としていたリグリエッタ姫の前に立つ。
そこでようやく俺の存在に気づいたリグリエッタ姫は、顔を青くして後退さろうとするも、足に力が入らないのか座っている椅子は動かずにただ両足が地面を擦るだけだった。
「お前の騎士ごっこは、これでもうお仕舞いだ」
俺の言葉に怒るでもなく泣くでもなくただ恐怖で両足を動かし続けるだけのリグリエッタ姫に、これ以上の言葉は不要だと悟って、専用馬車に移動させるよう指示を出してその場を後にした。