最悪の脳筋
目は虚ろになり、オーラも引っ込んだリグリエッタ姫に、俺はトドメの言葉を投げかける。
ハプニングは起きたが、ここで潰すことには変わりないからな。
「自分が大好きな剣聖ナタリーの直系子孫のマリーが、だよ。自分がどれだけ崇拝しようとマリーこそが剣聖ナタリーの、ランガー公爵家の後継者だ。にもかかわらずマリーは病弱だった。こんな奴が剣聖の子孫だなんて、ていう嫉妬と憎悪の暗い感情から『そんな病弱な体では剣聖ナタリーのようになるのは無理だ!』って言葉を浴びせ続けたんだ」
「違う、私は、マリーの為を思って」
「嘘をつくな。マリーから聞いてるぞ。リグリエッタ姫だけは一度として病弱な体を克服すれば剣聖のような強い女性になれるとか、そういった励ましを言わなかったってな。マリーの為ならなんで諦めろ、無理だって繰り返したんだよ」
「き、厳しく言う者が一人は必要だ、と」
「厳しく?甘やかされた事しかないお前がよく言うな?だがお前の目論みは外れて、マリーはやっと病気をしなくなって、剣の練習を始める事が出来た。それを聞いた父親にお願いして試験じゃなくコネでやっと騎士になったお前は、もしマリーまで騎士になったらやはり剣聖の後継者はマリーだと、周りがそう評価するのを恐れた」
そう、リグリエッタ姫は登用試験すら受ける事なく本当にコネだけで入団した。
騎士としての実力が足りないのも、当たり前だ。
自分に何が足りないのかも知らなかったのだから。
「だから恐怖にかられたお前は、まだやっと木剣を振り始めたばかりのマリーを無理矢理しごき倒して、『剣才がないから諦めろ』なんて罵声を浴びせて、ひとまず自分の中の恐怖を抑える事に成功したからその場を去った」
自分で話してて何だが、仮にも王女のくせしてクズすぎないか?
国王の教育方針を疑ってしまうが、でも姉君方は三人とも王女としては至極まともなんだよなぁ。
「本当にマリーを思って厳しくするなら一から教えてやるのが正しい姿のはずなのに、お前はまだ剣の握り方すら知らない少女を叩きのめして、心を折ってやろうとしただけだった。マリーの為?笑わせるな」
「違う、私は、私は」
「まだ否定するのか。だが流石にこれはランガー公爵を始め他の王族の反感を買いまくったのと、騎士としての自分の時間に酔っていたお前の都合もあって一度で済んだみたいだがな」
まあ実際に健康になったマリーと自分の実力差が大きかった事に安心したのと、憧れの騎士になれた事が嬉しかったのだろう、この時期のリグリエッタ姫はマリーとの接触が極端に少ない。
マリーにとってはバダック子爵の特訓の邪魔が入らず幸運な時間だったみたいだが。
「騎士になったお前は剣聖と同じ道を歩めるんじゃないかとガキ染みた願望を持った。お前の立場じゃあ絶対に持っちゃならない願望だ。それを騎士としての日々がより肥大化させた。肥大化した願望はお前にとって真実となった。だからお前は許せなかった。俺が何を言いたいか、わかるよな?」
「わ、わからない」
俺から目をそらして、普段なら考えられない小声で答えるリグリエッタ姫。
「嘘をつくな!」
リグリエッタ姫はビクリ、と体を震わせた。
「お前は第三騎士団の皆に『正しい騎士』とはなんたるかを説く事によって自分こそが正しい騎士、最上の騎士だと思い込むようになった。最上の騎士、つまり剣聖に一番近い騎士だ。にもかかわらずそれでも自分は剣聖の後継者じゃないとお前は現実を突き付けられた。そうだ、ユールディンの第一皇子との顔合わせ会談だ。何故なら剣聖の後継者は政略結婚なんかしないからだ!」
リグリエッタ姫が婚約者から外れて、歳の近いマリーじゃなく遠縁のクーデリカ様が選ばれたのも、マリーがいずれランガー公爵家を継ぐからだった。
「ひぐッ!ウウゥ…」
リグリエッタ姫はもはやまともな受け答えすら出来ない。
「自分は剣聖の後継者のはずなのに、何で政略結婚をさせられなければならないと、そう考えたお前は、会談を滅茶苦茶にすれば婚約破棄をされるに違いないと考えた。ああ、そうだよ、お前の目論み通りあのラグラント史上最悪の会談の最後にリンクス公爵様はユールディン側から別の婚約者を探してくれと非公式に伝えられたよ。だが途中退場させられたお前はそれを知らなかった。だからお前は自らトドメを刺しにユールディンへ向かった」
流石に一人では出向けなかったが、かといって人を連れて正式に出向こうとすれば止められる。
だから取り巻きどもを連れてユールディンへと向かった。
「無事にユールディンへと辿り着いてしまったお前は、第一皇子をボコボコにしようと考えた。小心者の癖して脳筋のお前は、相手を叩き潰せばどうにかなると、そんな浅はかな考えしかもってなかった」
そしてタイミングが悪い事に第一皇子はリグリエッタ姫と出会ってしまった。
しかもお供が近衛ではなくボンボンの集まりの時に。
「運良く相手をボコボコにしたお前は、これで自分は婚約者から外れると、そう思っていたはずだ。実際そうなった。第一皇子が死ぬって結末でな!」
顔を真っ青にしたリグリエッタ姫は今にも倒れそうだった。
「あんたは焦った。まさか相手が死ぬなんて思ってなかったはずだからな。しかも使者はお前の命を対価に要求した。そんな事は受け入れられないと父なら言ってくれるとお前は分かっていた。だが、自分の今後はどうなるだろうか?良くて国内の地方貴族と強制結婚、悪くて離宮に幽閉生活かもしれない、そこに不安を抱いたお前は、最悪の選択をした。そう戦争になれば全てが有耶無耶に出来るってな!」
困ったら、とりあえず力技でなんとかする。
脳筋極まれり、まさに最悪の脳筋だった。
リグリエッタ姫は膝から崩れ落ちて、剣を手放した。
「実際そうなった。戦争をおっ始める原因を作ったお前は何故か第三騎士団に残留して、自ら戦争の矢面に立つことによって己を正当化した。ああ、戦場で一番に敵に向かって駆けていく。まさに剣聖ナタリーそのものだと」
リグリエッタ姫はピクリとも動かない。
頭を項垂れて、表情もわからない。
「だが俺達に、国にとっては許せるもんじゃなかった。本来なら起こるはずじゃなかった無駄な戦争。そのお陰で死ななくて良いはずの兵が沢山死んで、第三騎士団は優秀な団長と副団長を病と怪我で一挙に失い、天災のために備蓄されていた食料や物資は戦場で消費され、大洪水で無茶苦茶になった西方辺境領の回復も覚束ない」
西方辺境領のリラシア辺境伯は必死に領民を飢えさせないために不眠不休で働いているのに、そこにさらに出兵の要請まで出された。
俺のコスタル男爵領は洪水を逃れた山側の、畜産を主としたギリギリ男爵領って小さな土地だったため大きなダメージはないが、それでも小麦等の値上がりで余裕はない、と代官からは伝えられたため、俺個人のポケットから金を出してなんとかしている状態だ。
リラシア辺境伯は、家の比じゃないだろうなってところに出兵費用まで負担させられた。
寄り親として良く知っているだけに、いたたまれない。
「だから俺はこの戦争をなんとか早く終わらせたいと、騎士団長にさせられたあの日から、ずっと思ってきた。だからお前が邪魔だった。だから嵌めてやる事にした。『紅の騎士団の団長様』って餌を使ってな」
国王がリグリエッタ姫を副騎士団長に据えたがってる、そうリンクス公爵から聞かされた俺は、リンクス公爵とともに一計を案じた。
剣聖ナタリーの後継者は自分だと、本気でそう考えてるリグリエッタ姫に、副騎士団長ではなく団長、しかも新たな騎士団を創設して、お飾りに据えてやればしばらくは大人しくなるはず。
その間に戦争終結に向けてなんとしてでも手を尽くすと誓った俺達は、宰相やフォーゲル団長など文武官のトップも仲間に率いれて、国王やリグリエッタ姫の取り巻きどもに漏れないよう極秘に動き出した。
しかも、俺が騎士団長になってすぐに運がまわってきた。
相手の総大将が老齢の将軍から第二皇子のキーランに変わり、その初戦で俺達は互いの存在を知ることになった。
俺はキーランを、キーランは俺を信じて極秘に接触し、かつての友に変わりがない事に安堵した。
これで和睦への道筋を作れると。
「お前を前線から排除できたお陰で、今回の和睦はトントン拍子に話が進んだよ。そりゃそうだ、お前とお前の取り巻き以外、誰も戦争なんて続けたくなかったんだからな!」
正直、タイミングとしては今回が一番良かった。
そろそろ抑えるのも限界だと宰相から伝えられ、キーランの方も第三皇子が謀反の足場を固め終えたと密偵から報告があった。
俺はリグリエッタ姫を国と女神に叛いた反逆者として仕立てあげるため、キーランは東部皇家と手を組んで邪魔な派閥を一掃するために女神の後ろ楯を必要としていたため、これ以上ないタイミングだった。
「だが、お前にとっては和睦は都合が悪かった。おまけにお前の知らない間にマリーが第三騎士団に正式に騎士として入団して、戦争に参加していた」
マリーが騎士になった事は、調べればわかるが調べなければわからない程度の話に抑えておいた。
どうせ当分は団長になって有頂天のリグリエッタ姫は騎士団ごっこに勤しんでマリーの事なんか頭の中にないだろうと踏んだからだ。
案の定、マリーが初陣を飾って暫くしてからやっとマリーが第三騎士団に入団したことを知ったリグリエッタ姫は、強い危機感を抱いたのだろう宰相やフォーゲル団長に対して紅の騎士団も前線に出るべきだと訴え始めた。
ここから細心の注意を払ってタイミングを見計り、パムルゲンでの会戦の時期を調整した。
後は知っての通りだ。
リグリエッタ姫は先ほどからずっと動かないが、他の紅の団員の中にはチラホラ異常が出始めていた。
「な、なんで、こんな時にぃ~」
腹を押さえて苦しそうにし始めた紅の団員を見つけて、俺は最後の追い討ちをかけることにした。
「マリーが前線で活躍すれば、やはり周囲はマリーこそ剣聖ナタリーの再来だ、後継者だと言い出すに違いない。そんなことお前は耐えきれなかった」
リグリエッタ姫は座り込んだままだったが、手から落ちたままだった剣を静か握り直した。
よし、もう一歩だな。
「だからお前は近衛に嘘の情報を流して王都を抜け出し、自分勝手な理由で戦争に参加するために前線へと出てこようとした。だがそれが叶わなくなりそうな話をまさかマリーから聞く事になるとは思ってなかっただろうな」
剣を握った手に力が入っていくのがわかる。
剣を握っていない左手は地面に爪痕をつけている。
「お前が豊穣の女神カウリエン様の仲裁すら否定したのは、戦争が終われば自分の騎士としての道が終わると思ったからだ。例え騎士団長になろうとも、実績をあげなければ戦争が終わればお前を待っているのは騎士以外の道だと考えたんだろうな。ならば、なんとしても戦争は続いて貰わなければならない。おまけに邪魔なマリーは早馬で王都に向かった。このチャンスを逃す手はないと、そう思ったろう。だが、残念だったな」
俺は一呼吸をいれて、項垂れたリグリエッタ姫の頭へ声を大にしてトドメの一撃をくれてやった。
「和睦が成った時点で仮初めの騎士団長の座も、騎士としての立場すら、すでにお前の手からこぼれ落ちてたんだよ。俺に言わせれば最初からお前なんか騎士じゃなかった。最初から最後まで自分の欲望のままに動いていたお前は、剣聖ナタリーが倒した古代王朝の欲望にまみれた王族そのものだったがな!諦めて反逆者として捕縛されるがいい!」
俺の言葉に、リグリエッタ姫は音もなく立ち上がった。
頭は項垂れたまま、表情は見えない。
「くっくっく、そうとも。お前の言う通りだ。私は私の願望を叶えるために戦争を起こした。だが、お前は知るまい。私は、女神アレイナに選ばれし者なのだ!」
唐突に、リグリエッタ姫から先ほどとは比べ物にならないくらいのオーラが立ち上る。
色も、紅色ではなくどこか禍々しい赤黒い、血を連想する色になっていた。
「これは予想外だな。シャロの勘は本当に良く当たる」
俺の言葉に反応したリグリエッタ姫が、バッと顔を上げる。
おおう、完全にいっちゃった目をしてやがる。
「この力こそ、女神アレイナ様に選ばれし証拠!女神アレイナの加護だ!『紅の聖鎧』はアレイナ様の加護と共に使用しなければその威力は半減される。私こそ、私こそが剣聖ナタリーの再来なのだぁ!」
またもやオーラの中で変なポーズでイキりだすリグリエッタ姫。
同じパターンじゃねーか。
「はい、嘘。なんの力かはわかんねーけど、そりゃ加護じゃねえよ」
リグリエッタ姫は剣を地面に叩きつけた。
先ほどとは違って大きな亀裂が五、六メートルは広がった。
「はっはっは!貴様こそ現実を見ろ!この力のどこが加護じゃないというのだ!」
「だから、さっきもそれで俺に一太刀も浴びせられなかったじゃん。同じパターンだって気づけよ」
「減らず口もそこまでだ!今度は最初から最大の力で消し飛ばしてくれるわ!」
リグリエッタ姫は紅の剣の先までオーラで包むと、勢いよくこちらに振り下ろしてきた。
ギイィィィィイン!
ヒュルヒュルヒュルヒュル~~トス。
「は?」
リグリエッタ姫は、己が振り下ろした剣を信じられないといった表情で眺めていた。
オーラで包まれていたはずの紅の剣は、刃渡りの根元部分から折られて、先っぽが俺達が立っていた場所から3メートルほど横に突き刺さっていた。
リグリエッタ姫の視線の先には、剣を殴り折った俺の拳があった。
「ほんと、成長しねぇなぁ」
俺は拳をゆっくりと上げる。
リグリエッタ姫の視線は俺の拳から離れない。
俺は、全力の殺気を上乗せして、リグリエッタ姫の顔面に拳を振り抜いた。
「この脳筋馬鹿姫があぁぁぁーーー!」
「あべしッ!」
お姫様があげちゃいけない声をあげながら、リグリエッタ姫は土煙の奥へとぶっ飛んでいった。
「ふう、ま・ん・ぞ・く!」
俺はきっと今の自分はモフナデしている時の次くらいに良い笑顔をしているんだろうなぁと思いながら、いつの間にか横にいたシャロが渡してくれた綺麗な布で拳を拭うのだった。