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副団長鬼のタイマンシゴキ

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侯爵家の三男 ×


侯爵家の次男 ○


「ほらほらどうした。足がもつれてるぞ?」


「う、うるさい!」


 何度も俺に斬りかかってきたリグリエッタ姫だが、その度に軽くいなして手足や胴、背中に蹴りや打撃を打ち込んでやる。


 リグリエッタ姫は肩で息をして疲労困憊だ。


「おいおい、この程度で息があがるとかどれだけ軟弱なんだよ。それに俺なんかまだ優しいほうだぞ。周り見ろよ」


 ランデルは、一応名目上は紅の騎士団の副団長だという侯爵家の次男を相手に第三騎士団名物、副団長鬼のタイマンシゴキを行っていた。


「遅い!何だ貴様その槍の突き方は!その程度の突きではウサギすら倒せぬぞ!最低限これくらいの速さは出せ!」


 ドゴン!と石突きで相手の腹を打ち据えると、五メートルはぶっ飛ばした。


 相手が取り落とした槍を拾うと未だに立てないそいつの顔の真横に拾った槍を突き刺す。


 ヒィッ!と悲鳴が上がった。


「さっさと立たんかウスノロが!この程度の一撃で何をグズグズしている!何?立てない?ほう、ならばこの役に立たない両足は要らないだろう。今すぐ斬り落としてやろう!そうだ!立てるではないか!早く槍を持たんか!持てないぃ?ならそのお飾りの両腕の骨を粉々にしてやる!それが嫌ならさっさと構えんかぁ!」


 流石ランデル。ちゃんと手加減している。


 彼が本気になると初撃で骨を折るくらいはやる。



「ほらほらどうした。その豪華な意匠の盾は飾りか?その程度で国を護るとは聞いてあきれるぞ」


 アリュードは盾持ちを相手に次々に槍を突きいれている。


 細かいステップワークで右から左からと相手の動きをその場に縫い止めていた。


「ほら盾に隠れてこちらを見もしないから足元ががら空きだぞ?」


「ギャッ!」


 盾の下で無防備だった足の甲に浅く槍を刺し、盾が下がったところでがら空きになった顔にわざとギリギリ槍先を当てて相手の兜をぶっ飛ばした。器用だな。


「盾の下に隠れたところで無駄だ!このような見た目だけの盾などクズ鉄にしてやるわ」


 ついに盾の下に隠れるように尻餅をついた相手に、盾を端から削っていくアリュード。


 本気ならもうあの盾、穴だらけだよな。




「おいおいそんなひ弱な剣筋で一体何が切れるんだよ?芋くらいじゃねぇかぁ?」


 盾を構えもせずに、角のみで相手の剣を跳ね返しているグラウ。


「おーい俺はまだ一歩も動いてないぜ?まったく退屈だな、これならうちのチビ達を相手にしていた方がまだマシだ。そうだほら斬りかかってこい!よっしじゃあお空を散歩といこうぜっと!」


 挑発にのって大上段で斬りかかってきた相手の剣をがっしり受け止めた後、角を体に引っかけて真上に跳ねあげた。


「おーら楽しいだろ?うちのチビ達もこれが大好きでなぁ!おらよっと!はっはっは遠慮するなよ後百回は余裕で出来るからよ!」


 角で受け止める度に鳩尾や胸を強打されて悲鳴をあげる相手を楽しそうに跳ねあげ続けるグラウ。


 うん、角を突き刺してないから余裕余裕。



「貴様を切り刻む日が訪れた事をカウリエン様と団長に感謝せねば」


 シュライザーは爛々とした目付きで剣を一閃する。


「アギッ!」


 シュライザーが斬りつけている相手はメラニアにつきまとっていた奴だ。


「貴様には二度とメラニアにつきまとわないよう体に刻み込んでやらないとな」


 シュライザーが一振りするごとに手から足から血が流れていく。


 シュライザーの鋭い剣は、見た目重視の鎧なんて意味をなさない感じで鎧ごと切り裂いていた。

 

「アギャ!ウギ!や、やめてくれぇー!」


 シュライザーの剣筋が速すぎて見えてないのだろう。ただつっ立ってるだけで切り傷が増えていくように感じてるんだろうな。


 実はシュライザーはメラニアと婚約していて、この戦が終わったら結婚することになっている。


 シュライザーはメラニアがつきまとわれている時も何度こいつを斬って捨てようとしたかわからないくらい怒っていた。

 

 だけどこいつが伯爵家の次男ってのもあってメラニアから手を出すのはまずい、私が我慢すれば大丈夫だからと手を出すに出せなかった。


 その鬱憤を晴らす事が出来て滅茶苦茶生き生きと斬り刻んでるな。


「メラニアは何度もつきまとうのをやめてくれと言ったはずなのにお前はやめなかったろう?そんなお前にやめろと言われてやめるわけがない。何、殺しはしない。死にかけたらメラニアとノックス殿がすぐに治してくれるから何度でも斬り刻める!」


 シュライザーの後ろではメラニアとノックスが良い笑顔で頷いていた。


 うん、死なない程度に刻むだけならセーフ。



「さて、いつもいつも僕を騎士に相応しくない矮小なトカゲ風情がって馬鹿にしてくれたけど、覚悟は出来てるかな?例え女だろうと容赦はしないよ」


「ワタクシが貴様のような敵に対しこそこそと嗅ぎまわることしか出来ない小さき者に遅れをとるなどありえませんわ!」


 リッツが金髪ドリルヘアーのお嬢様を相手に剣を構えた。


 金髪ドリルが言うようにリッツは偵察が主な任務だ。


 彼は己の体の色を変化させ、まわりの景色に溶け込む事ができる特殊な技能を持っているからだ。


 背丈も確かに金髪ドリルより頭二つ近く小さいが、だからといってリッツが弱いかといったらそんな事は全然ない。


 むしろ、その実力は第三騎士団内でも上から数えた方が早い。


「この!ちょこまかと!」


「そんなノロマな剣じゃいつまでたってもあたってやれないぞ。それに、そんな大振りじゃあ隙だらけだっての」


「あうっ!」


 リッツは金髪ドリルの剣を避けながらすれ違いざまに足に斬りつけた。


 金髪ドリルはたまらず膝をつく。


「ほい隙あり」


「ギャアアア!ワタクシの美しい顔に傷がぁ!」


「顔を怪我したくなければ兜とくらいかぶってこいよ。髪型を気にして兜もかぶらず戦場出てきた挙げ句にちょっと斬られたくらいで泣き叫ぶなんて騎士にあるまじき行為だ。そんなの軽傷だ。怪我のうちにも入りゃしない。まだまだこれからだぞ」


 金髪ドリルを切り落としながらも、なおも手を緩めないリッツ。


 うん、容赦ねぇ。


 容赦ねぇけどリッツの場合は体に合わせて剣が小さい分急所狙いが基本なんだが今回はちゃんと急所は外してるから問題ない。


 その他の団員も、ちゃんと殺さない程度には手加減してやってるみたいだ。


「いやー皆ちゃんと手加減出来てるみたいで安心した」


「こ、このような屈辱、許しておけるものかぁ!」


 息を整えたリグリエッタ姫が再び斬りかかってくるが、俺はさらりとかわして足を引っかけてスッ転ばしてやった。


「き、貴様、何故剣を抜かない!騎士ならば正々堂々剣で戦え!」


 すぐに立ち上がるも剣を杖代わりにして立っているのがやっとの状態でそう言われてもなぁ。


「剣なんか抜くまでもないって事だよ。あんたにゃしょっちゅう剣術訓練を強制させられたけどな、一度だってまともに相手をしたことなんざねぇよ」


「嘘だ!時には私が押し込んだ事だって」


「ありゃあんたを怪我させると国王様に怒られるから細心の注意を払ってやってたし、たまには自分の剣がこちらに通じるような演技をしないとあんた延々と訓練を強制してくるからな。俺にはあんたの訓練なんかよりもっと大事な仕事が山とあったんだよ」


「それでも!私が他の団員に勝つ事だって」


「まったく才能がないとは言わないけどな、それでもあんたの剣は第三騎士団でも下から数えた方が早いレベルの腕だし、それにあんたに負けたフリックだってあの時は入団してすぐだったから今やったらフリックが勝つんじゃないかな」


「私が、あのような小僧に遅れをとるだと?!」


「フリックはランデルのシゴキに毎日耐えていた。甘やかされてばかりのあんたとは鍛え方が違う。大体あんたが剣で勝った奴は俺同様あんたを怪我させて王様に怒られるのが嫌だったけど怪我させずに勝負するのが無理だったからわざと負けた奴とか、そもそも盾役で獲物がメイスだから剣がそこまで得意じゃない奴とかだぞ。剣を普段扱わない奴に剣しか扱えない奴が勝ったところで何の自慢になるんだよ。誰もあんたの腕前を認めてなんかいなかったよ」


「そんな事あるか!私は、私は皆に認められて騎士に」


「皆に?お笑い草だな。あんたは父親である国王様に駄々こねたり泣きついたりして無理矢理騎士に任命してもらったにすぎない。他の誰が認めたって?まさかあんたの取り巻きどもの事じゃないよな?俺達第三騎士団は一人としてあんたを騎士として認めていない」


「それは、私の剣では騎士としての実力が足りないと、そう言っているのか」


「剣の腕前?騎士としての実力?そんなもん鍛えれば何とでもなる。騎士に必要なのは国を護るという誓いに忠実である事、仲間を信頼し、仲間に信頼される絆を作る事、上役の命に忠実に従い、騎士団員としての自覚をもつ事、最低でもこの三つが必要だ」


 騎士団に入団する時に教えられるもっとも基本的なルールだ。


 もちろんリグリエッタ姫が入団する時にも説明している。


「国を護る事こそ騎士の本分、騎士自らが戦の切っ掛けを作るなんざ言語道断だ」


 自分で婚約を破棄した挙げ句に戦争を起こす切っ掛けとなった第一皇子との一連の流れは、許されるもんじゃない。


「仲間を信頼しない奴に戦場で背中を預けられるか。自分勝手な騎士像を押し付けて、他の団員を相応しくないなどと口走る奴に絆なんか作れるかよ」


 物語の騎士様に憧れて、自分の中の騎士像とは合わない奴を散々扱き下ろす、そんな奴は仲間なんかじゃない。


「俺達は騎士『団』だ。個人の技量や活躍なんか二の次だ。団員全員が規律を守り、一つの塊として統率されて初めてその強さを限界まで引き出せるんだ。指示も聞かずに無謀に敵陣に突っ込んで味方を危険にさらす奴なんざ和を乱すだけの無法者だ、断じて騎士じゃない」


 己の力量も省みずこちらの指示も聞かずに前線に突っ込んで、怪我をさせないよう周りを固めて無理矢理守護陣形を作らざる得なくなった。


 なのにそれさえ勝手に抜け出して相手に囲まれて、救出した前副団長が引退に追い込まれた大怪我をしたにも関わらず本人は物語のワンシーンと同じだったと喜んでいた。


 俺もその場にいたが、前副団長が身を呈して守らなければリグリエッタ姫は後ろから槍で刺されて死んでいた。


 今でもあの時副団長を止めてこいつを見殺しにしなかった事を悔やんでいる。


「わた、しが、騎士じゃ、ない、だと…?」


「そうだ、お前は騎士じゃない。お前は物語に出てくる英雄騎士ごっこをしているお転婆お嬢様がそのまま大人になっただけのはた迷惑な脳筋王女だ。戦争前からだってあんたの仕事ぶりは酷いもんだったぞ」


 目を見開いて動揺しているリグリエッタ姫。


 ようやく俺の話を『聞ける』状態にまで引きずり下ろせたらしい。


 ここで畳み掛けてこいつの心をポッキリ折ってやらないとな。


「巡回中に男と女がケンカしてたってだけでろくすっぽ話も聞かずに男の方をぶん殴って牢屋にぶちこんだり、麻薬犯罪取り締まってる時だって娼婦ってだけで裏もとらずに逮捕したり、取り巻きが白だって言ったからだって収賄の容疑者勝手に釈放したり、あげたら切りがないなお前の騎士じゃないエピソード」


 今あげたエピソード、たった1日の間に起きたんだぜ?信じられるか?


 しかも、こんなのが日常茶飯事だったんだ。


 当時の俺は副団長補佐だったから牢屋に入れられた男の件を引き継いで後始末させられたが、その後の二件はランデルと前副団長がそれぞれ後始末をさせられていた。


 関係各所に謝りに回った前団長がやけ酒に走るのも理解できる。

 

「ちなみに男は女と夫婦だったけど浮気された挙げ句子供のためにと貯めていた貯金を使い果たされたどころか借金までさせられていた可哀想な人だったんだぞ」


 俺が激オコな男を宥めて落ち着かせて長い話を聞き終えて女房をとっちめて男の無罪を証明するのにどれだけ苦労したか。


「娼婦の方はむしろ麻薬の情報をリークしてくれていた情報提供者だったのに、お前のせいでお上に睨まれた厄介者のレッテル貼られて、情報提供どころか娼館からも追い出されて田舎に仕送りが出来なくなったって泣いてたから、騎士団総出で身請け先探して、何とか某子爵家にメイドとして雇ってもらったんだ」


 娼婦だからと色眼鏡で見る馬鹿もいるが、大抵の娘はなりたくてなった訳じゃない。身売りする代わりに家族を助けるために娼婦になった子が大半だ。


 それでも危険を侵して麻薬捜査の協力をしてくれていたいい子だったのに、リグリエッタ姫のせいで恩を仇で返す形になってしまった。


 しかも彼女の情報から麻薬の元締めまで行き着いて、大きな犯罪集団を潰す事に成功したんだから余計に。


 第三騎士団の皆で方々を探して何とかとある子爵家がメイドが一人結婚退職するからと身請けして雇ってくれた。


「収賄容疑者のあの男はな、お前に無罪だって吹き込んだ取り巻きの実家の男爵家とズブズブでな、男の商会との裏取引で稼がせてやった見返りに多額の賄賂を男爵家はもらっていたんだ。中々尻尾を出さない奴だったがやっとの事で逮捕したってのにお前が勝手に釈放したもんだから危うく証拠を隠滅される所だったんだ!」


 リッツ達が中心になって三ヶ月以上かけた大捕物だったのに、全てがパーになる所だった。


 商会も男爵家も取り潰しとなったが、取り巻きが一人減ったのも気づかないリグリエッタ姫は平然としていた。


「そんな話、私は、知らない」


 剣を取り落として、頭を抱えながら自分の行いを否定するリグリエッタ姫。


 もうちょいだな。


「知らないわけあるか。どの事件もきちんと顛末まで話して口酸っぱく注意したのにあんたは聞きもしなかったんだよ。それどころかあんたの後始末に翻弄される皆に対して『私こそが正しい騎士だ。正しき行いをして何が悪い』って逆ギレして、次の日には綺麗さっぱり忘れてやがったんだ」


「う、ううぅ」


 ついにしゃがみこんで耳をふさいでしまった。


「そんなお前のどこが騎士なんだよっ!!!」


「うううアアアアァーーー!」


 俺のとどめの一言に、金切り声をあげたリグリエッタ姫から彼女の身体を覆うように紅いオーラが出現した。


「何なんだ」


「アアアアァァァッハハハハ!やっぱり、やっぱり私は騎士じゃないか!選ばれし騎士の中の騎士、剣聖ナタリー様と同じようにな!」


 リグリエッタ姫はオーラの中で顔に手を当てながら高笑いしはじめた。


「この紅きオーラこそその証!剣聖ナタリー様が使ったと言われるこの『紅き聖鎧』を、顕現せしめた私こそが、選ばれし最強の騎士なのだ!」


 なんか急にイキりはじめたリグリエッタ姫が、紅いオーラの中で痛いポーズをとっていた。


 紅い髪に紅い鎧に紅いオーラで目がチカチカするな。


「デューク!貴様は私を騎士に相応しくないないなどとよくも虚言を用いて貶めてくれたな!貴様こそ騎士に相応しくない冒険者あがりの口だけのゴロツキの分際で!まずは貴様を無礼打ちにしてくれるわ!」


 紅い剣の切っ先をこちらに向けて、威勢よく啖呵を切ったリグリエッタ姫は俺に向かって襲いかかってきたのだった。


 

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