無名の勇者 ~世界を救うために勇者パーティーにいましたが俺でも魔王を倒せるらしいのでパーティーを追放されても問題ありません~
注意!
この作品は没になったものを供養目的で投稿したものです。一応、きりがいいところで終わらせましたが、これの続きは出ないと思います。(人気が出たら連載するかも……)
俺は強くなると決めたんだ。
「……カ、イン……絵本……を、読んで……あげ……る」
「…………」
幼少期の……弱かった頃の俺は母さんが死んでいくのを泣きながら見ることしかできなかった。
「ああ……私の可愛い可愛いカイン。ごめんね……お母さんが弱いせいで……」
「ちがっ……俺が弱いからっ! ずっと、母さんに迷惑をかけてたから!」
「カイン……カイン……私、離れたくないよぉ……」
俺はスラム街で産まれた。母さんは娼婦で、父親は顔も名前も知らない浮浪者のおっさんだ。
母さんは優しかった。何の役にも立たない俺を育ててくれた。
母さんは強かった。何の役に立たない俺を護ってくれた。
何の役にも立たない俺を……。弱かった俺を……。
「……カイン。強くなってね。私みたいにならないでね」
「かあ……さん……」
「……それ、じゃあ……最後に。絵本を読んであげるわ……とっても強い勇者様のお話……」
母さんはその話を最後に、もう二度と言葉を発することはできなかった。
◇◇◇
「……やあぁ。君のお母さん買いに来た客だよぉ。会わせてちょうだいぃ?」
「死んだ? ……そんなもん関係ないねぇ。僕は会わせろつったんだぁ」
「――雑魚の無能のくせに突っかかってきてんじゃないよ。弱い男にできることは地面とキスすることだけだよぉ。逆に僕みたいないい男はいい女とキスできるのさぁ。君のお母さんみたいな人とねぇ」
「ハッハッハ。雑魚のくせに一丁前に睨むねぇ。何にも怖くないけど」
「じゃあ、通らせてもらうねぇ。安心しなよぉ。対価はちゃんと払うさぁ。それまで寝てなよぉ」
「……やあぁ。約束通り対価を払いに来たよぉ。起きるまで待ってた僕にありがとうございますはぁ?」
「ていっても、手持ちの金なんてないからねぇ。代わりに剣を教えてあげるよ」
「どうするぅ? 僕の手を取れば、君は強くなれるよぉ」
「――うん。わかった。僕が君を必ず強くしよう。みんなに尊敬される有名な剣士にしてあげる」
「よろしくねぇ」
俺は強くなると決めたんだ。
だからあの日、あいつの手を取り、剣を握った。
強くなるために。誰もが俺の名前を聞いただけでひれ伏すように。
◇◇◇
――あるところに、平和を惑わす魔王現れる
――魔王、世界を支配せんと目論見、数多の悪を従える
――人々、それに抵抗せんとするも、打ち滅ぼされてゆく
――魔王、世界を半分支配し、世界は混沌と化す
――混沌なる世界に、救世の女神現る
――救世の女神、ある羊飼いの青年に一本の剣を与える
――その青年、この世で唯一、魔王に勝てる存在だと教えられる
――聖剣を持ちし青年、勇敢にも魔王を倒す旅に出る
――その勇敢なる者、旅の道中にて、聖女、聖術師、聖騎士という美しい少女たちと出会う
――少女たち、勇敢なる青年を支えし聖戦士と信託が下りる
――勇敢なる者たち、淫蕩なる魔王と戦う
――魔王、聖剣によって塵となり、倒される
――人々、世界を救った青年を勇者とたたえる
『勇者伝説』より
◇◇◇
勇者パーティーのお荷物こと俺、カインは、現代に現れた魔王を前に誰もが知る勇者伝説を思い出していた。走馬灯に近いものだと思う。まだ死ぬつもりはないけど。
ずっと昔にいた勇者様のことを想うのは、今の勇者様が頼りないからだ。
……いや、勇者だけじゃない。勇者を支える存在であるはずの聖女・聖術師・聖騎士も正直言って弱い。彼女たちと比べると、勇者がまだましなレベルだ。
はっきりと言って、三メートルを超え、瘴気に満ち溢れるこの化け物には絶対に勝てないだろう。
「オールアップ! ハアア!」
「むう! 人間にこれ程の強者がいたとは!」
勇者様御一行に補助魔法を使いながら、魔王の巨木の丸太のような腕を剣で受け流す。
彼らは俺のことを足手まとい扱いするし、民衆は俺の存在すら知らないが、はっきりと言って勇者パーティー最強は俺だ。
勇者は俺の補助魔法ありでやっと強いのに対し、俺は剣一本あれば魔王と戦える。
今も、勇者や女たちを強化しながら一番前で戦っている。
……勇者たちは俺のことを頑なに認めないけど……まあ、俺だけ伝説に存在しない雑用係だからな。
そんな俺がどうしてこのパーティーにいるのかというと、もちろん世界を救うためだ。
……まあ、本音を言うと俺が死なないためだ。魔王が世界を支配したら、当然俺は殺される。
のくせに、魔王を唯一倒せる勇者御一行は雑魚の集まり。いつか、勇者としての力が覚醒するとみんな言うし、彼もその気になってしまっている。
正直、そんな奴らが魔王を倒せるとは思えなかったので、俺が死なないために俺は勇者パーティーが秘密裏に集めていた雑用係に志願した。
それからは、剣と補助魔法でパーティーを支えながら、タダ働き同然ながらも頑張った。
ちなみに、俺の補助魔法でいきなり強くなったことに関しては、やっぱり彼らが覚醒したのだと周りは解釈していた。俺が魔法を使ってると思ってる奴は皆無だった。言ってないからしょうがないけど。勇者にへそ曲げられるくらいなら、有頂天になってくれてる方がやりやすいし。そんな義理もないし。
一応、勇者パーティーが解散する時に教えるつもりだけど。
「ぐっ!」
魔王の攻撃に耐えきれずに吹き飛ばされてしまう。
ちなみに、俺と一緒に前衛を担うべき勇者と聖騎士は気絶している。勇者は序盤で、聖騎士は俺の補助魔法もあってそこそこ頑張ってたけどさっきやられた。
「ククク。人間の強者よ。貴様は最後にしてやろう。お次は聖術師とやらだ」
「ひ! こ、この雑用! わ、私を助けなさい!」
「……悪い。ちょっと動けない」
「ッ! 使えないわね」
恐怖から混乱してしまった聖術師が詠唱を始める。
無防備にならざるを得ない詠唱状態を護る前衛がいないのに何やってんだ!
「ハイヒール! ハイヒール! ハイヒール! ハイヒール! ハイヒール! ハイヒール――あああああああああ! 起きてください!! アベル!!」
聖女は気絶した勇者を抱えて発狂しながら回復魔法をかけている。
とはいえ、魔王を討てるのは勇者だけが使える聖剣だけだ。勇者の復活は必須だし、彼女を責めるつもりはない。
「ククク。どうせ、我を倒せるのはあの雑魚だけだ。貴様の魔法を受けてやろう」
魔王もそれを理解しているのだろう。ニヤニヤとした顔で聖術師を見ている。
「ヘルインフェルノ!!」
そして、聖術師最強の魔法が発動される。
すべてを燃やし尽くさんとする獄炎は魔王に襲い掛かり――その直前で爆発した。
「え!?」
「なに!?」
俺と魔王が同時に驚愕の声をあげる。
ヘルインフェルノはこんな魔法じゃないはずだ!
「騙されたな!! ホーリーブレイク!!」
煙幕の中から、気絶していたと思っていた勇者が出てくる。
勇者は、そのまま無防備な魔王に聖剣を突き刺した。
「ぐおおおおおおお!? だが、これしき――!」
「だったら! アタックアップ!!」
「く!? いきなり、力があがっ――!?」
「これが、俺たち勇者パーティーの絆の力だ!!」
……いいえ。俺の補助魔法の力です。
というか、一芝居うつなんて聞いてないんだけど。勇者パーティーの絆とやらはどこに? 俺にはない? 確かに。
そんなことを考える俺を他所に、勇者たちは絆とやらを確かめるためにイチャイチャしていた。
「いや~疲れたぜ。まあ、お前らのためだと思ったら苦じゃなかったけどな!」
……いや。お前は途中からガチ気絶してただけじゃん。俺がどんだけ前線で頑張ったと。
「そうね。まあ、私に感謝しなさい。私の煙幕が完璧だったのが効いたのよ」
……そうだろうけど。魔王が油断しなかったら、詠唱中に殺されてたぞ。
「ふふふ。私も中々の名演技でしたよね?」
……お前は何もしてないじゃん。勇者がすぐに倒れてから(演技だったけど)ずっと彼の前でヒール言ってただけじゃん。
「ああ! みんなの協力のおかげだ!」
……まあいいや。魔王を倒したのは事実だし……ほとんどずっと俺が戦ってたけど。
「だが、さすがは魔王だ。俺も疲れてしまった」
お前、ずっと寝てただけじゃん!? それで、疲れたって言うんだったら、それは昨晩ずっとヤッてたからだと思う。
もうツッコむのも面倒くさい。
どうせ、これで彼らとの冒険も終わりだし。あとは、金をもらって旅にでも出るか。
「がああああああああ!!」
「――な!?」
聖術師の“犯罪者”というワードに引っかかったが、それを聞き返す間もなく、思いがけない事態が起きた。
突然、魔王が雄叫びを上げて動き出したのだ。
奴は、そのまま一か所に固まっていた勇者御一行にその巨大な拳を叩きつける。
「ディ、ディフェンスアップ!」
咄嗟に補助魔法をかけたので、勇者たちは死なずにすんだが、今度は演技ではなくガチで意識を失っていた。
「ガハハハ! 残念だったな! 我は魔神様より、『酒を呑めばあらゆるダメージを回復する』というスキルを賜っている!!」
「回復能力だと!?」
奴の言葉を肯定するように、魔王が腰にあった瓢箪から酒を呑むと傷が治っていった。
「くそ! 勇者が起きるまで、俺が一人で戦わねえといけないのかよ!?」
まあ、さっきからほぼ一対一だったけど……。
「残念ながら勇者は起きないぞ。なんせ、これから永遠の眠りにつくんだからな!」
マズい! あの野郎、さっきとは違って勝ちを取りに来てる!
唯一、魔王を倒せる勇者を真っ先に殺す気だ!
「――させるかああああ!!」
最後の力を振り絞って、魔王の首に剣を当てる。
「おおおおおおおおお!!」
「バカが! 勇者でない貴様じゃ我を倒せん!」
くっ! ……確かに俺じゃ奴を殺せねえ。
それでも、万策尽きた俺は無駄だとわかりながら首を切断する。
魔王の首は胴体と離れ――塵となっていった。
「……え?」
この現象は、『勇者伝説』にもあった魔王の最期だ。
だけど……
「バ、バカなあああ!? なぜ、勇者ではない貴様が我を倒せる!?」
そう。俺が魔王を倒せるはずがないのだ。
実は俺が勇者の血をひく高貴な身分の人間というわけでもないし、聖剣を握ることすらできない。
「ま、まさか! 勇者伝説は嘘だったのか!? 我を謀ったのか!! 人間ども!!」
……嘘?
嘘だったのか? 『勇者伝説』は……。
「……ひとまず、勇者たちを連れて帰るか」
考えても仕方ないので、勇者たちを担いで街に戻――
「あー。俺ももう限界か」
一歩を踏み出した瞬間、地面に倒れてしまう。
俺の体もボロボロだ。一回寝よう。
魔王は倒したのだし、もう俺の平和を脅かすものはいないだろう。
◇◇◇
「カイン。お前を俺たち勇者パーティーから追放する」
「は?」
魔王を倒した次の日の朝、いつものように安宿に泊まった俺は、最高級の宿で情事に耽る勇者パーティーを終わるまで待ってから、報酬の話をしようと部屋に入ったらそんなことを言われた。
「お前みたいな奴は、誇り高い勇者パーティーに相応しくないからな」
「今まで、慈悲で働かせてあげてただけ有難いと思いなさい」
「貴方みたいな役立たずを連れて戦うのは骨が折れましたわ」
聖騎士、聖術師、聖女からもそんな辛辣な言葉をもらう。
「……追放も何も、魔王を倒したからもう解散だと思うんだけど?」
たしか王国との契約もそうだったはずだ。
俺は今後、勇者パーティーにいたことは秘密にする代わりに王宮で悠々自適な生活を送るのだ。
「ああ。確かに魔王は俺の聖剣で倒した」
「……まあ、そうだな」
「だが、勇者パーティーとしての仕事はまだ残っている」
勇者はそこで区切ると、俺に聖剣を向けてきた。
「祝勝のパレードに魔王軍残党との戦い」
「そこに、あんたのようなゴミがいると迷惑なのよ」
「……言い過ぎじゃない?」
そんなに嫌われることしたかな?
剣を向けられたので、一応、腰に差している剣に手をかける。
……ん? なんだこれ?
今気づいたが、俺の両腕に変な紋章が浮かんでいた。
「……言いにくいんだが、お前はずっと足を引っ張てたよな。役に立たないだけならまだしも」
「そうね。魔王戦は何故か記憶があいまいだけど……リーゼが気絶したのは貴方のせいだったはずだわ」
「いや。確かにとどめは俺だろうけど……まあいいか」
魔王戦覚えてなかったのか……まあ、あれだけもろに攻撃を喰らってたらな。
べつに訂正する必要もそんなにないだろ。もう一緒に旅をすることなんてないだろうし。
聖騎士の言葉を受け流して、さっさとお金くれないかなーと思う。
「そもそも、伝説にいない貴方はもともと邪魔だったんですわ」
「はあ……」
もうわかったからお金くれないかな?
「俺たち勇者パーティーは伝説に語られる誇り高い集まりだ。そんな中に、お前のような雑魚がいると困るんだ。だから、パーティーを抜け、今後も我々と同じパーティーにいたことを他言しないと誓え」
「言っとくけど拒否権はないわよ。私たちを敵に回すって言うことがどういうことかわからないわけでもないでしょ?」
「どうでしょう。この犯罪者がまともな教育を受けてるとも思えませんし、理解できないのでは?」
聖女の嫌悪を隠さない表情から出た言葉に、他の三人も同じように眉を顰める。
……さすがにイラッとしてきた。犯罪者とまで言わなくてもいいだろ。
「わかった。勇者パーティーを抜けよう。それでお金は?」
俺がそう言うと、四人はポカンとした顔をしてから、今度は侮蔑の視線を向けてきた。
「……何を言っている。役立たずのお前に払う金など一銭もない。お前は勇者パーティーの一員として、甘い汁を吸ってきたのだろう?」
「お前も剣士だっていうなら、少しは誇りを持てよな」
「あんたみたいな自分勝手な役立たず、ほんと嫌い。いい加減にしてほしいわ」
「最初から私は反対だったんです。こんな得体のしれない人間が我々の仲間になることを」
マジかー。報酬ないのかー。
……ぶっ飛ばしてやろうかな。
にしても嫌われ過ぎじゃない? 甘い汁なんて一滴も吸えなかったんだけど。もしかして、そんなふうに思われてた?
「俺も補助魔法を使ったりしてたんだけどな。それに、魔王にとどめを刺したのは俺なんだよ」
今まで勇者パーティーでほとんどタダ働きしていたから、報酬を貰えないのはきつい。無一文で放り出されるようなもんだ。
しかし、向こうさんには俺が言い訳しているように聞こえたらしく、烈火のごとく怒りだした。
「そんなの信じるわけないだろ!」
「不敬な! 魔王は勇者様以外には倒せないんですよ!」
「それに、魔法でオレらを強化していただと! なんて侮辱だ!」
「そうよ。それが本当だと言うのなら、今すぐやってみなさいよ!」
「ああ。オールアップ……?」
いつものように四人に向けて補助魔法を使う。
しかし、結果はいつもと違っていた。
「あれ? 魔法が使えない?」
「ハッ! やっぱり嘘じゃないか!」
魔力は回復している。
なのに、なぜ魔法を使えない!
「勇者様。お迎えに上がりました」
「おお! ちょうど、この男の追放も終わったところだ」
「宰相自らお出迎えとは、国王もわかっていますね」
部屋に勇者たちが所属する王国の宰相がやってくる。
彼は、俺を侮蔑の目で見た後、勇者たちにいやらしい目を向けて彼らを外へと誘導した。
「……雑用。貴方はここで終わりです」
「あ?」
四人が部屋を出たのを確認すると、宰相は俺の方を向いてそう言った。
「終わりって……」
どういうことだ? と考えていると、突然、窓や天井から黒づくめの男たちが入ってきた。
「あー。こういうことね」
明らかに堅気じゃない雰囲気の男たちが武器を構える。
構えからしてただものじゃない。
……そういや、王国には暗殺専門の部隊が存在するんだっけ。
「旅を手助けした見返りとして、Sランクの冒険者にしてくれるっていう約束は?」
「ククク。新しい勇者の伝説に雑用係なんていうのは不要なんですよ。故に、ここで死んでください」
宰相の言葉を聞きながら、暗殺者たちに向けて剣を抜く。
「おっと、抵抗しようとしても無駄ですよ。勇者でもない聖戦士でもない、ただの雑用係である貴方じゃあ、訓練を積んできた彼らには勝てませんよ」
「この弱そうな男を殺すだけで金貨十枚。こんなに割のいい仕事はないぜ!」
暗殺者たちがナイフを構えて突進してくる――
◇◇◇
「バ、バカな……!」
「こいつ、ただの雑用係じゃないのか……!?」
「魔法も封じたはずなのに!」
「お前らが俺の魔法を使えなくしたのね……」
五人いた暗殺者が全員床に沈んだのを確認して、俺は剣を鞘に戻した。
「俺は本職剣士だし……魔法も自分には使えない欠陥品だから問題はねえよ」
一生使えないってのはしんどいけど……べつに足を引っ張る勇者たちはいないし別にいらないか。
「さて、と。あとはあんたか」
「ひっ!」
「まあ、殺しはしねえよ。そんなにおびえんな」
「な……あっ」
「これは慰謝料と魔王討伐の報酬として貰っていくぜ」
宰相さんから麻袋をぶんどる。
中を確認してみると、銀貨が数十枚入っていた。
「しけてんな。まあいいか。これだけあれば、今日一日飲んでも冒険者の登録料は残るだろうし」
麻袋を閉じて、宰相の首をとんとして気絶させる。
そして、剣についた血を服でぬぐう。
「さーて。新たな旅を始めるか」
宿を出ると、新たな門出に相応しい清々しい風が吹き、祝福するように小鳥が鳴いていた。
◇◇◇
彼らと同じ街にいると面倒なことになるのはわかっていたので、隣の街に移動した俺は昼から飲み、日も落ちた頃には完全にできあがっていた。
「アッハッハッハ! 聞いてくれよ親友!」
「どうした親友!」
名前も知らない熊の獣人のおっさんと肩を組みながら、俺は上機嫌に話す。
「仕事クビになっちまったよ! 本当にありえないよな!」
「そりゃ残念だったな! だったら、ここから少し先にある祠に行ってみたらどうだ?」
「祠?」
「おう! ここの近くに森があるだろ? そこの中心に祠があって、それをぶっ壊すと願い事が叶うらしい! まあ、竜人や巨人でも無理だったらしいし、ヒト族のあんちゃんには不可能だろうけどな!」
中々バイオレンスな祈り方だ。
というか、今ナチュラルにディスられたな……まあいいか! こんなの気にしてたらやっていけねえし!
「森はこの街に来る時に通ったんだが……そんなのは見なかったな!」
「ん? 森は危険な魔物がうじゃうじゃいて、基本的にひ弱なヒト族が通れるところじゃないんだが……まあいいか! だったら、行ってこいよ!!」
これは耳寄りな情報を聞いた!
よし。早速行くとするか!
「ありがとよ、おっさん! 店員さん、これ代金!」
おっさんの背中を叩いて、俺は意気揚々と酒場を出た。
「……なんだ今の力は? あいつ本当にヒト族か?」
そんなおっさんのひとりごとは聞こえなかった。
◇◇◇
「お! あった~」
森の魔物を倒しながら徘徊すること一時間弱、俺はようやく祠とやらを見つけた。
確かに、祠は神聖なオーラがある。
「で……これをぶっ壊せばいいんだっけか?」
とりあえず殴ってみる。
しかし、見えない透明な結界によって阻まれてしまった。
……むう。中々強情な祠だ。
もう少し強く殴ってみる。
すると、結界は壊れて、そのまま俺の拳は祠を貫いた。
祠が黒く輝きだし、その黒い光が黒翼の少女の形になった。
「……ありがとうございます。私の封印を解いていただき。貴方は竜人? 精霊? それとも私と同じ堕天使?」
少女はハッとするような美しさだった。
透き通るような銀髪は幻想的だ。
「……ヒト族?」
「お~? ……そうそうヒト族ヒト族、封印を紐解く」
にしても堕天使か。初めて見たな。
堕天使は、神がいるという天界から人間世界に自分の意志で降りてきた天使のことで、世界に十人もいないレアな種族だ。
「……まさか、貴方が封印を解いたの? そんなわけないよね。ヒト族が解けるはずないもん」
「そんなことはどうでもいいから、俺の願いを叶えてくれ。祠を壊したら叶えてくれるんだろ?」
「何それ!? そんなの私知らない!」
「俺の願いは~、一生遊べる金と、美少女たちのハーレムだ!」
「なんて俗物的なの!?」
堕天使が驚く。わりと普通の願いだと思うけど。
……最初から、それらを持ってる勇者は違うんだろうか。
「……願いを叶えるなんて言った覚えはないけど……でも、叶えてあげないと可哀そうだし……でも、私にそんな力はない……」
堕天使がぶつぶつと呟いているが、なんて言っているのか聞こえない。
どうでもいいけど、無理なら無理ってさっさと言ってくれないかな。
「そ、その前に、貴方が本当に封印を解いたのか証明しなさい!」
「証明? それができたら、俺の願いを叶えてくれんのか?」
「ええ! 約束してあげるわ! 証明の方法は簡単。私を倒すことよ」
ラッキー。半分疑心暗鬼だったけど、まじで願いを叶えてくれるなんて!
「ま、まあ、堕天使である私が、たかがヒト族に負けるわけないし! ダークアロー!」
堕天使が闇の矢を射出してくる。
俺は、それを剣で横薙ぎにした。
◇◇◇
「嘘……私がヒト族に負けた? 堕天使である私が?」
堕天使が信じられないといった感じでわなわなと震えている。
……堕天使とは初めて戦ったけど、そんなに強くなかったな。
「それも、酔っぱらった状態で?」
「いや。さすがに結構覚めたぞ」
剣を鞘に戻す。
今回は殺し合いではないので血は流れていない。俺の超絶剣技さまさまだ。
「ところで、俺の願いは?」
「……そうだった。うん。約束は守るよ」
そう言って、堕天使は俺に手を差し出す。
「……どうした?」
「私とパーティーを組も!」
……どういうことだ? 俺のことが大好きで従順な美少女を三人くらい創ってくれるわけじゃないのか?
いや。そんなのいきなり創られても困るけど。
「簡単だよ。私が貴方とパーティーを組む。そしたら、最強種と名高い堕天使である私を目当てにいろんな女の子がパーティーに入る。あとは貴方がその子たちを堕とせばハーレムの完成! それに、堕天使がいるパーティーならすぐに有名になって、ばんばん稼げるよ!」
「それ叶えたっていうの? 結局、俺が頑張らねえといけなくない? ……まあ、いいか」
ただのヒト族と堕天使とパーティーを組めるヒト族じゃあ、他人に与える印象が全然違うし。
最初は絡まられるだろうけど、それはぶっ倒せばいいしな。時間が経てばそれもなくなるだろうし。
「じゃあよろしくな。俺はカインだ」
「うん。私はアーラ。よろしくね」
この日、俺は堕天使アーラの手を取った。
◆◆◆
カインがアーラとパーティーを組むと決めた時、勇者アベルと三人の聖戦士(聖女・聖術師・聖騎士)は祝勝パーティーに出席していた。
「いやはや。さすがは勇者様。初代勇者アイギス様の名に恥じないご活躍」
「……ありがとうございます。しかし、我々が魔王を倒せたのも、ひとえに皆様の支援があってこそ」
「おお! まだお若いのに、なんて立派な!」
そうニコニコと媚びを売るように笑いかけてきた子爵に、アベルは作り笑いを張り付けて応える。
「あ、あのっ! 私はティーンズ伯爵家の次女エリーンと申します! そ、それで、実は私、貴方様を一目見た時から慕っておりまして……!」
「……ありがとう。君のような可憐な子から慕われるなんて嬉しいな」
「は、はひぃ~」
頬を紅潮させて告白してきた少女にも、アベルは作り笑いを張り付けて応える。
「……まだ宰相は戻らぬのか? 奴にも転移の魔石は持たせたはずじゃろ?」
「……は、はい。それどころか、報告一つなく」
「……バカな! たかだか、雑用係一人処理するのに、どれだけ時間をかけておる!」
「国王様!」
何やらごにょごにょと話している国王に、アベルはその会話を遮って声をかけた。
普通ならば打ち首ものだが、ヒト族の英雄である初代勇者アイギスの血をひくアベルは国王をしのぐ影響力を持つため、打ち首などとんでもないができるものではない。
魔王を倒した英雄を、会話が遮られたというだけで処刑してしまったら、国王の命はないだろう。
それは国王もわかっているのでにこやかに対応する。
「どうしたのかね?」
「いえ。少し、夜風に当たってきてもいいですか?」
「もちろんかまわんよ。ただし、早く戻ってきてくれ。主役がいないと盛り上がらんのでな」
「はい。ダンスの時間までには必ず」
アベルは一礼してバルコニーに向けて歩き出す。
「そうじゃ。一つ頼まれごとをしてくれんか?」
「頼まれごとですか?」
「うむ。実は王都近くの山にワイバーンが出たらしくてな。魔王を倒したばっかりの主らに頼むのは申し訳ないんじゃが、騎士を動かすわけにもいかんからの」
「……かしこまりました。聖戦士の三人にも話しておきます」
国王が満足げに頷く。
アベルは、疲れているであろう三人に申し訳なく思いながら、国王に一礼してバルコニーに出た。
◆◆◆
アーラと手を組んだ次の日の朝、俺は早速、冒険者ギルドで登録の手続きをすましていた。
「あの? 本当にFランクからでいいのですか? 堕天使はCランクから始められますけど……」
「いいの。Cランクだと、Fランクのカインとパーティーを組めないでしょ」
アーラがそう言うと、エルフの受付嬢は俺を怪訝な表情で見た。
「あの……その男はただのヒト族で、貴方には相応しくないかと」
「そうでもないよ。だって、私は彼に負けたんだもん」
アーラの言葉に、受付嬢は驚いた表情をした後、バカにしたように笑った。
「そうですか。堕天使の方が来たと思って期待していたのですが……まさか、ヒト族程度に負けるとは」
そうして、俺とアーラの冒険者登録とパーティー申請は終わった。
「……なんか感じの悪い人だったね」
「ん? まあ、エルフの里からやってきたんだろ。あいつら、ヒト族は明確に見下してるし。ていうか、お前も最初は似たような感じだったろ」
純血のエルフ……それもエルフの里出身の奴らはプライドが高いからな。
「さて、パーティー募集の紙でも貼るか」
「私が貼ってくるよ」
「おう。俺が貼るよりも、堕天使のお前が貼った方が注目されるだろうし頼むわ」
「うん!」
アーラは目論見通り、美しい容姿と黒い翼で冒険者たちの注目を集めていた。
立って待つのもあれなので、俺は近くの椅子に座る。
冒険者ギルドが酒場と併設されてるとはよく聞くけど、まさかマジだったとは。
「つっても高いな。便利さはこっちだけど、街の酒場の方が安いしメニューも多いな」
「ねえ」
「ん?」
メニュー表を見ていると、突然声をかけられた。
声をかけられた方に向く。
そこには美少女がいた。赤髪の美少女で竜の角と尻尾が生えている。
「今日はよくレアな種族に会う日だな。竜人たあ」
「ん。私は竜人。超強い」
赤髪の竜人が小さく頷く。
「で、その超強い竜人が何の用だ?」
「堕天使とのパーティーを解消してほしい。ヒト族にはすぎた仲間だと思う」
早速絡まれた。まだパーティー募集の紙も出してないのに。
「私は強い仲間を集めてる。だから、堕天使である彼女をパーティーにいれたい」
おとなしそうな口調に反して中々傲慢な主張だ。ヒト族を完全に見下している。
ま、確かに無名の人族なんて強くなろうとしているパーティーにとっては邪魔だろうしな。
ただ今回に関しては彼女は見る目がないな。なんせ俺は超強いからな。
「だったら、俺もいれてくれよ。少なくともお前よりも強いぜ」
「……それ、本気で言ってる?」
「ああ。当然」
「だったら、決闘しよ。そしたら、竜人の強さが理解できるでしょ」
決闘?
確かに。それが一番手っ取り早いな。
「わかった。北の方にある草原でいいな」
「ん。大丈夫」
俺はそう言って剣を掴む。
そこに、アーラが帰ってきた。
「どうしたの?」
「決闘することになった」
「なんでそんなことに!?」
これが、二人目の最強種にして後の仲間の【竜人】ファナとの出会いだった。
◆◆◆
一方、勇者パーティーはというと、
「くっ! なんだこのワイバーンは!」
国王からの依頼で討伐しにいったワイバーンに手こずっていた。
「旅の途中で戦ったワイバーンはもっと弱かったでしょ!?」
「変異種か!?」
彼らがワイバーンを倒したのはカインがパーティーに加わってから――つまり、彼の補助魔法が使われてからだ。
しかし、そのことを信じていない勇者たちにとっては、いきなり自分たちが弱くなったとしか思えない。
「――ホーリースラッシュ!!」
やっとの思いで、勇者の聖剣がワイバーンを真っ二つにする。
しかし、既に彼らは満身創痍だった。
「ハアハア……くそ。ワイバーン程度に苦戦するなんて」
ワイバーンはBランクの魔物だ。
ヒト族の平均ランクがDであることを考えると、彼らも中々の強さだが、どこからどう見ても魔王を倒せるようには見えなかった。
「……今日は調子が悪かったんだと思う」
聖騎士がそう言って、みんなを慰める。
「調子が悪い……そうだ! 調子が悪かったんだ!」
「そ、そうよ!」
「その通りですわ!」
それに勇者が乗ってしまい、聖術師と聖女の二人も賛同してしまう。
結局、彼らは調子が悪かっただけだと決めつけてしまった。
――俺も補助魔法を使ったりしてたんだけどな。
「……そんなわけがない! もしも本当だとしたら俺が弱いってことになるじゃないか!
つい昨日までパーティーにいた男の言葉を否定しながら。
◆◆◆
カインがファナと決闘している時、そして、勇者パーティーが帰路についている時、七体の怪物が話をしていた。
怪物は全員がさまざまな種族の人類の姿をしているが、瘴気に囲まれても平然としていた。
瘴気に囲まれて平気な人間――人はそれを魔王と呼んだ。
「呑王がやられたか」
「ええ。でも、一つだけおかしいのよね。彼と戦った勇者パーティーにはヒト族しかいなかったのに、とどめを刺したのは勇者でも聖戦士でもなかったのよ」
「……つまり、勇者でしか我らを倒せないというのは嘘だったということか」
自分たちは勇者でしか倒せない――言外に、自分たちは魔王だと言う怪物たちは、円卓の中心にあるオーブを見る。
そのオーブの中は瘴気で満ちており、あるだけで大地は枯れはててしまうだろう。
「魔神様、そして、皇帝様たちが復活するのも近い。我らの役目は、あの方がこの地に降りる基盤を創ること」
「ならば、やることはこれまでと変わらぬ」
「すべては魔神様のために」
そして世界は破滅へと動き出す。
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