41話
「立ち入ったことを聞くけど、君が待ってるのは恋人か?」
「いえ、そういう関係ではないですけど」
「でも、想い人ではあるんだろ?」
聞かれると、僕は困ってしまいました。早庭さんを心配して待ち続けてはいますが、そんな僕が恋して待つ人として見られていたとは思いもしなかったのです。僕にとって早庭さんは、恋愛の対象ではありません。しかし、想っていないかと問うてみるとそれもまた違うように感じます。僕たちは一緒に暮らしてはいましたが、自分にとって互いがどんな存在だか確かめなどしてきませんでした。一緒にいたいと言われて、はい、と応えただけです。僕はそれで二人の間に特別な関係が結ばれたとばかり思っていました。早庭さんは大切な人です。しかし、今となっては彼が僕をどう思っていたのか、分からないのです。黙っていると、荒川さんは謝ってきした。
「ごめん、困らせるつもりはなかったんだ。君の待ち人が誰だか知りたかっただけで」
「いいんです。僕もよく分からないことなので」
「待っているその人のことを大事に想っているんだね。ただね、これは聞き流してもらっていいんだが、人を
待たせるような人間に気持ちが通じるとは思わない方がいい。彼ら彼女らは、都合の良い自分時間の中で生きているからね。他人の都合なんて少しも気にしていないのさ。これ、私の経験ではあるけれど」
この言葉は耳に痛く響きました。聞き流すことなどできないのです。早庭さんは、僕の中で姿を変えようとしています。
「もし、時間があるなら飲みにいかないか?金曜日くらい待ち人のことは忘れて楽しんだ方がいい」
僕を気遣ってそんな事を言うのでしょうが、忘れることも楽しむことも今はできないと思いました。それに、僕には早庭邸を見守る大事な日課があるのです。もしかしたら、早庭さんは急な出張で離れているだけで、もう今夜あたり帰ってきているかもしれないのです。
「君の待ち人に心当たりがあるんだ」
はっとして彼を見ると、訳知り顔をしています。
「飲みに行く気になっただろう?」
何もかも知られているようで恐く、ここを離れたく思いましたが、僕の口には既に荒川さんの放った釣り針がささっていました。僕自身の力では外すことのできないほど深く食いこんでいます。そうして僕は釣り糸に引かれるまま、彼の意図するところへ連れて行かれました。




