40話
十八
よれたシャツを着て、久しぶりに出社してきた僕へ同僚たちは優しく声をかけてくれました。
「元気そうじゃないか。もう大丈夫だね」
そう言って肩を叩いていくのですが、僕はそれどころではなく、復帰の挨拶もそこそこに部屋を出ようとしました。
「どこへ行くんだ。調子が悪いのか?」
上司の荒川さんが心配気に僕を引き止めます。
「手洗いへ。少し緊張したみたいで」
「ああ、久しぶりだものな。でもこもりっきりはダメだぞ」
はい、と応えながら僕はいらいらしていました。すぐに早庭さんの所在を確かめたいのですが、ここで仕事を投げ出してしまったら早庭さんの所在を掴みにくくなってしまいます。気持ちを落ち着かせたあと、荒川さんに指示された仕事を黙々とこなしていきました。
十二時になるとすかさず部屋を出て、一階のロビーへ下りました。社員のほとんどは昼食を摂りにここを通りますから、早庭さんに会えるとしたらここしかないのです。皆連れ立って楽しそうに外へ出ていきます。エレベーターから降りてくる一人一人を見て、この人もあの人も、違う違うと照会していきます。僕はさながら逃走中の犯人を探す刑事です。彼がどこに紛れているか分かりません。立つ場所を変えながら、早庭さんが現れるのを待っていました。そうしている間に社員たちは外から戻ってきて、僕はまたじろじろとその人たちの顔を見つめていました。早庭さんは見つかりませんでした。
病み上がりの僕は定時での退勤を義務付けられていましたから、五時になるとロビーへ行き、守衛が帰るまで張りこみを続けました。これが朝夜の早庭邸の見守りとともに僕の日課となりました。
同僚たちは僕の刑事ごっこを見て見ぬ振りをしてくれました。僕と目が合えば「おはよう」とか「お疲れさま」と声をかけてきますが、必要以上に干渉はしてきません。皆の優しさを感じながら、一週間が経ちました。
もう、この頃には早庭さんがいないことに薄々気づいていたのですが、僕の気持ちは治らず、待つ癖が身について気づけばロビーに立っているのです。どうして早庭さんは僕の前からいなくなってしまったのだか、それだけでも知りたかったのです。
帰る人も疎らになったロビーで立ち尽くしていると、声をかけてくる人がありました。
「待ち合わせ?こんな時間まで残って」
荒川さんでした。
「いえ、まあ、ええ。約束はしていないんですけど」
「そう。毎日そうして誰かを探している森原君を見てたからさ、気になってたんだ」
僕は途端に固まってしまいます。僕たちのことを知っていて声をかけてきたように思えたのです。




