39話
枷が取れ、からだは静かになっていきます。すると、ぼんやり分かってくるのです。僕はひとりでした。感じること、それは他人が立ち入ることのできない、ひとりの行為なのでした。早庭さんと二人三脚で培ったことは、おしっこ以前に、人と生きることだとばかり思っていました。しかし、そうではないのです。僕はまた玄関先に座って待ちます。このことを早庭さんに確かめなければなりません。確かめるまで、いつまでも待つつもりでした。
僕はラーメンをすすりながら早庭さんのことを考え続けていました。どこで何をしているのか、無事でいるのか、もし無事なら何故帰ってこないのか。考え得る可能性を幾通りも思い浮かべていると、どれも現実に起きていそうで、しかし想像の域を出ないことばかりです。せめて無事かどうか知ることができれば安心できるのですが。会社に問い合わせたらどうだろう。そう思いついたものの、休職中の人間が早庭さんの安否など問えば、逆に問い返されるに違いありません。僕たちの関係は説明し難く、理解されにくいものです。淀みなくごまかし通す自信もなく、伸びた麺を食べきって店を出ました。
一度早庭邸に戻り不在を確認したあと、テントを買いに行きました。庭で野宿することにしたのです。封筒から紙幣を五枚取り出して、野営ができる最低限の一式を買い、背負って戻ります。庭へペグを打ち、不慣れながら張って、玄関を見守ります。寝袋と天幕があるだけの野営はすこぶる居心地が悪く、座ることも立つこともできず横たわっていました。妙に心臓が高鳴って眠ることもままなりません。明日こそ早庭さんが帰ってくることを祈って、顔の上で手を合わせます。
それから三日間、外で暮らしました。彼が戻ってくればいつでも料理できるように食材を準備して。僕は少しも希望を失わずに、いえ、失わないように体調を整えて野営します。明るい顔で彼を出迎えたかったのです。
三日目の昼、ドアの前でビニール袋を広げると、ネギやうどんが溶けていました。とても嫌な匂いがしました。
僕は、スーパーに同じものを買いに走りました。
早庭さんは帰ってきませんでした。
出勤の当日、昼間早庭さんを待つとしたらその日しかなく、僕は眠らずに朝まで待って、出勤時間ぎりぎりまでドアの前に立っていました。繰り返し、早庭さんの名を呼びました。それでも、返ってくる応えは、幾ら待ってもないのでした。
休職を延ばそうかと迷いもしました。けれど、家へ帰ってこない以上、それは意味のないことに思え、施錠を確認して僕は家を離れました。出社して確かめるしかありません。




