38話
十七
くしゃみで目覚めると、既に日が昇っていました。ドアの前で力尽き、いつの間にか寝てしまっていたのです。
周囲を見渡し、ドアも探ってみましたが、早庭さんの帰ってきた形跡はありません。これまでどんなに遅くても、朝方には帰ってきていた彼です。何かあったに違いありません。僕は動転して、玄関先で右往左往しました。交番にかけこむべきかと思いましたが、僕の短絡で行き違いになってもいけないと思い直してドアの前に座ります。早庭さんはきっと帰ってきます。
僕はずっとおしっこを我慢していました。昨日の夜から放尿していないのです。家の庭での行為は憚られ、かといってここを離れることもできずに自制していたのです。とは言え、内圧をこらえているのも限界が近づいていました。下腹部を締めながら震えていると、ある日の早庭さんが僕の耳元で囁きます。
「不安な時ほど尿を放つべきだ。不安を尿に溶かして排出する。それをゆっくり感じながら」
この言葉を思い出したのは、教えを実践する時が今だからなのでしょう。遅かれ早かれ漏らす身ならば、自分の意思で放つ方が潔いと思いました。僕はこぼさないよう慎重に立ち、道から透けて見える鉄柵の前までゆっくり移動しました。位置を定めてチャックを下ろすと、目の前を近所の住人が横切っていきました。僕はぎくりとしながらも、羞恥を乗り越えてこそ早庭さんの同居人足り得るのだと、自分を鼓舞します。
ズボンの中から局部を取り出すと、苦しさが先端にあつまって暴発しそうでした。このままでは感じる間もなく終わってしまいそうです。おちんちんの先を指できつく圧迫して尿道を狭めます。下腹部の緊張をゆるめると、痛みと共に尿が飛び出し、ホースと同じ原理で濃黄の尿はねじれながら勢いよく公道へ出ていきました。余裕がないものですから射程がうまく定まらないのです。苦労して敷地内へ戻した尿は地に落ち、土をえぐって草の根を露出させました。黒い土の上で泡立ったかと思うと、すぐに吸われて見えなくなってしまいます。
先っぽから指を離すと、落水は太くなり弧を描いて、涸れゆくプールへ落ちていきます。僕はやっと余裕を取り戻して感覚へ集中します。僕を内から圧迫していたものが尿道を擦って流れていきます。
それは余分な水です。からだが捨てることを選んだ老廃物の混ざった水です。最後の雫が滴るまで、じっと感じていました。膀胱は楽になっていきます。しかし、全てが早庭さんのいう様にはなりません。




