33話
「いいんですか?本当にずっと暮らすことになりますよ。来週末にでも解約の手続きをして」
「ああ、そうするといい」
簡単に承知してみせ、僕が呆れている間に彼は食べ終えてしまいます。僕はもう自棄っぱちです。
「本当に越してきちゃいますからね」
「うん、来週末だね」
僕の意地張りが虚しく思えるほど、彼は適当に返事しました。けれど、素面で約束したからには僕も意地を通すしかありません。食後に管理会社へ電話し、引き払う手続きにかかったのでした。
「もう引き払う予約いれちゃいましたから」
玄関先で伝えると、
「分かった、行ってくるね」
さっきまで見せていた戸惑いはどこへいったのか、彼は颯爽と出勤していきました。
見送ったあと、居ても立ってもいられず、掃除をし始めました。喜びと疑い。二つの感情が僕のなかに溶け合いもせず渦巻いていました。からだを動かしでもしていないと、この言い知れない気持ちのやり場がなかったのです。
普段は掃除機をかけるだけのところを布巾まで持ち出して家中の床を拭き、そのてらてらとした輝きを見下ろしていると、早庭さんの無責任さを気にすることはない。今に始まったことではないのだから。そういう気持ちが兆してきます。サッシのレールや椅子の足、便器の背に至るまで隅々をきれいにして、口約束を現実にするしかないと開き直っていきました。この家を僕の居場所にしていくのです。
掃除を終わらせ、私物を持ちこむためのスペースをあけるため自室の整理を始めましたが、途中、僕には持ち物と呼べるものなどないことを思い出しました。多くの人たちは引っ越しにずいぶんな時間をかけるようですが、僕にとっては無用なことです。アパートに帰り、目に付いたものを持ってくる。もしくは全て捨てる。その作業だけなら十分もかからないでしょう。僕は所有欲が薄いのです。そんな僕でもここへ越してくれば、彼の持つほとんどのものは僕の所有にもなるはずで、それが欲しい訳でも、権利を主張するつもりもありませんでしたが、二人で共有する、ただそのことが嬉しくてなってくるのです。




