32話
十三
翌朝、リビングへ下りていくと、早庭さんはけろっとした顔で朝食をつくっていました。てっきり二日酔いで遅起きだと思っていたのに、目玉焼きと味噌汁をちょうどつくり終えたところで、「おはよう」と爽やかな笑顔です。僕は挨拶を返したものの、少しばかり面白くありませんでした。昨日見せてくれたような弱さをもっと晒してくれてもいいのです。けれどそれも、彼のできた部分ですので文句の言い様もなく、目の前に出された皿や椀の前で手を合わせます。
「酒焼けした胃に味噌汁がしみるなあ」
自賛し、音をたてながら吸うと、僕に漬物を勧めてきます。
「昨日のことですけど」
僕は何気なく聞きました。
「ああ、昨日か。何か迷惑でもかけたかな。ずいぶん飲んだところまでは覚えているんだけれど、どうやって帰ってきたのか。目覚めたら家だから驚いてたんだ」
「帰ってきてからのことを覚えていないと」
「粗相でもしたのか、それだったらごめん。パンツを見ても濡らしていないようだったし、家のなかもきれいだったから安心してたんだ」
僕はすっかり食欲をなくして、箸を置きました。
「何て言ったか覚えてないんですね」
「ごめん、その様子じゃ悪口でも口走っただろうか。本心じゃないから許してくれ」
「謝るようなことじゃないですよ」
「でもさあ」
「ずっと一緒にいようって、そう僕に言ったんです」
「そうきたか・・・」と呟き、彼は目を泳がせます。
「ああ、思い出してきた。うん、確かにそう言ったな、私が」
演技くさく手を打って言います。
「ほんとに覚えてるんですか?僕は本気にして、考え始めて・・・」
「考え始めて?」
「アパートを引き払って、ここへ越してこようと思ってたんです」
僕と向き合った彼の目には戸惑いの色が差していました。けれど、
「いいじゃないか、賛成。明日にでも越してくればいい」
一転、大きく拍手して言います。昨日の言葉を真に受け、期待していた自分が馬鹿みたいです。そういう態度をとるのなら、僕もいっそ彼の軽薄にのろうと思いました。




