31話
十二
ある晩、遅くにチャイムが何度も鳴りました。不審に思いつつドアをあけると、早庭さんです。会社の送迎会があったらしく、ずいぶん酔っ払っているのです。
よろけた彼を抱きかかえてソファに座らせると、飲みなおそうじゃないかと言って腰に抱きついてきます。止めても、飲もう飲もうとしつこいのです。
「一杯だけですよ」
そう約束して、ウィスキーをソーダでかなり薄めて僕が渡すと、早庭さんはものの数秒で飲み干してしまいます。
「もう一杯」
こうなってはもう聞かないと思いましたから、ほとんどソーダのハイボールを二杯、三杯と注ぎます。そして君も飲めと言わんばかりに僕のグラスにもソーダを注ぎ返してきましたので、乾杯しました。
早庭さんは珍しく会社の話を僕に聞かせて、あいつもいたこいつもいた、あの時の上司はいい人だったが左遷されてそのまま会社を離れてしまったと、懐かし気な表情です。彼は生え抜きの社員ですから、僕の知らない様々なことを長い会社生活のなかで経験してきたのでしょう。今回退職された方ともご縁が深かったらしく、他の社員の名も挙げつつ名残惜しそうに語って、僕は相槌を打ち続けました。僕はだんだん上の空になって、気がつけば彼の顔から笑みが消えていました。
相槌を止めていたのが気に障ったのかもしれません。退職された方との思い出を聞き返してみますが、早庭さんはすっかり俯いてしまいました。強引なところはあっても人懐こい人ですから、仲間が離れて悲しいのだと思い、彼のグラスにソーダを注いでいると、顔を上げて言います。
「君はいつまで私と一緒に居てくれるだろうね」
その声は寂しく僕の胸に響き、本心から求められているように思いました。
「ずっと一緒ですよ、ずっと」
「ああ良かった。安心だ」
早庭さんの顔に笑みがもどって、僕も嬉しくなりました。酔っ払いの口から出たこととはいえ、僕を大事に思っていることは伝わってきましたし、僕も本心で応えたのです。早庭さんはにやけながらトイレに立ち、それから自室へ休みにいきました。
彼がいなくなったあと、僕のからだは心音が聞こえるほどに熱くなって、彼の代わりにウィスキーのボトルを一本空けました。僕もちょうど、二人の生活の未来を考えていたところでした。できる限り永く二人で暮らしていきたい、そう思っていました。頭の中は彼との生活のことでいっぱいで、これからは、与えられてばかりでなく、僕からも返していかなければと思いました。




