3話
頻尿の習慣がすっかり根付いた頃、会社で会議がありました。会ったこともない重役たちの前で新事業のプレゼンをすることになったのです。そんな大そうな役目は初めてのことでしたし、実際、人に言われるがまま働いていた僕にはずいぶん荷の重いものでした。あまりの重圧に手洗いへ立つタイミングを失して、何度も漏らしかけました。会議自体は一時間ほどで長くはありませんでしたが、プレゼン中に尿意を感じなどしたらすっかり集中が解けてしまいますから、予防のため手洗いへ行きました。
いつも使っている社員用の手洗いとは違い、重役たちのいる階の手洗いはハイグレード、便器や床、水洗のテーブルトップは磨きこまれて玉のように輝き、壁に埋めこまれた間接灯が仄かに光を放って、夜の店の様に艶やかです。尻込みしましたが、下階に行っては遅れてしまいます。生唾を飲んで中へ入りました。
急いで小便器の前に立ち、チャックを下ろしたものの、待てども待てども出ません。尿意はあるのですが、詰まっているのか、出る気配がないのです。僕は焦りました。ここで出しておかなければ大事なプレゼンに支障が出ることでしょう。何度も局部を振って急かします。しかし、下腹部は全く言うことを聞いてくれないのです。
そんなことをしている内に、誰かが室内へ入ってきました。
気配を察した僕が振るのをやめてじっとしていると、その誰かは隣に立ちました。こちらを窺っているのが感じられ、僕は俯きます。会社の重役に違いありません。僕のようなものがここで用を足して良いはずなどなく、早く出ろ、早く出ろ、そう念じるのですが、先っぽは微動だにしません。時間にして一分にも満たない時間でしたが、ひどい緊張を強いられたように汗が噴き出しました。
僕は、諦めました。ちょんちょんと局部を揺らす振りをして小便器の前を離れ、手を洗ってから退出しました。
ドアを閉めるとすぐ壁にもたれて、額の汗を拭いました。尿は出ないけれど汗は出るんだなと自嘲して、すっきりしないまま会議室へ向かい、なぜだか喉の渇きを覚えた僕は、がぶがぶと水を飲んだのです。