24話
八
はっと気づくと、明るい部屋に僕はいました。僕の部屋のものとは違う、暖色の光に戸惑ってまわりを見渡すと、そこは早庭さんのリビングです。慌てて身を起こしたものの彼は見当たらず、腹の上には毛布、床には枕が置かれていました。窓の外は真っ暗で、眠りこけてしまったことを悟りました。
どうやって帰ったものかと、窓の外を眺めていると、後ろからドアのひらく音がしました。
「やっと起きたか。今日は泊まっていくだろ?布団の用意をしておいたから」
寝耳に水とはこのことです。僕がお辞儀して出て行こうとすると、早庭さんは腕をつかんできます。
「どこに行くつもり?」
「いえ、食事を頂いてその上泊まらせて頂くなんて申し訳ないんです。自宅へ戻ります」
「何言ってるんだ。もう遅いんだから泊まっていけよ。それに君、どうやって帰る気だ」
「電車かタクシー。そうでなければ歩いて帰ろうかと」
「ばか言ってんじゃないよ。その虚弱なからだで夜道なんて歩かせられない。そもそも君、金持ってないだろ。私は貸さないからな」
ポケットを探って、今更無一文に気づきます。それでも僕は、
「いえ、僕は帰らなきゃならないんです」
「何故」
「なぜって、僕の家だからですよ」
「食べるものも、あたたかい飲みものもない、あの寂しい部屋へ?」
そう言われると返す言葉もありませんでしたが、もうこれ以上ここへ留まる気にはなれないのです。
「それでも帰りたいんです」
「君も強情だな」
早庭さんは力を緩め、僕の腕から手を離しました。
「でも、私の方も負けないくらい強情だぞ」
彼は睨んだかと思うと、背をぐいぐいと押して、二階へ続く階段へ僕を追いこんでいきました。僕はされるがままに階段を昇り、廊下を左に折れた突き当たりの部屋へ押しこめられました。八畳ほどのその部屋は子供部屋の典型で、以前に誰かが使っていたと思しきベッドと机、肩幅ほどの棚が置かれた味気ないところでした。
「今は使ってない部屋だから気兼ねなく過ごしてくれていい。寝具は一式揃えたけれど、入用の物があれば言ってくれ」
そう言われても嫌々引き留められているこちらからすれば、何よりの気兼ねは彼の強権です。早庭さんの前で僕は被食者の気分になってしまい、そうなると僕を食べてしまうことが前提ですから、彼へ何を言っても通じないように思えるのです。彼が去ると、早々に窓をあけて逃げ場を探しました。二つある窓の外は一つが庭へ、もう片方は隣家へ面していますが、逃げるための足場などありません。それなら正面から出て行くしかないと、ドアレバーへ手をかけます。しかし、上下させてもうるさく鳴るばかりで動かず、ひらく気配はないのです。
外側から鍵をかけられている。それが分かると、ぞっとしました。これではまるで軟禁です。早庭さんは何でこんなことをするのでしょうか。そこまでして僕を引き留めたい何かがあるとでも言うのでしょうか。
僕は為す術なく床に座りこみました。ここまで手際よく僕を囲いこんだことからして、最初からそのつもりで準備していたに違いありません。もし、僕が喚き、拒んでも力で押さえこめばいいと思っているのでしょう。どちらにしても、赤の他人を家に閉じこめるなんて犯罪めいたこと、どう考えてみても分からないのです。ニュースで見かける美少年や美少女の連れ去り、監禁のような被害者の属性を僕は何一つ持っていませんし、患っていることの他は平々凡々で、彼が興味を示しているおしっこにも人並み以上の気持ちはないのです。




